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平和を望むのなら

レジスタンスのメンバーと言えど、白昼堂々常日頃から銃をぶっ放してるわけではありません。


 一般的な住宅よりも大きな洋館の玄関に立って、一定のリズムでノックをする。


 数秒待ってから「入れ」という低い男の声が聞こえるとともに、ドアの鍵が音を立てて解除される。大袈裟な程の解錠音が、誰もいない通りによく響いた。



「みんなー! 昨日の英雄が来たぞー!」



 中に入り扉を閉めた瞬間、サナが皆の注意を惹きつける。中では20人くらいの人達がそれぞれ獲物を手入れしていた。地図に向かって頻りに指差している女性や、火薬を調合して手製の爆弾を作る少年。周りの人に武勇伝を聞かせている子供もほんの少しだけいた。


 その人たちの目が一斉にヒカリを見る。ヒカリの頬が、見る見るうちに赤く染まっていった。



「昨日はお疲れさん! あの若い軍人も将校の気まぐれで死なずに済んだようだ! 流石ヒカリちゃんだな!」


 そして、皆が拍手したり、口笛を吹いたりしてヒカリを労わる。肩や背中をばしばし叩かれ、ヒカリは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「わ、私は出来ることを頑張っただけです……」


 それだけ言って、既に空っぽの紙コップを思いきり傾ける。






「ヒカリ、サナも、二人とも着いたか。これから話がある、上へ来てくれ」


 カウンターで座っていたレジスタンスのリーダーが二人に気付いて、階段を上がっていく。二人は微かに緑の残る紙コップをゴミ箱に捨てると、追いかけてくる歓声から逃げるように速足で階段を上がっていった。








 15年前、オージアと全く関係の無い国同士で世界大戦が勃発した。しかし開戦から2年後(13年前)、突如として隣国に攻め込まれた。その頃のオージアは小さく、敗戦が込んでいた隣国は勝てそうな相手に喧嘩を吹っ掛けたのだろう。


 だがオージアは大戦に巻き込まれながら、辛くもその領土を守り切った。


 隣国の同盟国、また別の隣国、同盟国……多くの国が、今まで中立国であったオージアの戦闘行為を警戒し芽を摘もうとするも、奇跡的にその全ての防衛戦争に勝利した。自国を守るという大義名分を掲げるこの国は強く、世界は既に戦争により国力が低下しきっていた。また様々な奇跡や相手の些細なミスが相まって、オージアは2年かけて世界大戦を一人勝ちし、“世界を支配する国”と呼ばれるようになった。



 ありえないことだった。それでも実際に起こってしまった。それがオージア国軍をどれだけ増長させてしまうかも知らずに。




 軍がこの国に反旗を翻したのは世界大戦が終わった翌年、今から10年前だ。連戦による疲弊と政権交代の間隙を突いた軍は官邸を占拠し、国の乗っ取りを実行した。




「我々は世界大戦において非常に優れた戦果を発揮し、この国を救った英雄である。にもかかわらずこの国での我々の境遇は一向に良くならず、またこれから先良い方向に転じることも諸君らの会議を見てあり得ないと判断した。従って我々はここに新政府の樹立を宣言し、今後この国に関する決定権は我々が持つ」



 それからは地獄だった。政府軍に反対の意見を唱えた者は処刑され、治安の維持者である警察は解体された。かつての報復かのように隣接する国々を攻め滅ぼして領地を拡大し、海岸線を除いた大陸ほぼ全土や各種インフラは一国の軍の物となる。


 更に、この国の広大な領地を囲うようにして壁が建設され、外国との私的な交流をほぼ全て廃止。



 「この国が二度と諸外国からの不当な侵攻を受けない為に」建前こそ立派なその壁は、事実国民を覆い逃さんとする鳥かごだった。






「サクさん、話って何ですか?」


 階段を上がって三つ目の扉を後ろ手に閉めながら、ヒカリはリーダーのサクに声を掛けた。リーダーというにはあまりにも若いが、それでもその姿には、数年間レジスタンスをまとめ上げてきた風格のようなものを感じられた。



「そうだな……本題を切り出す前にまずはヒカリ、昨日はよくやった。700m程度の狙撃じゃ余裕か?」


 からかうようにヒカリを褒め、テーブルに置いてある資料をまとめる。照れたヒカリがちらりと見遣ったところ、レジスタンスの声明の原稿らしい。きっと後日に読み上げソフトで録音し、どこか遠くのテレビ局にでも送り付けるのだろう。



