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番外編:射撃コンペ ~ほんっとに恥ずかしいんだから、これっきりだよ!~

コンペは終わりましたが、まあ、二人へのご褒美ってことで。



「私はあなたを許さない! 子供のくせに近くの狩場を荒らしてまわるなんて、許される行為ではありませんよ!」


 そんな罵声を浴びせられたのは、私がまだ競技の興奮も醒めやらないうちだった。傍で一部始終を見てた管理人さんやサナが私を労ってくれてるところに、遠くからカノウさんの声が響いてきたんだ。もっとも、クレー射出機を私に向けた二人の男共々、競技に参加してた狩猟会の人に取り押さえられてるけど。



「我々は真剣に狩猟と向き合っている! そしてその肉を糧として日々を生きているんだ。それをあなたみたいな子供が横から入ってきて、荒らして良い訳がない!」


 今までのカノウさんからは想像できないほど激した口調で私の事を詰る。サナの笑顔が見る見るうちに消えていく。



「君みたいな子供が増えたらいよいよこの国も終わりのようだ! 腐った軍人に、考えの足りない子供たち! まったく、未来は明るいよ!」


 ひどい皮肉かな。そう他人事みたいに思ってると、サナがスタスタと歩いて近づいていく。


「お前たちもそう思うだろう!? それに、スミさん、あんたもだ! そんな子供に手塩をかけて、まさか篭絡でも」



「うっさいっつの!!」



 サナがカノウさんの前で立ち止まり、あることないこと吐き出すその口に、左手で思いっきりグーを叩きこむのが見えた。あまりに痛そうで、つい目を背ける。



「私、半年くらいしか狩りはやってないんですけどね」


 目を逸らしたまま、言い訳のようにそう呟く。








「ヒカリちゃん、本当に申し訳ない。うちのカノウが無礼を働いてしまった」


 猪の帽子を取って、スミさんが深々と私に頭を下げる。


「いえいえいえ、スミさんは何も悪くないですし、頭を上げてください!」


 肩に手を添えて起こしてあげたスミさんは、本当に申し訳なさそうな表情だった。


「彼が君の事を目の敵にしてるのは知っていた。だがまさかあんな理由で、しかもあそこまで敵対視しているとは……だがまあ、君が気に病むことはない。彼らはあとで軍に引き渡すし、これからメダルの授与式だ」


 そこでスミさんは私に右手を差し出した。



「相変わらず君の射撃に関する才能はすさまじいな。カノウの小細工にも負けず優勝するとは、シンジ君もきっと鼻が高いだろう。だが私だって負け続ける気はないさ、次はこうはいかないよ」


 清々しい顔で私に握手を求めてくれる。その顔から嫌な感情は感じ取れない。だから私はその手を強く握って、次の戦いを約束した。





「ああそうだ、君の友達の……サナちゃんだったかな? 彼女にも重ねてお礼をしたいんだが、場所は知ってるかい?」


「サナですか? それがカノウさんを殴った後どっかに行っちゃって……サナが何かしたんですか?」


「何かしたもなにも、カノウ達が何か企んでることに気付いたのは彼女だよ。まあ私の力不足のせいで、阻止するには至らなかったが。本当に申し訳ない」



 謝られると、こっちまで申し訳なく感じるんだね。私は、私が普段サナたちに抱かせてる感情に、今頃になって初めて気が付いた。


「そう謝らないでください、意外と楽しかったですし。またいつか……またいつか、一緒に狩りにも行きましょう」


 いつか、私が気兼ねなく暮らせるようになったら。










 スミさんと別れた私は、どこかへ消えたサナを探して仮設テントに向かった。今は何より、サナとこの喜びを分かち合いたい。


「サナー?」


 テントに一歩入って、中を見渡す。互いの健闘を称える男性や女子話に華を咲かせる女の人たち、同級生と盛り上がってる男子とかがこっちを見てくるけど、その中にサナの姿は見当たらなかった。


 ……え、てかなんでみんなこっち見てくるの?



