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VS戦闘ヘリ


 冷たい風がヒカリに吹き付ける。僅かになびく髪を左手で押さえると、目玉のようにぎょろぎょろと回るヘリコプターの機首先端のFCS(火器管制システム)を見つめ、次いでコックピットに見える二つのヘルメットへ視線を移す。



 ヒカリの正面には政府軍の攻撃ヘリ、アパッチがいた。空港の屋上からわずか数十メートルしか離れていないにも関わらず、ヘリは直径3cmの機関銃を、ヒカリの顔に突きつけるようにホバリングしている。



 不意に、FCSのレンズがヒカリを見据え停止する。再びゆっくりと操縦手に目を向けると、今度はしっかりと目が合った。その右手が、まるで気さくな挨拶でもするかのように軽く上げられる。


 ヒカリもそれに応え、ぎこちない笑顔と共に右手を上げた。……操縦手の手がひっくり返り、親指が下を向くまでは。




 それを機にヒカリは全速力で元来た扉へ走り込み、扉を閉める。ヘリは後退し、チェーンガンから30mmの多目的榴弾を5発、少女の背中を追うように発射した。


 叩きつける衝撃と共に、榴弾が次々と屋上に着弾する。古い特撮と見紛うほどの噴煙を上げつつ、それが一発ごとに階段へ近づいていく。



 ヒカリの疾走から少しのタイムラグの後、扉の直近に2発が着弾する。階段に向かっていたヒカリはその爆風によってMSRを抱えながら吹き飛ばされ、その頭上を鋼鉄のドアが軽々と飛んでいった。


 ドアの行方を追う暇もなく今度は壁に背中や後頭部を強打し、階段の踊り場に落下した。一呼吸置いてヒカリの隣にドアが垂直に落下し、ヒカリに倒れこんでくる。それをギリギリのところで身をよじって避けたところで、ようやくその場は少しだけ落ち着いた。




「ごほっごほっ! ……うぅ、痛いよぉ……こちら、ラビット。皆外に出ないで……」


「――何があったの?!――」


 背中を強打したヒカリは、息を詰まらせないよう意識して呼吸を整えようとする。それでも、痛いものは痛かった。素直な弱音を無意識に口にし、いち早く応答したミズキに簡単に状況を伝える。


「すぐ外にアパッチが、戦闘ヘリがいる! っごほっごほっ! ……うぅ」


「――わかった! あなたは大丈夫? 必要なら迎えに……――」


「ん、ううん、だいじょぶ……これから、降りるね……」


 無線を終えて、自分の体が不自然に曲がってないか、出血してる箇所はないかを確認する。足や腕の一本でも折れてしまえば、きっと皆の足手まといになってしまう。自らの無事を祈るとともに、頭のどこかにそんな考えが過った。




「……はあ、良かった」


 幸い、目ぼしい負傷は打撲と擦り傷だけのようだ。壁に打った背中を優しく擦ると、ヒカリは壁に右手をついて立ち上がった。ヘリは空港から少し離れたようで、吹き飛ばされたドアから聞こえるローター音は少しだけ小さくなっていた。



「っっ! ったぁ……!!」


 ヘリが離れてほんの少し気持ちが緩んだヒカリに、歩き出すために動かした足や左肩が、痛いと抗議の声を上げた。骨は折れていない筈だが、叩きつけられた際に全身を強かに打っていた。また、MSRを庇うため、踊り場に落下する時に左肩から着地していたのも理由の一つだろう。





「ヒカリ、大丈夫!?」


 左肩を押さえていると、階下からサナの声が響いた。その声の直後に本人も現れ、十秒ほど遅れてアズマ、ミドウも駆け寄ってくる。


「だいじょうぶ……なんで、ここに?」


「そりゃ、あんな今にも死にそうな声が無線機から聞こえてきたら心配にもなるでしょ!」


 そう言ってヒカリからMSRを強奪して担いだ後に、肩を貸すためヒカリの右に並んだ。



「ヘリはまだいるのかい?」


 階段の下を警戒していたミドウが口を開く。その不安気な顔も当然だろう、自分の、そしてサガラ達家族のこれからの進退に如実に関わる問題だ。


「ええ、多分。少し、建物から離れた、みたいですけど。あくまで、周囲の状況を、確認できるようにだと思います」


 歩くたびに悲鳴を上げる全身に顔を顰めつつ、階段を下ってそう言った。ゆっくりと一段ずつ、痛みをかみしめるように下る。


 だが、その様子を見ていたアズマは背嚢を下ろし、SCARのセーフティーを安全にいれて溜息をついてみせた。


「痛いんだろ? 階段までのドアは固定しといたが、そんなゆっくりと降りるわけにはいかねえぞ」


 そして、ヒカリの右腕をサナからはがして、背負い投げをするようにヒカリをおぶった。



「え、ちょっと! 私、自分で歩ける! こんな、子供みたいなっ、くぅ……!!」


 そこまで言って、顔を歪めて口を閉ざした。顔のしかめ具合を見ても、相当痛むのだろう。しばらく待てばすぐ動けるようにはなるだろうが……少なくともそれをさせるほど、サナもミドウも、そして当然アズマも鬼ではなかった。