「わ、私が撃ちぬけたのは、事前にパレードのコースを調べてくれていたからで、ミズキが逐一私をサポートしてくれたからで、サナが私を護ってくれて、安心できたからで……」


 褒めてもらえたヒカリは微かに頬を赤くしているが、恋愛感情のような色っぽいものでなく、単にヒカリが褒められるのに慣れていないだけだった。


 ――あの若い男の人はまだ入ったばかりで悪いことはしてないと思うから、助けられてよかった。うん、きっと、助けたのは間違ってない。


 口には出さないが、そんな事を思う。




「ヒカリは相変わらず謙遜が過ぎるな。それと、サナもヒカリの護衛、よくやった」


 昨日サナは、ヒカリが狙撃に専念するために、部屋の外で警戒、待機していた。


「ちょっとサク、なんか私、おまけ扱いな気がするんですけど? それとってなによそれとって」


 わざとらしく口を尖らせながらサナは、サクの靴を軽く蹴る。


「サナなら、そう言うと思ったよ」


 予め反応を予測していたサクは、サナを撫でて悪戯っ子のように笑った。





「そこで、サナに任務を頼みたい。ここより西、サウスブロック郊外に戦車を組み立ててる工場があるのは知ってるな? サナには、その工場の破壊を行ってもらいたい。今までの破壊工作のせいで警備レベルが引き上がったとミズキが言っていたが、できるか?」


 サクが話しながらテーブルに腰掛け、サナを見る。



「当然! 潜入工作にかけて、私の右に出る奴がいるわけ無いじゃない!」


 胸を張るサナを見て、2人は調子がいいなと笑った。


「流石、頼もしいな。バックアップはヒカリとコウに頼みたい」



 この場にいない幼馴染と共に名前を呼ばれたヒカリは、コクリと頷いて意思を固くする。


「私なんかでよければ……わかりました」


 その控えめな返事に、サナとサクは目を合わせる。それから肩を竦めると、手を叩いて注目を集めた。



「よし。この作戦が成功したら、俺達は自由のための大きな一歩を飾ることになる。それはこの国で苦しんでる人々を助けるための、着実で明確な一歩だ。

 でもまあ、何より大事なのは命だ。死なない程度に頑張ろう」



 何か作戦を決定するたびに聞く一種の決まり文句と化していたが、それでも二人はやる気が満ちてくる。レジスタンスのリーダーであるサクは、こうやって人をやる気にさせることが上手かった。







「あ、そうだ、サクさん!」


 部屋を出る前に、ヒカリはもう一人のバックアップ要員である幼馴染の名前を告げる。


「コウか? 俺も二人が来る少し前に来たばかりでな、ミズキに聞けばわかるんじゃないか?」


「ありがとうございます」と返事を残し、ドアを閉じる。それから再びドアを開けて、もう一つ言いたかったことがあることを思い出した。


「『私達は、絶対に民間人を巻き込まない』ってレジスタンスとして声明を発表できますか? 街の人の中には、子供が銃を持ってるのが信じられない、怖いって。まあ、当然ですけど」


 わかった、考えておく。と返事を貰ったヒカリは、満足気にドアを閉めた。








「ミズキー? いるー?」


 忙しなくキーボードを叩く音のする部屋――「ミズキ」と書かれたプレートが提げられたドアをサナが叩く。するとカタカタ音が無くなって、カチャリと扉が開いた。目の前にはセミロングより少し長い程度の髪を掻き上げる、眼鏡の少女がいた。


「おはよう。今見取り図と警備システムを持ってくる」



 眼鏡のずれを直したミズキは二人が伝える前に用を察知し、欠伸を噛み殺しながら床に散らばった紙を素早く集める。情報収集やその分析、観測手としてのヒカリのサポートが彼女の得意分野で、様々な知識も彼女の誇れる部分だった。先日の狙撃も、彼女の正確なデータが大きく貢献している。



「昨日はありがとね、ミズキのサポートのお陰でうまいこといったよ。あと、コウが何処にいるかわかる?」


 ミズキが紙束を書類に仕舞い込んでから、ヒカリがもう一人の仕事の相棒となる人物の名前を告げる。ミズキはここら辺一体の監視カメラを掌握しているため、人探しは得意中の得意だった。