「なあ、あんたさっき最後に撃ってた奴だよな?」


 私と同い年くらいの男の子が、テーブルに座って話しかけてきた。


「え、はい、そうです、けど……?」


「ほらやっぱそうじゃん。あんたほんとすげーな、普通あんな猟銃であんなクレー撃てっか? 俺なんか足元にも及ばねえわ」


「あれは猟銃じゃねえし、お前は今日参加すらしてないだろ」


 そう突っ込む別の男子は、自分の小銃を手入れしてた。彼の方は見覚えがある、第一競技で同じ射群だった子だ。



「それにしても本当にすごかった、正直言ってちょっと格好良かったよ」


「え、えっありがとう、ございます」


「いやほんと。特にラストの、こう、横っ飛びしながら拳銃で撃ったやつとか、映画かよって感じだった」


「いやそんな、あれは当たるかどうか自信なかったから、たまたまですよ」



 友達からの誉め言葉はお世辞として軽く受け流せるけど、こう、知らない人から誉められるとどうすればいいかわかんなくなっちゃう。



「俺、普段は旅行が趣味でさ、射撃はそこまで本腰入れてなかったんだけど、今日君のを見てちょっと本気でやってみよっかなって触発されてさ。俺ユウトって言うんだけど、君は?」


「私? 私は、えっと、ヒカリ、です」


「じゃあさ、ヒカリ、今度会ったらまた勝負しよう。その時までに俺も練習して、上手くなってるから」


 スミさんのように、私に握手を求めてくる。だから私はちょっとだけ緊張しながら、その手を優しく握ったんだ。


「……うん、だけど私も負けないよ」


 私の言葉が何かの引き金になったように、周りで様子を窺ってた他の人もわらわらと私の傍に寄って来る。


「私も握手してほしい!」

「あんた子供なんにやるなぁ」

「上達するコツは、やっぱ練習あるのみですか?」


「えっ、えぅ……」


 私は成す術なく、あっという間に人の群れに取り囲まれてしまった。一体全体、なんなのさ……





「――これより閉会式を行います。競技参加者はお集まりください。繰り返します――」


 スピーカーから放送が流れて、私の周りの人は私を囲んだまま移動を始める。そのまま中央の広場まで連れていかれた私は、流されるままちょこんと置かれたお立ち台に立たされる。隣にはスミさんと、さっきの男子、ユウト君がいる。


「それでは早速表彰しましょう。まずは3位の……」




 正直、疲れちゃった。管理人さんの声も、たくさんの人の拍手も、あんまり耳に入ってこない。



「……お次は……のスミさん…………」



 サナも全然見つかんないしさ。これが終わってから、門のところで待ってれば会えるかな。



「……お待たせ……1位……リさん。……」



 いつの間にか、私の首元には金色のメダルかかってるし。




「…………シンジ…………」




 だけどその名前だけは、私の耳に鮮烈に入り込んできたんだ。






「……シンジ、さん?」


 どうやら、私のリアクションがなくて管理人さんは困ってたらしい。やっと示した反応に、小さく安堵のため息を吐く。


「ええ、ヒカリさんが以前一緒に狩りをなさっていたシンジ君です」


「そのシンジさんが、どうしたんですか?」


「いえね、実は今回の競技がこれほど難化したのは、シンジさんのお願いによるものなんです。『何年先になるかわからないけど、もしもヒカリが射撃コンペに参加したら、この競技をやってくれませんか』って頼まれてね。彼も、まさか最初から千点を超えられるとは考えてなかっただろうけどね」



「…………シンジ、さん……」


 何のつもりか、なんてわからない。置き土産のつもりか、それとも私を困らせたかったのか、わかるはずもない。それなのに。


 それなのに、私の心の中には、笑顔のシンジさんしか浮かんでこない。そっか、私の目の前にあなたが現れたのは、これがあなたの考えたプログラムだったからなのかな。



「それでは見事1023点をとって優勝したヒカリさん、何か一言お願いします」


 マイクが私に手渡される。





「……そうですね、うーん……えーっと……」


 だって、急に渡されるんだもん。こういうのって事前に考えさせてくれるんじゃないの? だけど周りの人は行儀よく私の話を待ってくれてる。ほんとこういうの恥ずかしい。



「……私、本当はこの競技会に出たくはなかったんです。皆さんが仲良く、楽しく腕前を競ってるところに水を差すんじゃないか、場を壊してしまうんじゃないか。何より、歓迎されないんじゃないか不安で。

