番外編:射撃コンペ ~積み重なった心が、私の背中を押すんです~
引き続き番外編です。五話で終わるといったな? あれは嘘だ()
「で、あんたはどうするの?」
「出るよもちろん。目指せ優勝! ってね」
張り切る私のことを、サナは頬をさすりながら睨みつけた。そんな怒んなくていいじゃん、ちょっとほっぺ引っ張っただけなんだから。
「でもあんた、二つ目が終わったところで18位でしょ? 見てる感じみんな大分撃ち漏らしてるけど、難しいんじゃない?」
サナの言う通り、随時更新されていくスコアはみんな伸び悩んでた。第三種目での得点だけを見ると、120点や96点くらいの人もいれば、240点、288点、最高点で360点。つまり一番当たってる人で、15匹の鳩を落としてるらしい。
銃声は猟銃の響き渡るものよりは、自動小銃の短く区切られた音のほうが聞こえてくることが多い。たまーに拳銃っぽいのもあるけど、本当に近距離じゃないと当たらないんじゃないかな。
「最高600点なんでしょ? それで今のとこの最高が360点って、結構低いんじゃない?」
「まあまあ、まずは射座の後ろ行ってみよ」
テントの外から画面を見つめるサナを連れて、今現在も競技中の射撃場を真後ろから見るために、その足を進めた。
「まあ、なんと言うか……撃ってるわね」
「あの人はアサルトライフルだね。一番理に敵った銃だ」
あの銃はAR15かな。別にM16って呼んでもいいけど、民生品はフルオート機能が撤廃されるから一発一発トリガーを引かなきゃ撃てない。まあそれでも当然、ボルトアクションのライフルなんかとは比べるべくもないほど連射できるけど。射座のテーブルは脇にどかされて、真ん中で寝そべる男の人はじっと息を澄ましていた。
機械の作動音がかすかに聞こえ、瞬きをする間もなく大きなクレーが飛び出す。……普通のスキート射撃の何倍も速く。
「はやっ」
ついついそんな簡単な言葉が口をついて出てくる。だって速いんだもん。もうビュンっだよ、ビュンっ! バイクの全力とかと同じくらい。
「あ、でも近くに飛ばすときは普通くらいか」
さすがに、数百m先に飛ばすときと2~30mの時とは速度が違うか。目の前百何キロとかで横断されても目で追うのが精いっぱいだしね。
ただ、狙撃の難しさで言うと野球ボールと大して変わんないかもしれない。あのクレーは普通のものの二倍くらい、大体直径20cmもありそうな巨大なものだけど、そんなのを数百mも飛ばすのは大変みたい。遠くの方では急にスピードが落ちて、左右にちょっとずつブレてきてる。その大きなサイズのせいで、風の影響を受けやすくなってるんだと思う。
実際、今撃ってる人も近くのクレーは撃てても、遠くの、特に500mを超えるとほとんど当たってない。その度悔しそうなうめき声がなんとなく聞こえてくる。
「で、後ろでこうやって見てて、何がわかるわけ?」
5、6人の様子を見たところで、両手を頭の後ろで組んだサナが、つまんなそうに私に目を流す。そんな顔しないでよ、こうやって敵の脅威測定をするのだって、狙撃手の仕事なんだから。
「たっくさんあるよ、こうやって射手目線で見るからこそわかることだってあるんだから。このクレーのスピードとか、どうやって見えるかとか。パーテーションで射出機が見えないこととか、ピジョンが射出されるタイミングがかんっぜんにランダムだってこととか」
クレーのタイミングが完全にランダムだってわかったのは大きい。よくよく見ると、左右からクレーが同時に出るときと、パパンって一拍置いて射出されることがあることがわかる。かと思えば突然5秒の間隔が空いたり。野生動物の方がよっぽど読みやすいよ。
まあ、他にもわかったことはいろいろあるけど。
それに、一番遠くまで、つまり1000m近く飛ぶときでも、クレーが空中にあるのは大体4~5秒。射出用機械にエンジンでも積んでるのかな。わざわざこの大会のためだけに用意したと思うと、その気合の入れように今更だけど驚く。
「どうするのよヒカリ。クレーが左右から同時に出てきたら、MSRじゃ間に合わないんじゃない?」
「んー、レジスタンスの作戦の時くらい本気でやれば間に合いはするけど、一撃で当たるかどうかは保証ないかな」
それくらい、最終種目は難易度が段違いだった。まるで射撃訓練だ。ハイスコアを出すことよりも、目指すことの方に重きを置いてる印象を受ける。
「いいねー。そういうの、意外と燃えちゃうよ?」
「……楽しんでるようで、なによりね」
呆れたように肩を竦めて、サナはちょっと遠くの自販機に向かって歩いてく。25匹目の鳩を取り逃がした射手が、悔しそうに自分の射撃を振り返ってる。それでも私はその場を離れず、ひたすらにシミュレーションを繰り返した。
「やあヒカリちゃん、こんなところでどうしたんだい?」
「スミさん。もちろん、優勝のためのイメトレですよ」
私の後ろから来たスミさんは、ライフルを肩に担いでる。相変わらず珍しい銃だな。少なくとも私は、スミさん以外に持ってる人を見たことない。