「コウ? コウなら下にいる筈」


「え、ほんと? ごめん、自分で探せばよかったね。ありがとう!」



 だが、どうやら監視カメラを漁る必要すらなかったらしい。またね、とヒカリが声を掛けてミズキの部屋を後にする。






「あ、ヒカリにサナ、昨日はお疲れ。明日も仕事あるんだって?」


 ミズキの部屋から出ると、沢山の火薬を抱えたヒカリ達の幼馴染、シュンがいた。人好きする笑顔を浮かべた少年は荷物を抱えたまま、手首より先だけを振ってみせる。そんなシュンに、「そうだよ、今度は私が主役だから!」と言ってサナが胸を叩いた。



「ヒカリ、サナの事しっかりサポートしてやってあげてね」


 冗談でサナを無視して、シュンがヒカリに話しかける。シュンの後ろでもの凄い形相になっているサナを見て、ヒカリには苦笑いしか出来ない。





「そうそう、コウには僕お手製の手榴弾をいくつか渡しておいたから」


 自分の後ろの気配に気が付いたのか、シュンは「頑張ってね!」と言葉を残して、足早に去っていく。



「……今度シメておく必要があるわね」


 そう言いながら指をポキポキ鳴らすサナを見て、ヒカリは再び苦笑した。










「おー、いたいた、コウ!」


 探していた相手は、一階で子供の武勇伝を聞いていた。階段や玄関付近からは見えなかったが、少し奥まったところで「へぇ、すげーじゃん!」なんて相打ちを打っていて、子供も気を良くしている。



 その誰にでも分け隔てのない姿勢は、長身に筋肉質な見た目と相反していて、ヒカリも初めて話したときはとても驚いた。



「コウ? その、ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 楽しそうな子供の話し相手を奪うようで、ヒカリははっきりと言いだすことが出来ない。隣のサナが溜息をついて用件を伝えようとしたが、それよりもコウが口を開く方が早かった。


「明日の工場についてだろ? そんな気にすんなヒカリ、今行くよ」


 じゃ、また後でな! と子供に気さくに声を掛ける。その子に向けてヒカリは、「ごめんね」と小さく謝った。







「あんたってほんと、小さい子供が大好きだよね」



 手頃なテーブルにつくなり、サナが比較的大きな声で嘯く。近くにいたレジスタンスのメンバーは、「また始まったのか」なんて言いながら笑っていた。



「……なんかその言い方は誤解を招く気がするけど? 面倒見がいいって言ってくれよ」


「あんたってほんと、小さい子供の面倒見“だけ”大好きよね」


 サナがからかって、コウがふざけて返す。二人はとても仲が良かった。







 この6人――ヒカリ、サナ、コウ、ミズキ、シュン、サク――は幼馴染だった。幼いころから互いの良い所も悪い所も、全部知っていた。サクは6人の中で最年長――23歳で、他5人は18歳の少年少女。


 6人の出会いは今から15年近く前から続くもので、例えいくつもの紆余曲折があったとしても、そこには紙一枚差し込む隙間すらなかった。









「それじゃ、各自の役割を確認するね。この作戦の目的は工場を破壊する事。手段としては、サナが単独潜入して爆薬、C-4を各所に設置。可能ならば情報を入手し、退避後に起爆。その間は私、ヒカリが周囲を警戒し、コウは万が一サナが見つかった場合に備え、待機」



 ミズキが集めておいてくれていた資料を広げながら、ヒカリが腰に手を当てる。


「サクさんも言ってたけど、この作戦の核はサナ。私とコウはその援護」



「つまり、コウはいてもいなくてもどっちでもいい存在ってわけね」



 それを聞いたコウが無言でサナの頭をはたいた。サナはテーブルの上のマップから目を離し、隣に立つコウを睨む。



「いったいなぁ、もー!」


「そういう事言ってっと、何かあっても白馬で迎えに来てやんねーぞ」



 コウは腕組みをし、座るサナを勝ち誇ったように見下ろす。


「何が白馬よ、赤兎馬(せきとば)でも持ってきなさいよバーカ」


 段々とヒートアップしてくる2人の口論に、その場にいたメンバー達は注意を惹かれていく。またあの二人か、と笑って受け入れられる程に、2人の喧嘩は日常茶飯事だった。



「もう、夫婦喧嘩は終わってからにしてよ」


 ヒカリが2人の仲を揶揄するように茶化す。ヒカリが冗談を言うのは珍しいと2人は一瞬驚くが、すぐにヒカリに反論を捲し立てる。しかし当のヒカリは、ひらりと身を翻して自分の荷物に向かってしまった。






