表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/118

番外編:射撃コンペ ~サナ、やったよ~

 右、左、左右、左、右。右。一拍、4秒、寸隙開けず。


 言ってしまえば、やることは飛んだクレーを狙う、それの繰り返し。そのスピードが速かったり遅かったり、二つ同時に出てきたりするだけ。


 クレーの射出も九枚目だ。もう大分クレーのスピードにも目が慣れてきたし、砕ける音が段々心地よく感じ始めてきた。


 ウィィーンって機械の稼働する音が僅かに聞こえて、バシュンって飛び出す。それを追いかけるように私のMSRが吠えて、パラパラと素焼きの鳩が砕け散る。



 え、余計なこと考えてるって? もっと的のことを考えた方が良い? ううん、これは私の心が落ち着いてる証左。だって射撃は、「撃つ瞬間に撃発する意思を持ってはいけない。撃発する意図を持つのは人差し指だけ」だから。ほら、そんなことを考えてる間に十枚目も撃ちぬいた。


 トリガーとマガジンの間にあるレバーを親指で倒し、胸のリグから新たなマガジンを取り出す。鈍い金が視界の隅に見える。


 ボルトアクション銃の敵になりそうな二枚同時射出は問題なく対処出来てる。この調子なら、きっと……なんて調子のいいことを考えたからかな。マガジンを挿した瞬間、背中を寒気が走ったのは。


 産毛が立つように肌が敏感になる。この感覚は数年ぶりだけど、まさかこんなところで感じることになるなんて。



 これは私に向けられた、明確な敵意や悪意。これまでの人生で何度か経験したことのある“それ”と比べると弱いけど、でも敵意に間違いはない。




 ――優勝、心待ちにしております。




 敵意の持ち主はわかってる。問題は、私が競技中の今この瞬間に敵意を向けられた理由。私に点数で負けそうだから? でも何度か話したけど、その間一度も競技に対する話題は挙げなかった。いつだって私に嫌味を言ってくるだけ。そんな人が今更点数なんか気にする?


 或いは、私が競技に気を取られてる間に殺そうとしてる? ううん、この感覚は敵意や悪意であって、殺意じゃない。殺意はもっと重たくて、冷たくて、気持ち悪い。



 いけない、思考の海に溺れかけてる。この競技はレジスタンスでの狙撃くらい集中しなきゃ優勝できないんだから。それにこんなこと考えてたら、クレー見逃しちゃう……




「……?」




 違和感を抱いた私は、MSRを保持したままゆっくりと顔を上げる。目の前の射場におかしなところは何もない。いくつものクレーの破片がいたるところに散らばってるし、私の足元にはくすんだ薬莢が十本転がってる。空には遠くでカラスが羽ばたく以外、何も飛んではいない。とっても静かで平和。


 だからこそ、私は違和感を消し去ることが出来なかった。いつまで待っても、飛んでくるべきものが飛んでこないんだから。




「……管理人さん」


「はい、これだけ長い間クレーが来ないのはおかしいですね。もしかしたら管理部屋のコンピュータの設定が何かエラーを起こしてしまったのかな……」


 これだから機械は苦手なんだ、なんて管理人さんがぼやくけど、私はそれに反応できるほど余裕を持ってはいなかった。



 何十人も競技やってるのに、私の番で突然エラーなんかなる? クレー切れ? いや、それなら射出しようとエンジンが動くはずなのに、稼働音は鳴ってない。


 この状況をもたらしたのは、突発的な原因じゃない? じゃないなら、人の手によるもの。それは誰? それはきっと、私に敵意を持つ人間。だったら敵はわかった。きっとカノウさんがコンピュータをいじって、私に競技をさせないようにしてるんだ。



「管理人さん、多分」


 口を開いた私の耳に、異音が聞こえてくる。直後に再度クレーが飛び出した。だけど慌てずに、ゆっくりと頬を付け、人差し指を引き金に触れさせる。


 おかしい。私に向けられた敵意は消えてない、依然変わらずなんだ。なのにどうしてクレーが飛んでくるの? ……だけど姿の見えない人を警戒し続けるわけにもいかないか。どこか不自然な競技でも、私はサナに優勝するって約束しちゃったし。約束破りなんて最低なこと出来ないからね。



 クレーがゆっくりと落ちていって、徐々に左右にぶれ始める。そこを私は狙い、そして引き金を引いた。その瞬間、左右から同時に鳩が飛び出した。まるで私が撃つのを待っていたかのようなタイミングだった。


「っ、なかなか……」



 ボルトアクションの最大の弱点が、連射性能の低さ。一発撃つたびに、ボルトを上げて、引いて、排莢して、ボルトを押して、下げる。その動作だけで数秒は余計な時間が奪われちゃうんだから。


 だけどね、私は『この銃のせいで』なんて台詞は口が裂けても言いたくないの。だから必死で練習したんだ。命がけで技を磨いてきたんだ。それをこんなところで負けるわけには、いかない!