「あれ、スミさんって54番ですよね。次なんですか?」
「ああ、私が呼ばれた。どうやら君には、トリを飾ってもらいたいようだ」
「それは大役ですね……それじゃあお言葉に甘えて、トリは射貫かせてもらいますね」
「上手いな。だけど私も負けられないよ、これでも積み重ねてきた努力があるからね」
心の底から楽しそうに笑うスミさんは仕切りの取っ払った台に銃を置くと、弾帯を肩にかけた。普通と違うところは、くっついてる弾が全部ライフル弾で、それらが二発ずつ専用のクリップでくっついてること。
スミさんの持つ銃は、上下二連ライフル。30-06弾が2発入る狩猟用のライフル銃で、ストックの根元辺りから下に折ることでリロードできる。スミさんの愛銃で、縦に二つ連なるその銃口は、いつも人の目を惹いてた。
そもそも本来のクレー射撃で使われる銃は、専ら上下二連の散弾銃が多い。本当の競技だったら、クレーに一発か二発しか撃つことが出来ないから。
同じ二発の銃でも、水平二連の方は狩猟で使われることが多い。水平の方は浅く折るだけで排莢できる代わりに、銃身が左右についてるから着弾がずれる。
上下の方は銃身が二つともサイトの下に繋がってるから、着弾点の修正は簡単になる。反対に、深く折らないと排莢されないんだ。
「あれ、あんた53だったわよね? 54番呼ばれてたけど」
両手に緑茶とジュースのペットボトルを提げたサナが、射座で立ったままのスミさんの背中を見ながら私に緑茶を投げる。
「ありがと。なんか、私は最後なんだってさ」
「へぇ。てかあの人立ったまま撃ってるけどいいの?」
「あの銃は折らなきゃリロード出来ないから、伏せたり座りながらじゃできないんだよ」
競技開始のホーンが鳴り、スミさんはライフルを両手で保持する。その瞬間にあの人の纏っていた優しげな雰囲気は霧散し、代わりに何人たりとも近寄りがたい、張り詰めた空気が漂い始めた。
静寂の中、微かに機械の作動音が聞こえて……それを合図に、左右同時にクレーが飛び出す。その直後、二つのクレーは空中で木端微塵に砕かれた。
轟く銃声の残響の中、スミさんは銃身を折って弾を込める。二つの薬莢が鈍く光を反射させて、地面に落ちるのが見えた。
「……やば。あの人撃つのめっちゃ早いじゃん」
キャップを開けたジュースを持ったまま、サナは目を丸く見開いてる。サナ、口あきっぱだよ。
「え、でもあの人って狩猟会の人なんでしょ? もっとじっくり狙うんじゃないの?」
「確かにあの人は狩猟会の人だよ。でも会に入る前は、クレーの人だったんだってさ」
「へぇー、人生射撃一色って感じね」
「まあ、戦争前はクレーの代表選手だったらしいし」
「えっ」
数年前に聞いた話だけど、国際試合のために何度か国を渡ったことがあるらしい。メダルを持たせてもらったこともある。
「それってこの競技、めっちゃ有利じゃない。やっぱ優勝はあきらめた方がいいんじゃない?」
そりゃ私だって、メダリストと肩を並べられるなんて思っちゃいないし、あまつさえ勝てるとは思わない。
「それが、相手の土俵ならね」
わかりやすく疑問を顔に張り付けたサナに、含みを持たせた笑みを浮かべる。
「これはただのクレー射撃じゃないってこと」
確かにスミさんの反応速度はずば抜けてる。それに射撃の腕もピカいち。スミさんの放った銃弾は今のところ、全てがクレーを砕いてる。
だけどそれは、狙ったクレーだけだ。
「……あれ、あのクレー撃たないの?」
感心するように競技を見てたサナが、再度声を上げる。射出されたクレーが高らかに宙を舞っているが、スミさんはそれを撃とうとしない。その様子を訝ったんだと思う。
「撃たないんじゃないの、撃てないんだよ」
「なんで……あ、二発撃ち切ったのか」
簡単な話、装弾数二発じゃ三連のクレーは撃てない。いくら使い慣れた銃であろうと、そのリロードには数秒かかる。その間に飛翔したクレーをスミさんは完全に無視していた。
それは正しいことだと思う。間に合いようもないターゲットのせいで慌ててしまえば、銃弾を落とす可能性もあるし、肩付けや頬付けが上手くいかないかもしれない。そうやって崩れていってしまえば、立て直すにはリセットが必要だ。
それよりは、目の前を悠々と飛ぶターゲット一つを視界から外し、次のチャンスを窺う方がよっぽど賢明だ。それに狙ったクレーは百発百中なんだし、暫定一位で点数は大分開いてる、無理してすべてを落とす必要はない。
「なるほど。つまりは余裕持ってるってわけね」
「まあ、そうなるかな。その余裕があの安定感に現れてるんだと思う」
それを差し引いても、スミさんの射撃センスは他の参加者とは頭一つ飛びぬけてた。クレーメダリストってったって、散弾とライフル弾じゃ勝手が違うっていうのに。やっぱり、四~五十年の積み重ねは伊達じゃないんだろう。
――だけど私も負けられないよ、約束しちゃったから。
競技に臨む直前の、スミさんの言葉を思い出す。
「スミさん。積み重ねてきたものは私にだってあるんですよ」