表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/118

迸る鮮血




 1月22日、金曜日。午前6時13分。空は白みつつあるが、日の出はまだもう少し先だろう。




 失踪した部隊を探すアズマ達3人は、即応隊から離れフラー回廊の森の入り口で打ち合わせていた。この先の開豁地にあると推測される村で、消えた駐留軍を探す手はずだ。





「2人とも装備は万全か?」



 先頭に立つアズマは、ヒロとニシに装備の確認を促した。引き金を引く事態に陥るとは思わないが、だからと言って失踪した部隊が捜索隊を歓迎してくれるとも思えない。





 デジタル迷彩に身を包んだ3人は、軍の正式装備であるファイブセブンを太もものホルスターに、SCARをスリングに任せたまま森へ侵入した。



「距離はここから約500、目的は失踪した部隊がいるかどうかを確認する事、それと周辺に非武装民が居る可能性がある、留意しとけ」


「あいよ」


 それきり、男達は無言で歩みを進めた。








 小枝が踏み折られた跡、遠くで小鳥が(さえず)る声、そして、薬莢。森の深くへ、集落があると思しき場所に近づく度、様々な痕跡が目に付くようになった。




「少なくともこの森にいたことは確かなようだ。それに、5.7mmの薬莢が一つ」


「拳銃を一発。近隣住民か野生動物への威嚇か」



 ヒロが「どうする?」という目でアズマを見る。



「……まだ報告は早いだろう。もう少し進む。いつでも撃てるようにしておけ」










 やがて3人は、ちいさな湖に辿り着いた。傍には大量の足跡が残っていて、木の幹には泥が付着していた。そのどちらも乾燥していて、つい最近できたものではなさそうだ。


「誰かが転んで、木で泥を落とそうとしたか……どちらにせよ、そう遠くはない」



 木の根元から伸びる足跡は、一方向から伸び、同じ方向へ戻っていっていた。



「アズマの言うとおり、集落があるみたいだな。それに足跡を見るに、子供が水汲みに来たんだろう。……にしても、なんでインフラ設備のねえ山中でわざわざ暮らしてんだ?」



「自然の恵みを享受したいだのの理由で、ブロックや町から離れて暮らす奴らはたまにいる。その類だろう」




 立ち上がり、水筒の水を飲む。そこへ、耳を(つんざ)く女性の叫び声が響いた。泣き声とも、嬌声ともとれる叫びは小鳥を驚かせ、足跡が伸びる先から鳥の群れが羽ばたく。



 それは3人の男を走らせる理由としては、十分すぎるものだった。








「……ヒロ、報告だ!」






 足跡を追いかけて走った3人は、不意に開けた土地に出た。



 広場として利用されてたであろう土地には沢山の遊び道具が放置されていて、子供靴が放り出されたまま転がっている。


 その向こうには皿やトイレットペーパーなどの生活用品が散乱していて、一目で異常事態であることがわかった。



 小隊長との通信をヒロに任せた2人は更に奥へと進み、建物一つ一つを確認していく。しかし人が住んでいた形跡こそあれど、肝心の住人がどこにも見当たらない。慌ただしく逃げた形跡だけがその場に残されていた。




「一体何が起きて……」


 ニシの言葉を、発砲音が掻き消す。






 銃声に導かれるように建物の間をすり抜けていくと、2人は最後にある建物へと辿り着いた。


 その建物は他の建物より高く、また少しだけ離れた所にあった。ここのリーダー的役割を担う人物の家であることは、建物の壁面に多数取り付けられた装飾物の多さから窺える。



 問題は、その家の前に2人の兵士がいて、頭を割られた女性を挟むように立っている上に、銃を構えた兵士の足元に薬莢が転がっていることだった。


「あいつ等、まさか……!」


 その言葉の先は、言わずもがなだった。






 兵士達が死体をどこかへ片づけにいき、暫くしてから建物へ入っていく。すると別の2人の兵士が女の子を連れて出てきた。女の子は必死に抵抗しているものの、為す術もなく引っ張り出されてしまう。



 アズマは歯軋りをして、ホルスターからファイブセブンを引き抜く。しかしセーフティを外した所で、銃をニシに掴まれた。アズマとニシの視線がぶつかる。



「おいっ、待てアズマ! 相手は一部隊で、20人以上いるんだ。ここで手を出したら蜂の巣だぞ!」


「じゃあ黙って見てるのか! あいつら、殺すだけじゃないぞ、確実に(もてあそ)ぶ。それを黙って見てるのか!?」


 声にならない声で、ニシの襟を掴みあげる。その右手は痛いほどに握りしめられていて、掴まれたニシにさえ震えが伝わってくる。





「……ちっくしょう、どうなっても知らねえぞ! とにかく銃はやめろ!」



 少し考えてから銃をホルスターに戻すと、アズマとニシは二手に別れて建物に隠れ、兵士へと接近した。いまや泣きだした女の子を見て笑う兵士は、女の子を地面に倒してから顔を平手で叩く。


