介入
アズマの持つ無線から流れるヒカリの言葉と共に、廊下の拉げた扉の向こうから、短機関銃を持った3人の兵士が廊下に足を踏み入れる。
地面に伏せるようにその様子を見ていたサクは3本指を立て、中指、人差指、親指の順に折っていく。そうやって作った拳を前方へ軽く突き出したのを確認して、サナ、ミドウ、アズマ、サクの4人が集中砲火を浴びせた。
「――前方警戒、待ち伏せ!――」
3人の兵士が倒れるや否や、その後ろ、ドアの向こう側から幾つもの銃口が火を噴く。素早く身を引いた4人を掠め、背後の階段の手すりに火花を立てて着弾した。
「サガラ、お前達は下がって、階段の下を警戒しててくれ。囲まれたらおしまいだ」
「あ、ああ、わかった」
娘を必死に抱きしめたサガラはアズマに言われた通りにして、妻と機長と共に、流れ弾が飛んできそうに無い位置で階段の下を覗きこんだ。だが頭を出した直後、下から冷たい風が微かにサガラの頬をなでる。
「駄目だ、下からも来てる!」
「ああくそっ! おたくら二人でここ頼めるか!?」
サクとサナに廊下を任せたアズマは、ミドウと共に足元から上りつめてくる敵を迎え撃つため移動した。
「俺は良い人間じゃないからな、そっちがそのつもりならこっちだって応戦するさ!」
「グレネード!」
サナの足元に、一つの破片手榴弾が転がる。素早く気が付いたサナは手榴弾を蹴り飛ばし、直後大量の破片が壁に突き刺さった。
「ねえ、これ無事に帰れると思う?」
「わかりきったことを聞くな。別に全員倒さなきゃいけないわけじゃないんだ、余裕だろ?」
そのとーり! とサナが声を張り上げ、G36Cのマガジンを交換する。
「ヘリさえ落とせたらすぐにでも階段を下る。出来るだけ取り回しの良い93の方は温存しとけよ」
「了解!」
サクはHK417のアングルフォアグリップを左につけ、人差し指と親指でそれを握りつつ、小指と薬指で壁を押さえる。そうやって銃の反動を抑えつけ、指切りで5発ほど連射していた。
「……とんでもないフォアグリップの使い方ね」
横目で見ていたサナが思わず呟く。
「サナの二挺拳銃だって似たようなものだろ? それにこれはすぐに取り外しできるから、普通の使い方だって出来る」
「それもそうだけど……」
――まあ、格上の相手と極普通に戦っても勝てないのは知ってるから、ありかな……?
二人にそんな話をしてる暇は、次第に無くなってきた。途中からミズキもパソコンを隅において援護していたが、そもそもミズキは長物を扱えない為ハンドガンしか持っていなかった。
「流石に、正規軍と何時までも正面張るのは厳しいな……」
「でも、私達だって今まで遊んできてるわけじゃない。それにこないだのクローバー作戦は成功だったじゃない」
サナが足元に置いたプラスチック製のマガジンを手に取り、リロードをする。その隙をサクとミズキが埋め、隙を与えないようにする。
「あれは、待ち伏せは待ち伏せでも、奇襲だっただろ。こっちは人数や位置が全部ばれてる上に、全員が戦闘をこなせるわけでもない。状況は全く違うさ」
サナが態勢を整えたのを見て、サクも同じように足元のマガジンに手を伸ばした。
「ただまあ、狭い廊下での戦闘なだけありがたいけどな。守勢に有利だし、相手は数の暴力で押しつぶすことができない。それでも、その分だけ相手は縦の層が厚くなっていくらでも補充がある状態だがな」
「……なによ、結局不利なのは大して変わらないじゃない」
サナは口を尖らせて、敵を削り取るように銃弾を叩きこんだ。
「――くそっ、何が起こった?!――」
「――敵の攻撃だ、体勢を立て直せ!――」
空港上空で、アパッチが煙を噴かしながら不安定に左右へ揺れる。
ヘリのテイルローターを狙ったコウのグレネードは、狙いに反してテイルローターの横を掠めて通った。しかしコウがグレネードランチャーをリロードすべく銃身を握った時、その場にいた全員の予期せぬ爆音が鳴り響いた。見ると、テイルローターを素通りしたグレネードはそのまま放物線を描き、ヘリの側面に備え付けられたエンジンの排気口に着弾、片割れに黒煙を噴かせることに成功していた。
「――こちらホーネット1、敵の爆発物による攻撃を受けた! くそっ、さっきの無線は罠か!?――」
「――ごほっごほっ! 排気が入ってきた、早いとこ離脱しろ!――」
攻撃を受け即座に高度を上げていたヘリは、前傾姿勢をとりながらも少しずつ安定性を取り戻し、円を描いて緩やかに下降していた。
「コウ……コウ! 早く!」
ヒカリはヘリから片時も目を離さずに、コウにリロードを急がせた。
「――離脱するさ、だけどこいつらをぶっ飛ばしてからな!――」
しかし、コウがグレネードのリロードを終えるより早く、ヘリが回転降下しつつヒカリ達に照準を合わせていた。
「――ターゲットは二人、片方はさっきのガキだ――」