 人差し指でボルトを上げ同時に手前まで持ってくる。そのまま返す親指で押して、下す勢いでストックを握りしめた。もうクレーは大分地面まで下ってきてる。幸いなのは二つのクレーは角度が浅く、まだ交差してないってこと。つまり……銃弾は一発で済む。



「また二枚抜き……」


 まただ、また私が撃った直後に射出された。しかもさっきまでとはスピードが比べ物にならない。私の前を高速で横切るクレーに、私は体ごと思い切りMSRを動かすことでなんとか追いついた。


「今のも当てる、とは……」


 悪いけど今は、管理人さんの呟きに反応できるほど余裕ないの。さっきからクレーの射出はランダムじゃない。間違いなく、私の様子を窺いながら射出機をコントロールしてる。それに速度も段違い。




 これは勝負だ。私とカノウさんとの勝負。残り十一枚のクレーが尽きるのが先か、私の集中力が切れるのが先か。


「どうしてそんな敵意を向けるのかなんて知らないけど。でも向かってくるなら、受けて立ちますよ」






 大丈夫、シンジさんの幻影はもう見ない。私の心は今だけ、(しがらみ)から解放されてる。嫌な気負いもない、この勝負に面白ささえ感じてる。


 だけど相手も、非常に嫌らしい手を使ってきてる。さっきまではスピードで畳みかけようとして、それが通じないと見るや今度は私がしびれを切らすのを待つことにしたらしい。ぴたりと射出が止まって、私の耳には騒然とした辺りのざわめきが飛び込んできた。





「なんだあれ……機械がいかれちまったんか?」

「あの子すんごいなぁ、あれでもなんとか食らいついて」

「ばか、運だよ運。あんなんがいつまでも続くかい」


「おい、あの銃って……」

「ああ、ああ、あたしゃ見覚えあるよ、ありゃあん時の女の子かい。随分とまあ格好良くなっちまってまあ」


「おい見てみろよあの女の子。俺らと年変わんねえだろうに、お前より全然上手いんじゃね?」

「うっせえ、俺別に本気じゃねえし。大体お前ら、俺より下手じゃねえか」





 どれだけ集中しても、周りの音の一切が聞こえなくなることはない。ただ気にならなくなるだけ。彼らと私たちの間には絶対的な距離があって、その声が聞こえてこようと、それは私にとっては声に聞こえないの。ただ、後ろの方で音が鳴ってるなーって。


 そして意外なことに、サナの声だけは聞こえてこない。こういう時真っ先に何か言ってそうなのに。まあたといサナが見てなかったとしても、今だけは私には問題ない。



 そら来た、私が周りに気を取られたと思って、クレーが射出された。その見立ては甘いんじゃない?




 クレーが見えた瞬間に撃ちぬく。破片がクレーの代わりに大きく空中を舞って、射撃場の土の上を転がった。


 どれだけ待っても、私は気を抜かないよ。普段から背負ってるものがあるんだから。



 再びクレーが姿を現し、数瞬で弾丸がそれを貫く。次はどうする? こうやって時間をかけたら私は絶対に外さないよ。



 ……残り九枚。マガジンに五発。どうしても一回はリロード挟むか。冷静な心で残弾管理をし、勢いよく飛び出すクレーを当然の様に落とす。


「4発」


 左から再び目の前を横切るクレー。その軌道を読んで先のポイントに照準、タイミングを読んで撃つ、その直前。


 銃口が火を噴く直前に右から鳩が飛び出す。それは今までの突き進むだけの鳩とは違い、まるで生まれたての小鹿のようにヘロヘロと空中を漂ってる。正直、今一番来てほしくないクレーだった。




「3」



 私の前を横切ったクレーを処理し、速いスピードに慣れきってしまった目と頭を切り替えようとする。だけど直前まで全力のスマッシュに追われてた所を突然のロブショットが虚を衝くように、私は一瞬だけ、瞬きよりも少ない時間、手が止まってしまった。


 さらに左から猛スピードで奥の方へクレーが遠ざかっていく。それに右からも機械の音が聞こえだした。



 一瞬止まっただけなのに、私の事を責め立てるように無数の情報が頭を(よぎ)る。やばい、早くあの遅い奴の軌道読まないと次のクレーが、でもそろそろリロードも入るし、その前に……あ、えっと、ダメだ考え纏まんない。


 …………違う、違う、ダメだ止まるな、動け、考えて!




 オーバーフローしそうになる頭をリセットするために、腹式呼吸のために開けてた下唇を全力で噛む。途端に口の中に鉄の味が広がった。同時に過去の記憶が、嫌な思い出がフラッシュバックする。お母さんの嘲笑、お父さんの薄気味悪い声、伯父の胸焼けする煙草の臭い。冷たい雨の痛み。



 ……そんなの、どうでもいい!!



