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貨物ステーションへ



「よし、見えてきたぞ。空港はあそこだ」


 サナ達が空港の安全を確保するため滑走路を横断している一方、ヒカリ達もイーストブロックに侵入し、目的地である貨物ステーションを遠くに捉えていた。アズマ達は得物を銃だと思われない程度にバッグに入れ、ヒカリもMSRの入った楽器ケースを担ぐ。


 不意の入電が兵士に聞こえることを警戒し、無線機やデバイスの電源は切ってある。


 戦闘可能な人間は3人、守るべき人間も3人。ヒカリ達は絶対に軍に見つからないよう、しかし怪しまれないように人目を忍んで行動することを強いられていた。



「てっきり兵士が目を光らせてるのかと思ったが、蓋を開けてみたら普段より歩いてる兵士の数が少ないな」


 カナを抱っこしたサガラの前で、アズマが建物の角から頭を出して、7時の朝日に目を細めながら通りに兵士がいないか確認する。


「一般人だけだ、大丈夫。サガラ、あんまり油断すんな。そうやって高を括ってると、痛い目見ることになるからな」


 そう言って堂々と通りへ出ると、確かに普段と変わらず街を歩くのはただの市民だけ。もっとも、出歩く人間自体少ないが。



 アズマの後ろで頻りに上空を見上げ、耳を澄ましていたヒカリだったが、思い切って街を歩いている男性に近付く。驚いたミドウが手を伸ばすも、既にヒカリはサラリーマンに声をかけてしまっていた。



「すいません!」


「は、はい?」


 突然の行動に男性は目を白黒させつつも、まだ女の子と言えるような年齢のヒカリを無下に扱うわけにもいかずに狼狽(うろた)えている。


「すいません、突然。1時間くらい前に、ここら辺に軍隊のヘリコプターが飛んできませんでした?」


「軍のヘリ? ああ、そういえばヘリが飛ぶような音は聞こえたな……でも生憎、私は見てないよ。君はヘリコプターが好きなのかい?」


 今度はヒカリが驚かされた。まさかそこから話を広げてくるとは思ってもみなかったが、それを無視して進めるほどヒカリは冷たく振る舞うことは出来なかった。



「えっ? え、あ、はい、そうなんですよ! あんな数枚の羽根で空飛ぶんだから、ほんと凄いですよね! うん!」


「そうかそうか、こんな朝から熱心だね。実は私の娘も空飛ぶ物、特に軍用のヘリや戦闘機に目が無くてね。ここだけの話、陸の兵士は殆ど腐りきってるが、空にはまだ人間味を持った人が多いよ」


「は、はあ……」


 後ろに寄ってきたアズマをちらちら見ながら、男性の話に相槌を打つ。



「娘が勝手に格納庫……娘はハンガーって言ってたが、そこに忍び込んで捕まったと聞いた時、私は必死に釈明しに行ったよ。

 だけどその必要はなかった。何故だかわかるかい? 私が娘の元に着いた時、娘は空軍の人と一緒に戦闘機の座席に座らせてもらってたんだよ!

 それから、『次に来る時は忍び込むんじゃなくて、正面から堂々と入ってきなさい』っていって、その基地へ入るための証明書までくれたんだ。その人はどうやら有名な人らしくてね、彼等の部隊はすぐに任務に旅立ってしまったんだが、それからあの子は、一週間に2回は必ず基地に顔を見せてるよ」


 どんどん熱が入っていく男性と対照的に、少しずつ身を引いていくヒカリ。男性はそんな構図に気がついたのか、気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「いやぁ、私としたことが、申し訳ない。毎日毎日ラプター? の説明をされて、私も毒されてしまったようだ」