 兵士達を挟むように移動したアズマとニシはアイコンタクトを取り、同時に飛び出した。それぞれに近い兵士の首に右腕を絡める。日頃の訓練の賜物である筋肉を纏った腕は、腐敗し油断しきっていた兵士に易々と外されるわけもない。しばらくはじたばたともがいていたが、やがて静かに目を閉じた。






「ひっ、ま、また別の……お願い、お願いやめて……!」


 2人の姿を見てパニックを起こしかけた女の子の口をふさぎ、アズマは口許に人差指を一本立てる。



「シー、シー……落ち着いて、我々は君を助けに来た。だから落ち着いて」



 アズマの言葉をゆっくりと理解した女の子は、瞳に涙を浮かべて頻りに頷いた。





 その女の子によると、兵士は2日前、突然村に現れたという。銃を使ってそれぞれの家にいた家族を移動させ、幾つかの建物に詰め込んだ。


 今目の前にある村長の家以外にも2つほど、皆が詰め込まれた建物があり、それぞれを兵士が見張っている。


 女の子の友達の数人は逃げ、男性は生きているものの殆どが兵士に袋叩きにあっている。


 その後、若い女の人を次々建物の外に連れていって、その内の何人かは帰ってこず、帰ってきた者も皆泣いていた、と。





「2日前……」


 アズマが拳を握り、眉を寄せて歯軋りする。反対に冷静を欠かないよう努めるニシは、女の子の肩に手を置き、しゃがみ込んで同じ目線になる。




「……君はこの村にきた兵士の人数を覚えてるかな?」


 女の子は少し考えて(かぶり)を振ったが、村の大人の男性よりは数が少なかったと言った。




「この村の、男の人は、確か、15人くらいだった、よ。同じくらいか、それより、少なかった、はずだよ」



 

 しゃくり上げながらも一生懸命説明する女の子に、アズマは隠れているように促した。小さな背中を見送り、ふと地面に伸びる乾いた血痕が目に付く。





「15人……少なくないか……?」


「1部隊が丸々失踪したわけじゃないのかもな。とにかく、人数は最大15人、恐らく各建物に4人以上はいるだろうから、最低でも12人。その内二人はここで転がってるから……どちらにせよ2桁はまだ残ってる」





「――アズマ、ニシ、聞こえるか?――」




 これからの対策を考えようとする二人に、ヒロからの無線が飛び込んだ。



「ああ、聞こえる。ヒロか?」


 声を落としつつ、二人は血痕を辿りながら返事をした。



「――ああ、俺だ。小隊長が今ここに向かってる、すぐに着くそうだ――」



「それはよかった。緊急事態が起きてる、急がせて……」






「――……? おい、どうした?――」






 まだ乾ききっていない血痕は、兵士が死体置き場にしていたであろう場所に繋がっていた。





 そこには老若男女問わず、多数の死体が放り投げられていた。まだ若そうな兵士も、一緒に血にまみれている。殆どは頭を撃ちぬかれ、辺りに脳漿(のうしょう)が飛散している。いくつかの死体は見世物にされたらしく、全身が破壊されていた。




 あまりにひどい悪臭。耐えがたき光景。アズマはそれらから逃げるように草むらへ走っていく。ニシはなんとか吐き気を押さえつつ兵士のドッグタグを回収し、黒ずんだ血がくすんで認識しにくくなった文字に目を走らせていた。



「……間違い無い、こいつらも駐留部隊だ。仲間割れか……?」



 そこへ口を拭ったアズマが戻り、ニシの持つドッグタグを見る。



「悪い……ヒロ、小隊長のケツを引っ叩いてでも急いで来させろ。それと戦闘の用意も忘れるな。下手したら村民が全員死ぬ」













「3人とも、よく見つけてくれた」


 ヒロから簡単な状況の説明を受けていた小隊長は、さっと辺りに目を走らせ、周囲の異常さを確認した。


「小隊長。そんな時間すら惜しいんです。こちらへ」



 広場で本隊と合流したアズマとニシは、状況を掻い摘んで説明した。


「敵は最低でも10人、最大で15人が3つの建物に詰めてる。建物の中には多数の村民が閉じ込められていて、今この瞬間にも女子供が(なぶ)られている可能性が高い。村民である女の子によると、建物はこことここと、あそこの3つ。どうか今すぐにでも踏み込まないと!」



 地図を見ながらその説明を聞いていた小隊長は静かに頷き、元々10班にわかれていた30人の隊員を3チームにわけた。



「1班と10班及び3班と8班は内部の兵士を無力化せよ。可能なら生け捕りだが、人質に危害が加わると判断した場合射殺して構わない。但し、何があっても絶対に一般人には当てるな。

 目の前の建物を担当する2班と9班はフラッシュバンを使用し、内部の敵を捕縛せよ。ただしお前達は殺すな、情報を吐かせなくてはならない。大丈夫だ、お前達の所はアズマ達が既に2人をのしてる。