 今にも地面に付きそうな低速のクレーを撃ちぬき、今までのどれよりも早いボルト捌きで遠ざかるクレーも破壊する。そして右のパーテーションから顔をのぞかせた鳩も見逃さない。


 私が今この銃を握ってる理由に、そんな奴らは関係ない! 私の敵はあのクレーで、私はサナに喜んでもらうため、そして何より自分のために撃ってる。それだけわかれば他はどうでもいい!!



 レバーを倒して、マガジンが自重によって落下していく。残標的数4。このタイミングでのリロードはすごく痛い。いくら私だってこの瞬間にクレーを射出されたら間に合わないんだから。


 カノウさん、そんなこと考えたでしょ。



 最短で地面に落下するように、右からクレーがポンっと出てくる。私の銃にマガジンはまだ挿せてない。リグからスペア取って、ボルトを開放して、排莢して閉鎖して……なんてこと、してる暇はない。


 まあ、必要もないんだけどね。




「弾切れ? なんちゃって」




 マガジンを替える前にもう一発、薬室に(・・・)残しておいた(・・・・・・)一発(・・)を放つ。


 トリックでもなんでもない。競技を始める前からMSRに、マガジンの十発とチャンバーの一発が入ってただけ。


 こんな簡単で古典的な方法じゃ、虚を衝くことはできない。せいぜい一瞬手が止まる(・・・・・・・)くらいでしょ?


 だけど一瞬。ほんの一瞬時間を引き延ばせたなら、それで十分。私はそれでリロードを終えられる。





「――くそっ、お前らやれ!――」



 スピーカーからカノウさんの怒鳴り声が響いて、同時に前方左右のパーテーションが男たちによって倒された。その向こうには……私に口を向けたクレー射出機。



 エンジンが稼働して、左右から同時に私目掛けてクレーが飛んでくる。そのスピードはもちろん最高速だし、私のMSRじゃ両方を撃ち落とすのは間に合わなさそう。


 それに2~30cmもある素焼きの円盤が飛んでくる恐怖は、銃で狙われるのとは違う怖さがある。



 だけど、こんなところで竦む私じゃないよ。



「ヒカリっ、避けて!!」


 ここにきて初めてサナの声が耳に入る。……そうだ、こんなの怖がってる場合じゃない。そうだよねサナ? だって私言ったもん。







「私は優勝するんだって」






 高速で近づいてくる左のクレーをMSRで撃つ。だけど大量の破片がその勢いのまま私に向かってくるのを止めることは出来ない。



 だから私は、右足を蹴りだして左に飛んだ。左手にMSRを抱え、そして右手に腰のホルスターから取ったM&P9を構えて。


 前にも言った通り、私の背中には、今まで積み重ねてきたものがあるの。その集大成が今の私。昔の私なら、MSRしか持たずに成す術もなくクレーを見逃してたと思う。


 だけど今の私はそうじゃない。シンジさん(MSR)以外にも大事なものがあるんだから。その大事なものが背中を押してくれる限り、私は諦めない!




「当たれえぇっ!!」









 ……柄にもなく叫んじゃったけど、私の頭上で砕け散るクレーを見て安心した。どうやらろくに狙いもつけずに放った拳銃弾は、なんとかクレーに当たったらしい。良かった、これで一段落……



「なんて安心すると思いました?」



 私だって馬鹿じゃないよ。クレーはまだ一個残ってる。私に向かってクレーを撃った直後、一番遠くへ放ったんでしょ。



「あなたは知らないでしょうけど、私はレジスタンスの狙撃手なんです。この程度のフェイント、見抜けないわけないでしょう?」



 着地の衝撃による痛みを無視して、寝そべったままもう一度MSRを構える。やっぱりラス一は既に射出されてた。もう800m近く遠くを飛んでるみたい。



 まあ、関係ないけど。



「これで、最後!!」











 この日最後の銃声は、いつもと変わらず青い空へ高らかと響き渡った。完全に破壊されたクレーの細かい破片が、小気味いい音と一緒に空を舞い、パラパラと落ちていく。


 手元に転がる25個の鈍い金の薬莢は、私の高揚する心には黄金色にさえ見えたんだ。


 銃をリュックの上に優しく置いて、仰向けになる。冷たい床が私の体の熱を下げていく。


 右手を上げる。興奮の波はまだ引かなくて、少しだけ震えてるのが良く分かった。



「ヒカリ!」


いつだって私の背中を押してくれたあの声が、心配そうに近づいてくる。体を起こして、その不安げな顔を見つけた。……なんでちょっと服汚れてるの? ま、私も人の事言えないけど。



 駆け寄ってくるサナに、黙って右手を突き出す。立ち止まったサナは、不思議そうな顔で私の事を見てる。



 だから私は顔を綻ばせて、笑顔でピースをしたんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