 ですが、皆さんは暖かく迎えてくださいました。こんな私のことをライバルと思ってくれて、格好いいと声をかけてくださいました」



 ……ここら辺まで話してふと思ったんだけどさ、私に求められてるコメントってこういうのじゃないよね。もっと、楽しかったです! とかそういうのだと思う。


 でもしょうがないよね。ただ楽しかった、だけなら私のコメントである必要がないし。何より、私らしくない。


「最近の私にとって、射撃というのはただの手段でしかなかった。だけど今日ここにきて、私は久しぶりに、本当に久しぶりに、射撃という行為を楽しむことが出来ました。それはこの競技が楽しかったということだけでなく、皆さんの紳士然とした立ち居振る舞いによるもののおかげでもあります。皆さん、今日は本当にありがとうございました」



 管理人さんにマイクを返そうとして……自分の手を私の口元に戻す。



「皆さん、是非私の記録、抜いてみてくださいね」













 閉会式も終わって、私は門の傍で帰る人たちを眺めてる。その中の何人かはわざわざ私に手を振ってくれて、私は少し恥ずかしかったけど小さく手を振り返すことでそれに答えた。



「ヒカリ、お待たせ!」


 私の肩を叩く、暖かい手。後ろを振り返って……頬に人差し指を刺される。


「もうサナ! 今までどこ行ってたの?」


「ちょっと医務室にね。私は良いって言ったんだけど周りの人しつこくってさ」


 私たちも射撃場から出て、洋館までの道を歩く最中で、サナはそういって右手を見せてくる。その人差し指と中指には白い包帯が巻かれてた。


「どうしたの?」


「いやさ、あのカノウだっけ? あんたがやってる最中にあいつ捕まえようとしたらミスって扉に突き指しちゃった。それより、それってさ……」


 私が右手に提げてる袋を指さす。


「ああ、これ? これはね……この射撃場の年パス」


 そういって袋の中から小さなカードを見せる。


「一年間無料で使えるん」

「それよりケーキは!?」


 そっちじゃない! って言わんばかりに袋をもう一度指さす。ごめんごめん、冗談だよ。




「ほら、ケーキもちゃんと入ってるよ。ショートケーキなんだって」


 袋を開いて見せて、中にきちんと白い箱が入ってることを確認してもらう。


「おおぉー、これこれ! これのために今日一日頑張ったんだから!」


「頑張ったのは私だけどね? ま、洋館に着いたら切ってあげるから、それまで我慢です」



 サナが急に足を止めるから、それにつられて私も立ち止まる。どしたの?


「……それなんだけどさ、あんたん家で食べない? ほら、洋館よりそっちの方が近いでしょ? 別に、後で皆に分けてあげるのはいいけどさ」


 サナが頭を掻きながらそっぽ向く。なんだ、そんなこと?