 残りの班は周辺警戒! 別の隊がいた場合厄介なことになる、怠るなよ」




 2班6人ずつに分かれ、建物に取り付く。無線で小隊長がカウントダウンをし、最後、ゼロの代わりに突入と叫ぶ。



 その直後、悲鳴と銃声と炸裂音が同時に鳴り響いた。















「――全チーム、報告せよ――」



「――こちら1、10班。敵兵2名射殺、2名捕縛。人質に被害なし――」



「――3、8班。建物内にて処刑が進行していたため、5名射殺。生き残った人質の1人がショック状態を引き起こした可能性あり――」



「こちら2、9班。3人捕縛。人質は無事だが、敵兵の一人が様子を見に出て来ようとしたため殴打し無力化」



「――了解、これから広場に集まれ。ショック状態の民間人もその場所から連れ出してやれ、直ちに軍医を派遣する――」




 そうやって集められた村民の数、36人。1家族3人と仮定しても、この周辺に点在する家の数とは絶対的に合わない。そのことがその場にいた全ての人間の顔を暗くさせた。ただ5人、腕と足を縛られた兵士たちを除いて。













「はっ、ヘリを飛ばしてから随分遅い御到着だったな! お前達、もっと早くくればおこぼれにありつけられたかも知れねえのに、残念だな」


 アズマの友人であり、パルチザン開発現場から逃れたサガラ。彼を探すために出動したヘリを警戒し、彼らは消息を絶ったようだ。その様子から、どうやら失踪する前からやましいことをしていたのだろう。


「そうそう、こんな辺鄙(へんぴ)な村にはもったいねえ程の良い女もいたぜ。今頃は誰か判別もつかなくなって、捨てられてる筈だけどな」




 その口にアズマの拳が真っ直ぐ伸びた。手根骨を保護するためのミリタリーグローブを纏った一撃は、唇を切るのに十分な痛打を与えた。


 会心の一撃を浴びせたアズマは即座に仲間に押さえられ、落ち着けとどやされる。




「アズマ! ……堪えろ」


 小隊長は手を震わせて、アズマを少し離れた所へ連行させた。



 ――そうだ、あの人には娘が……



 しゃがんで頭を押さえるアズマは昨日の夜、小隊長に娘が居ることを聞いた。だとしたら、憤りはアズマが感じたものの何倍にもなるだろう。それなのに何故。





 ――……くそっ、あいつのせいだ。





 脳裏にヒカリが浮かぶ。殺意で彩られた視線や、勝手に眠ってると勘違いして明かした過去、そして仲間と会ってなお浮かべる、憂いのある笑顔。


 思わず頭を抱えた。そしてアズマは、先程自らの手で助けた女の子の姿が見当たらないことに気が付いた。




 立ち上がって周囲を見渡す。女の子と同じ年頃の子供は3人程いたが、肝心の女の子はどこにも見当たらなかった。


 不思議に思ったアズマは、村の中に入って小さな姿を探す。











 その背中は、案外早くに見つかった。血痕の上で立ち竦む女の子の先には、死体が多数打ち捨てられた場所。女の子の目線の先には、同じ年頃と思われる少女の亡骸。





「……君、大丈夫か?」



 アズマの声に肩を震わせた女の子は、振り向いてアズマの顔を確認してから笑顔を浮かべた。それを見て、心が何処かでざわつくのを感じる。



「み、んな、私の友達なんです。一緒に湖に行ったり、お花で、かんむり作ったり、一緒に遊んでた、友達。昨日、友達みんなあいつらに連れてかれて、真っ暗な部屋で、みんなの泣き声が、叫び声が、ずっと聞こえて、ずっと、ずっと……」



 そう言って腰にぎゅっと抱きついてくる。




「……」




 グローブを取り、頭を優しくなでる。それに少女はひどく怯えるように震えた。







「ごめんなさい、もう、大丈夫、です」




「あ、ああ、良いんだ」







「……その、おじさん、名前は?」



「俺か? 俺はアズマって言うんだ」



 アズマ、さん。と呟いたのが、防弾チョッキ越しに腹部に伝わる振動でわかった。だが、アズマは険しい表情を崩せない。







「おいアズマ、なにしてんだ? おっ、さっき助けた女の子じゃねえか」



 後ろからニシが声を掛けてくる。呼びかけられたアズマは無意識に後ろに顔を向けた。注意を一瞬、反らしてしまった。








 不意に、女の子の腕の力が緩くなる。








「アズマ、さん。それと、兵隊、さん。助けてくれて、本当にありがとう、ございました」



 それから少女は全力でアズマを押す。ニシに気を取られていたアズマはそれで僅かに体勢を崩し、後ろへ仰け反る。



 右足を後退させて体勢を戻した時、目の前の少女は泣きながら笑っていた。





 手に持ったファイブセブンを顎に押し付けながら。





 咄嗟に自分のホルスターを探るも、本来触れるべき鉄の感触はない。



 ――今、あの銃には、セーフティがかかってない。



 全てを理解し、一瞬が惜しいと感じても、現実はスローモーションにはならなかった。



「馬鹿なことっ……」



 そんな注意が間に合うはずもない。足元の乾いた血痕の上に鮮やかな赤が迸るのに、1秒もいらないのだから。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