 そして、腕時計を見てから「もし娘に会ったら仲良くしてあげてほしい」と言って足早に去っていった。




「……陸軍と空軍ってそんなに違うの?」


「残念ながら」


 急ぎ足でかけていく男性を見送りながら、ヒカリが背後で嘆息するアズマに尋ねる。


「残念と思う心があるなら、是非とも直して頂きたいんですけど……」


 そう呟いて、アズマにチョップを喰らった。


「そう単純なもんじゃねえよ。それに、クーデターを企てた陸軍が清廉(せいれん)な方がおかしいだろ」


「そういうのを開き直りって言うんです……それにしても、ラプターって何? 飛行機の名前?」


 頭を押さえながら、ヒカリが話題を変える。互いに互いを許してはいないが、それでも、相手が心の底から悪い人間だとも思えなくなっていた。



「ああ、そうだ。正確にはF―22だがな。空軍が保有してるマルチロール機(多用途戦術戦闘機)で、ステルス機だ。

 少なくともこの国の軍部じゃ、世界大戦終結後に完成した、遅すぎた戦闘機として名を馳せてるよ。ただし、性能は折り紙付きだ」


 一介の兵士にまでそう言わしめるということは、余程の性能なのだろう。素直に感心する反面、レジスタンスの狙撃手としてのヒカリは微妙な感情を抱かざるを得なかった。


「ステルスって、レーダーに映らないやつ?」


「そう。その分武装は少なくなるけどな。もし出会えたのならその子供は運が良かったみたいだな、あれを使える部隊は少なくとも、大戦時代からの生え抜き部隊だろう」


 ――つまり、戦争後に増えた、性根の曲がった軍人じゃないってこと?




「……あなたも10年前の戦争を、世界大戦を経験したの?」


 男性と別れてから数分、黙々と歩くアズマの後ろから声をかける。


「……ああ、経験した」


 その背中が、少なくなる口数に代わり途端に雄弁になる。それはこれまでの掴みどころのない態度からは考えられないほど、露骨な意思表示だった。それ以上追及するのはやめ、再び周囲の警戒に意識を向ける。



 ――誰にだって、聞かれたくない過去も、言いたくない過去もある。目の前の人の心を気にしないほど私はまだ人でなしじゃないし、それをするには少しだけ……ほんの少しだけ、知りすぎてしまった。



 僅かに溜息が聞こえ、ヒカリは立ち止まったアズマの背中から正面を窺い見る。


「さ、着いたぞ」


 そこには 巨大な空港が――ロータリーや長いエスカレーターが、6人を待ち構えていた。もっとも、エスカレーターは停止していたが。









 辿り着いたその空港は以前、旅客機が飛び交う通常の空港として機能していた。10年前のクーデターまでは。


 クーデター後は国内外の人間の移動は禁止されたので、当然旅客機が飛ぶことはない。また、壁建設によって今まで陸路で運んでいた物資も全て空路に頼ることになり、既存の貨物ターミナルだけでは捌ききることが困難になった。


 そこで、使う必要の無くなった無用の長物を『オージア国際貨物ステーション』と名付け、活用する事に決めたのだった。




「警備員がいない……」


 ガラス張りの空港入口、ロータリーの脇の草むらで建物の様子を見る。が、しばらく待っても目にした人間は、空港内を歩く作業服姿の整備員3人だけだった。


 そもそもここには人が通るための入り口しかない。貨物ターミナルとして利用されているのなら、普段はあるであろう別の貨物搬入口を使っているのかもしれない。



「もう排除したのか。お前の仲間、随分働き者なんだな」


「でしょ? でも私の仲間は、無関係の警備員まで殺したりはしません」


 ヒカリは胸を反らし、勝ち誇ったように「ふふん!」と鼻を鳴らした。


「とにかく、あともう少しで助かるんだ。ここには君の仲間もいるんだろ? だったら急ごう、戦闘ヘリが来たりしたら目も当てられないだろ」


 まるで仲の良くなったかのような二人の態度に苦笑し、サガラは立ち上がって入口へ歩を進めた。



「……でもなんか、気持ち悪いなぁ……」


 ごくりと喉を鳴らし、乾こうとする口に湿り気を取り戻す。




「あ、これ知ってる。動く歩道ってやつだ」


 入口の自動ドアを手動で開け、しばらく歩いたところで、ヒカリたちの前には長い水平型エスカレーターが姿を現した。


「だが、電源が落ちてるな。残念だが、動く歩道は動かない歩道になってる」


「わざわざわかりにくく言う必要あった?」


 胡乱気な目を向け、手すりを手でなぞりながら動く歩道の上を走る。きっと今まで自分の目で見たことがなかったのだろう。その無邪気な姿を見て、僅かに口角の上がる自分がいることにアズマは気が付いた。