「ん、まあいいけど」


 十字路を左に曲がって目的地を変える。







「今度はさ、サナも競技会出てみなよ」


「えー私? 無理無理、じっくり狙うのとか苦手だもん」


「だからだよ。案外楽しいし、訓練にもなると思うよ」


「そーいうあんたにとっては簡単だった?」


「全然そんなことないよ。でも、カノウさんとの戦いは正直楽しかったよ。多数の目標を相手取った訓練にもなったと思うし」


「訓練訓練って、あんた実は意外と好戦的っていうか、戦闘好きよね」



 なっ、なんてこと言うのさ。



「……それはちょっとあんまりじゃない? 射撃は確かに好きだけど、戦闘を楽しんだことなんかないよ!」


「別に詰ってるわけじゃないわよ。ただ、そういう気質があるっていうか」

「だから!!」



 本気で怒ろうとする私を見て、サナも気が変わったらしい。ごめんごめんって言いながら両手をひらひらさせて、右手をちょっとだけ痛そうにしてる。








「ほらほら、んなこと言ってる間にもう着いたわよ。ほら、鍵開けて」


「言われなくても!」


 頬を膨らませて家の鍵を開ける。相変わらず家は寒いや。だけど私の横をすり抜けるようにしてサナが入ってって、まるで自分ち見たいにエアコンをつけだした。


「さっむ! うっわ、しかも出たよ、洗い物も洗濯物もひとっつもないし。あんたほんとに生きてんの?」


「失礼な。やることやってから家を出るようにしてるだけです」


 サナのおかげで部屋が暖かくなってく。私は荷物を置いてからキッチンで手を洗うと、ケーキと包丁を取り出した。




「はいはい、自分の家なんだからもっと汚しなさいよ。誰かに怒られるわけでもないんだし。」


「いや、家空けることが多いから綺麗にしてるだけで……」


「わかったわかった。それよりコーラないの? スナックは?」


「どっちもないかな。ストレートティーとせんべいならあったはず。てかケーキと一緒にそんなの食べなくない?」



「えっ、今日泊ってく気満々だったんだけど」

「えっ」



 急に言われても困るよ。…………まあいいけど。



「ま、そんなのあとで買えばいっか。それよりほら、ケーキ!」


「はいはい、切り終えましたよー」


残りを冷蔵庫に入れて、二つのお皿をリビングのテーブルに置くと、サナはケーキを(つぶさ)に観察し始めた。








「やっば、クリームのキメからもう既に違うわ。やっぱ流石ミズノシェフ、こんなの真似できない」


 そんなに違うかな。お皿を近づけてじっくり見てみるけど、あんま私にはわかんない。


「でもほんとにいい匂いだね。よだれ出てきちゃいそう」


「早速食べよ!!」




 フォークの側面をショートケーキの先端にゆっくりと宛がう。するとケーキは大して力も入れずに切れ始めた。


「うっそでしょ、スポンジまでこんな軽いの……? どうやったらこんなこと出来んのさ……」


「……あんまり見つめられると、食べづらいんだけど」


「気にしなくていいから、食べて食べて」


 フォークをゆっくりと口に運んで、味わう。……うん、美味しい。



「美味しいね」


「……それだけ? もっとあるでしょ?」


「うーん。甘いけど、こう、重たい甘さじゃないっていうか?」


 私には食レポみたいなのは出来ないみたい。






「まーでもよかったわ、あんたにケーキ食べさせられて」


「え、サナが食べたかったんじゃないの?」


「私も食べたかったけど、一番はあんたによ。今日がなんの日か知らないの?」


「今日は……24日だっけ。えーと、んー……わかんない」


「今日は世間ではクリスマスイブって言うのよ、覚えときなさいバカ」



「あーあー思い出した、そうだったね。そういえばクリスマスってケーキ食べるんだっけ、だからか!」


「そうそう。だから一緒に食べたいなって思って一週間もお願いしてたんだけど、ヒカリが嫌だって言うから」



「私てっきり、サナがミズノシェフを崇めてるだけだと思ってた」

「いやミズノシェフはまじでスゴい人よ? ほんとに。このきめ細かいクリーム見たら一発じゃない」



 ……しまった……







「ってかさ、サナも私の反応なんか見てないで……」


 そこまで言って、私は自分が全然気を遣えてないことに気付いた。そうだ、サナは利き手の右手を怪我してるんだった。


「ごめん、全然気が回せてなくて」


「え? いや、別にフォークぐらい左手でも」

「はい、食べて?」



 私のフォークでサナのケーキを掬い取って、サナに近づける。なんでそんなびっくりしてるん……



「はれっ、私何、えっ、ごめん!」


 気付かないうちにサナにあーんさせようとしてた私は、恥ずかしくて顔から火が出ちゃいそうだった。頬がすごく熱い。どうしよ、そりゃサナだってびっくりするよ、あーもうバカ。






「…………ぁーん……」





 手で自分を仰いでると、サナが小さく口を開く。その顔は真っ赤で、照れきってるのがわかる。


「へ?! え、じゃ、あ、うん、失礼します……」


 ……もう、私たち何してんのさ。いい歳して食べさせて。ほんっと恥ずかしい。





「……美味しいわね、ヒカリ。あんたと食えて良かったわ」


「……うん、だね。私もサナと一緒に食べられて、ほんのちょぴっとだけ嬉しいよ」




……ま、今日くらいいっか。

これにて番外編:射撃コンペは終了です。

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