「はぁ……それ、まだ使ってるの?」


 コウとの戦いで疲れ、肩で息をするサナは、楽器ケースに向かっているヒカリに声を掛けた。


「んー? まあね。私には数少ない思い出の品ですから」


 そう言って、楽器用ケースの中から銃を1挺取り出す。そのベージュ色の長い銃はスコープを光らせ、蛍光灯の元に姿を現した。



「なんだっけ、その銃の名前」


 コウが、ヒカリを見て銃の名前を尋ねる。サナと同じように、コウの頬もまた赤くなっていた。



「こっちのスナイパーライフルは、MSR。今回は7.62mmを使うよ」


 楽器ケースから取り出す途中の銃を訊かれているのだと思ったヒカリは、スコープを取り付けたまま収められていたスナイパーライフルを見えるように立てる。しかし、コウの注意はMSRには向いていなかった。



「そっちはわかってるよ。それより、そのバッグからはみ出てる拳銃の方は?」


 笑って手を顔の前で振ったコウは、ヒカリの足下で横たわるバッグからストックだけが覗いているハンドガンを指す。



「あ、こっちか。こっちの小さい方は、M&P9っていうハンドガンだよ」


 間違えちった、と頭を掻くヒカリを見て、サナとコウは笑う。2人は特にヒカリに対する時、良いコンビとなった。それ以外の時も相当仲が良いが、「私に何か言う時だけはまるで保護者になったみたい」だとミズキと話したことがあった。それから思い出したように口を開き、注意喚起を行う。



「どっちにもサプレッサーは付けられるけど、どうしてもって時以外は出来るだけサナかコウが対処して。サプレッサーを付けてても音はなるから、警戒されるかもしれない」


 イエッサー、と手を持ち上げ挙手の敬礼を返すのも、サナとコウは同時だった。










 MSR――Modular(モジュラー) Sniper(スナイパー) Rifle(ライフル)――は、銃身を交換する事によって複数の銃弾に対応する事が出来る銃だった。より威力の大きい.338ラプアマグナム弾を使用すれば人間の動きを奪うことは実に容易だし、銃弾自体が大きいので射程もより長くなる。しかし、威力が大きければ初速が速くなり、そうなるとサプレッサーの減音機能は期待できない。


 それに比べ、7.62mmは安価でこの弾を使う銃も多いことから、倒した敵からそのまま装備を頂いているレジスタンスで一番多い小銃弾はこれだろう。




 対してM&P9は、9mmパラベラムという弾を使用していた。この弾は拳銃弾の中でかなり有名な代物であり、非常に安価だった。その小ささ故に多弾倉化しやすく反動も小さいため扱いやすかったが、弾が沢山入るということは弾倉が太るということ。よって、ヒカリの手には少しだけ大きかった。


 因みに、パラベラムの由来は「平和を望むならば、戦いに備えよ」という意味の諺「Si Vis Pacem, Para Bellum」から来ていた。「僕達にピッタリだね」と以前シュンが笑っていたのを覚えている。








 サナはふと思いついたようにヒカリの背後に立ち、その肩を揉んだ。


「ヒカリは昨日の狙撃でお疲れでしょ? どうせ私が工場に入ったらあんたやることないんだし、寝てなさいよ!」


 流石にそういうわけにはいかないよ、と思いつつも、これがサナの思いやりだってことはヒカリにもすぐにわかった。



「ありがと。でも私、好きな時に眠ることの出来る人間じゃないんだ」


 ヒカリがぽつりと呟き、それから曖昧な笑顔を浮かべる。目を合わせたサナとコウは、気まずそうに頭を掻いた。




「確かに、サナはヒカリが守ってあげないと駄目かもな! ちっちゃいからすぐ見失うし」



 この場の空気を読んでか読まずか、コウが口を開く。それを聞いたサナの鋭いキックがコウの脛を襲ったのを、ヒカリは楽しい劇を観るような顔で眺めていた。







次から戦闘が始まります。

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