「無理すんな、子供扱いしてるわけじゃない。それにお前を待ってたらあっという間に包囲されるぞ」


 そう言ってから、サナを先に行くように促す。少しだけ不満気な顔をしていたサナだったが、大人しく言うことに従った。






「骨は?」


 アズマが、後ろに背負うヒカリの様子を窺いつつ尋ねる。


「……折れてない、と思う」


「そうか。出血は?」


 ヒカリが首を振るのが、背中の腕越しにアズマに伝わった。


「それは良かったな。……ヘリに狙われて全身打撲で済むなんて、余程運が良いんだからな? これに懲りたら、もう」 

「やめない」


 拗ねたように突っぱねる。体の痛みを堪えるように服を掴み、アズマの首が締まった。



「……ああ、そうかよ。だったら、このまま俺も殺したらどうだ?」


「……敵にも良い人はいるかもしれないって、親切にしてくれた人が言ってたから。……あなたじゃないからね?」


 ノースブロックで出会った店主の言葉が、ヒカリの心に残っていた。


「はいはい、親切にした覚えもねーよ」


「そーいえばそーでしたね」


 そこで暫く、二人の間に沈黙が入り込む。




 ――良い人間なんているわけないって思ってたくせに、面と向かって言われただけで正反対の事を信じるなんて。アンビバレンスな考え方は成長の証左っていっても、これじゃ軽すぎると思われても仕方ないよ。



 ――だけどね。だけど少なくとも私は、「俺はいい奴だ」っていいながら嬉々として腕を振り下ろしてくる男を知っちゃってるの。


 ――でも、それと同じように、友達を護るために一時的に軍を離れて、命を懸けて戦える人がいるっていうのも知ってしまった。



 ――もし本当に良い軍人なんてのがいるんだとしたら、私は……私はそれを知ってなお、今までと同じように軍人を恨めるの? 目の前の人を、恨むことが出来るの?

 





「……ねえ。あなたは良い人? それとも、悪い人?」


 投げかけられた、そのあまりにも不躾(ぶしつけ)な問に、暫くの間アズマは言葉を忘れた。これまでのようなふざけた質問じゃないことくらい、考えるまでもなくわかりきっていた。吹き飛ばされたことで心が弱ったか。


「俺は………俺が良い人間に見えるのなら、目が悪いんだろうな。悪いことは言わない、スナイパーやめちまえ」


 虚を衝かれたことを隠すように軽口で混ぜっ返すが、ヒカリはそれに一切の反応を示さない。


「……そう、『俺は良い人だ』って、言わないんだ」



  ――言えねえよ。俺はそんなこと、口が裂けても言えねえ。




「…………良かった」


 階段を降りる僅かな足音にすら掻き消されそうな声で呟いたヒカリの声は、確かにアズマの耳に入った。


 それからしばらくして、ほんの少しだけ、ヒカリの掴まる力が強くなったことが。そしてアズマの背中にかかる重みが増したことがどんな意味を持っているのか、アズマにはわからなかった。








「さ、もう大丈夫か?」


「うん。……助かりました」


 皆と合流したヒカリはアズマから降りて、サナの持っていたMSRを受け取った。ヘリの強襲から身を挺してまで守った銃だ、簡単に検めてみても、歪みや新しい傷ができている様子はなかった。



「――カイト2、ブリーチング用意! 3分で吹き飛ばせます!――」


 無線が息を吹き返すとともに廊下の端、扉の向こうから何かを設置するようなくぐもった音が断続的に聞こえてくる。


「あの扉は俺たちが固定したが、爆破されたら流石にもたないぞ。何か案はあるか?」

 


「機長、この階段は搭乗口と屋上以外にどこか繋がっていたりしますか?」


 腰に両手を当てたサクが、階段の上下を交互に見遣る。顔に浮かんだ苦悩の色が仲間に見えないよう、配慮してるのだろう。


 ――若いなりに色々考えてるんだな。


 ちらりと見えた横顔にそんな感想を抱きつつ、妻と娘を壁際に座らせたサガラもまた、これからのことを考えていた。


 ――きっとアズマやこの子達が、俺たちを必死で逃がしてくれる。だったら、俺はこれからどうする? どうするのが正解だ?