「――面白い、そんな装備で俺たちを落とそうって? ハイドラ準備! 兵器の違いを見せつけてやれ――」
丁度リロードを終えたコウは、「ハイドラ?」と疑問を持つ。しかしアズマの説明を覚えていたヒカリはそれを聞くと即座にコウの腕を掴み、扉へ駆け寄った。
「ふざけんな、二度も逃がすかよ!」
再び逃走しようとするターゲットを逃がさない為、アパッチはチェーンガンを階段へ向けて放った。それらは壁をボロボロにして扉を完全に吹き飛ばす威力を発揮し、屋上の中程から階段へ向かっていたヒカリ達を風圧で吹き飛ばす程だった。コウもリロード完了と共に飛ばされ、銃を取り落とす。
チェーンガンを撃ったためミサイル発射のタイミングを逃したヘリはヒカリ達の頭上を轟音を立てて旋回し、フェンスに手を掛けて立ち上がったヒカリに狙いを付ける。コウは気を抜いていたのか、頭を地面に打って目を回しているようだった。
「――ハイドラ用意完了!――」
ヒカリは咄嗟にSCARを拾い、ヘリへ向けてグレネードを撃った。しかしよく狙いも付けずに放たれたグレネードは今度こそヘリに当たらず、機首の手前で落下する。
「――……へっ、脅かしやがって。今度こそ息の根止めてやる――」
警戒して回避行動をとったヘリは再び旋回して、ヒカリに正対した。ヒカリからはキャノピーの二人の男性が視認できる。
ガラス越しの男がさっきと同じようにヒカリに軽く手を上げ、そしてそのまま親指を下に立てる。
「――今度こそ終わりだ。諦めろ――」
「――注意! ミサイルアラート! 回避しろ!!――」
パイロットが手を下げると同時に、無線機から憔悴の混じった声が流れる。
「――左後方だ、早く!――」
そしてアパッチが回避行動を取ろうとし……直後、機体後部にミサイルが突き刺さった。ヒカリの目の前で、機体のテイルが吹き飛ぶ。
空港から約2km離れたビルの屋上、空港上空で煙を噴きながら旋回する戦闘ヘリにFIM-92――スティンガーミサイルを向ける人影があった。ロックオンから数拍後に射出されたミサイルは手元を離れてから急速に加速し、ミサイルに気が付いたアパッチへ邁進する。鋭い矢のような煙が、空港まで一直線に延びていった。
細長い筒に箱と籠を取り付けた様な形状のスティンガーを足元に立て、大きく伸びをする。発射したミサイルを除いてなお10kgもある発射器は持ち主には重く、いつまでも持っていたいと思う代物ではなかった。
そしてヘリはその尻尾を破壊され、およそ6秒も経った頃に小さな爆発音が空気を伝わってくる。
空のスティンガーの上に手をつき、更にその上に顎を載せて双眼鏡を覗くと、機体の最後部、テイルローターを含めた諸々が破壊されている。完全に安定性を失ったアパッチはオートローテーション――くるくると回転することで、急速に墜落することを回避する行動――に頼ることなく滑走路へ墜落し、何度も機体を横転させる。
双眼鏡を空港の屋上へと向け、二つの人影を確認する。その内の一つはバッグから双眼鏡を探しているようで、きっとすぐにでも発射煙を頼りにこちらの存在に気が付くだろう。
「もうあとは、助けなくても大丈夫でしょ?」
その影に向かって舌を出すと、黒いコートを翻す。
「命令は彼等の動向を見張るだけだった筈ですが。良いんですか?」
後方の壁の傍で立っている同じ黒コートの男が、朝日を嫌うように影の中から声を掛ける。
「良いのよ」
そんな質問など意にも介さぬように答え、男の隣の階段へ足を進める。
「しかし、今ので連中はここにきますが」
対する男も眉ひとつ動かさずに追撃を放つ。
「それがどうかした?」
足を止めて、男に正対する。黒く艶やかな髪に柑子色の光を僅かに反射させて微笑むその姿は、非常に美しかった。
「……いいえ、なんでも」
だが、その美しさに見惚れたというわけでもないだろう。ほんの一瞬体を硬直させた男は溜息を吐いて、先行する上司の小さな背中を追った。
ヒカリがミサイルの煙を辿って一つのビルの屋上に辿り着いた時、その場には直立したスティンガーと、階段に消える二つの人影があった。
「なんだ、誰だミサイル撃ったの?」
立ち上がったコウは辺りを見回して、双眼鏡を覗きこむヒカリに声を掛けた。
「…………わかんない。こちらラビット、全員聞こえる? ヘリは墜落した」
「――了解、早く戻ってきて。二人が戻ってき次第地上に降りる――」
行こう、とコウに声を掛けて、ボロボロになった階段へ向かった。
階段に入ると、途端に銃声が階下から鳴り響いた。階段を下りながら、手すりから身を乗り出して見下ろしてみると、地上からも兵士が数人ずつ上って来ようとしている。流れ弾がヒカリの毛先を切り落とした。
「ひっどい、髪は乙女の命って言うのに。コウ、急ごう! 挟まれてる!」
M&P9を取り出してから、ヒカリはその足音を響かせて駆け下りた。