「いや、この空港はテロを警戒して、非常に複雑に作られているといっただろ? この階段も、屋上と搭乗口、それに地上にしか繋がってない」


「地上とつながってるなら……」


  そう言いかけたサナが、途中で言葉を切る。


「ヘリさえいなきゃ脱出出来るのに……」




 結局のところ、現状ヒカリ達に取れる行動は、大きく分けて二つだった。屋上に出てヘリを撃墜するか、ここで追撃部隊を全滅させるか。地上に出てヘリと地上部隊を同時に相手取るのは非常に分が悪く、搭乗口から貨物機に乗るのは現状最悪手だろう。


 問題なのは、そのどちらも実現困難なことだった。



「ここで迎え撃つだけなら、少なくとも爆殺される危険はないな」


「でも、さっきちらっと見た限りでも、沢山のハンヴィーがここに向かってましたよ」


 サクの発した提案に、ヒカリが屋上で吹き飛ばされる前に確認できた少ない情報の一つを伝える。


「だろうな。誰か、何か爆発物は持ってるか? スティンガー(地対空ミサイル)なんかあると便利なんだが」


 ミサイルなんかあるわけないが、普通はそれ程の兵器がなければヘリなど落とせない。



 この場にあるのはコウやアズマの持つバトルライフル、SCARの口径が7.62mm。最大のものでもヒカリのMSRの8.58mm(0.338インチ)。アクリルで出来ているキャノピーは容易に打ち抜けるだろうが……ヘリを墜とすには心許ない。



「俺のには、グレネードがついてるぜ」


 コウはそう言ってSCARを右手で垂直に保持する。その銃にはEGLMが大口を開けて出番を待っていた。


「それを、空を飛びまわるヘリに直撃させようって? よしんば狙いを付けられたとしても、そもそもグレネードランチャーじゃ飛距離が足りないだろ」


 アズマが右手をあげ、SCARを持つコウに反論する。ヘリの最大の特徴は自由自在に空を飛び回る事。だからこそ攻撃ヘリは、歩兵の天敵と呼ばれていた。



「ヘリに歩兵が勝てるのは、対空ミサイルを持っていて、捕捉されてないときに限る」


 その反論には、手すりにもたれ掛かったヒカリが答えた。


「でも、ここでじっと耐えてたら生き残れるわけでもないですし、ヘリを落とせば、地上から脱出できる可能性が上がります」


「その可能性よりも、お前たちが死ぬ可能性が高いって言ってるのがわかんないのか?」


「私たち二人より、この場にいる皆が助かる可能性の方が大事だってわかんないの?」


 ついつい喧嘩腰になってしまう二人。だがそんな余裕を、軍は許さなかった。


「点火用意……爆破!」





「コウ、私と一緒にこれから屋上に来て! 他の人達はここで出来る限り敵を抑えて下さい!」


 扉の吹き飛ばされる爆音に負けじとそう言って、制止する声も振り切り、コウと共に下りたばかりの階段を再び駆けあがった。痛む足と左肩を無視し、走る。






「ああは言ったけど、どうやってヘリを呼ぶつもりだ?」


 ヒカリと違い、破壊されたドアの所まで走っても、コウの息は上がらなかった。


「この無線機は、ただ通信を傍受するためのものじゃ、ないから」


 肩を上下させながら、腰に提げられた陸軍用無線機をとんとんと叩く。何度か咳払いをしてから、ヒカリはコウと頷きあって無線機を手に取った。




「ホーネット1、応答せよ」


 フラー回廊で遭遇したヘリのコードを呼ぶ。


「――こちらホーネット1、どうした?――」


「空港の屋上へ逃げた人物がいる、接近して確認していただきたい」


「――ホーネット1、了解。これより接近する――」


 その無線と共に、金属の羽音が少しずつ大きくなっていく。



「コウ、これで近づいてきたはずだよ」


「サンキュ。俺はヘリのメインかテイルローターを破壊しようと思う。とりあえず墜とす!」


「私もそれでいいと思う。あのヘリが反対を向いたら、その尾を折ってやって」


 ヒカリにしては珍しく好戦的な台詞なのは、ついさっきまでアズマと白熱していたからだろうか。



 まだ蝶番の生きている歪んだ扉にもたれたコウは手鏡を伸ばし、隠れたままヘリの状態を確認した。


「ちょい待ち、まだだ! もう少し……もうちょっと」


 鏡の向こうでは、グレネードの届く距離まであともう少しというところまで接近したアパッチが大きく映し出されていた。



「――こちらホーネット1。確認できないぞ、そちらの間違いじゃないか?――」


「間違い無い、女が一名屋上へ向かった筈だ」


 厳つい声の持ち主に相応しそうな渋い男性像を頭の中に浮かべたヒカリは、その声を出来る限り真似していた。渋い顔まで真似していたのは無意識だろうか。


「――……さっきのガキか、悪運の強い奴め。了解、もう少し接近する――」


 そのお陰もあるのか、アパッチのパイロットは主張を折って近づいてきた。


「どうだ?」


「――いや、確認できない――」


 そう言ってヘリが旋回し、こちらへテイルローターを向けた瞬間、コウは駆けだした。




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