「うわっ、びっくりした」


 入り口の自動ドアを潜り抜けて暫く歩くと、手荷物検査機の手前で突然横に人影が出てきた。咄嗟にサイドステップで影から離れたヒカリは、目の前に驚いた顔をした自分がいることに気が付いた。……それを見たアズマが、意地の悪い笑顔を浮かべていることにも。


「なんだお前、本格的に空港来たこと無いんだな。それとも、鏡ってものを見たことがないのか」


「……そういう態度って、あんまり褒められたものではないと思うんですよね。それに空港なんか来たことあるわけないじゃん、悪かったですね」


 ヒカリ自身、迷っているのだろう。その言葉が明らかに自分を馬鹿にしているとわかっていても、あまり敵意をむき出しにすることが出来なくなっている。それにヒカリ自身が気付いているかはわからないが。



「いや、悪くはないが……その鏡は、以前テロリストが金属探知ゲートの前で拳銃を乱射した事件があってだな。それ以降、不審な動きをする人間や背後に何かを隠してる人物を警戒するためにでかいマジックミラーがとりつけられたんだ」


「ふーん」


 わざと気の無い返事をして、アズマに溜息をつかれる。


「そうそう、鏡に光を当ててみろ。どうせ懐中電灯なり持ってるだろ?」


 言われるがまま懐中電灯を向けたヒカリは、得意げな顔をするアズマに疑問を呈した。


「やったけど……?」


「光が見えないだろ?」


「え? 何?」



 一瞬キョトンとしたヒカリが、すぐに気づいて足元を見る。


「あ、うん、光ね。確かに反射してないけど……?」


「? まあいい、光が反射しないのはマジックミラーなんだよ」


「ほんと!? へぇー、すごいなぁー……いや別に、英雄さんがじゃなくてね?」


 そこでサガラが手を挙げ、ヒカリとアズマの間に割って入る。


「おいアズマ、それは俺が教えたことだろ? っていうか、俺原理の説明もしたよな?」


「覚えてない」


 サガラが頭を叩くのを見て、ヒカリは少しだけ顔を綻ばせた。



 ――今度皆にも教えてあげよっと。







「あっ、ヒカ……じゃない、おーい!」


 鳴らない金属探知機ゲートを抜け、大きなロビーでサナ一人と遭遇する。最大の空港だったというのは本当なのだろう、観葉植物や柱の立ち並ぶロビーの中で、7人はやけに小さく見えた。



「あんた、遅くなるっていった割に早かったじゃない!」


「警戒態勢が敷かれてると思ってたんだけどね、そんなことなくて思ったよりスムーズに辿りつけた」


 サナがヒカリを抱きしめると、その華奢な体の向こう側に5人の姿を認めた。


「この人達が、あんたが言ってた……」


「そう、この人が研究者。こっちは護衛の人。実際には、眼鏡を掛けてない方の男の人は亡命しないらしいけどね」


 そう、アズマのことを説明する。だがサナはバンダナで顔を覆ったアズマに眉を寄せ、何かを考え込む。サナも新聞の記事は読んでいて、アズマの顔に見覚えがあるのかもしれない。


 アズマもそんな様子のサナを見て、密かに拳銃の傍に手を伸ばす。



「どうもどうも、僕はミドウっていいます。今回は危険を顧みずに我々の逃避行を手伝ってくれて、本当に感謝してるんだ。特にこの子の狙撃は本当にすごくて、とても驚いたよ」


 そんな二人の間にミドウが突如として割り込み、半ば強引にサナの興味をアズマから逸らさせた。


「えっ? ああ、この子の狙撃は凄いですよ、努力してますから」


 そこにレジスタンスの他の面々もやってきて、アズマはほっと一息ついた。



 ――少なくとも、今こいつらに銃を向ける必要は無さそうだ。






「おい、サガラ、ミドウ!」


 総勢10人が(つど)った所へ、一人の男が高い靴音を響かせて駆け寄ってくる。名を呼ばれた二人とサガラの家族は手を上げ、白い制服に硬い制帽を浅く被るその男を迎え入れた。



「おいおい、俺はお前達だけだって聞いてたぞ、それがなんだこの数は、えぇ?」


 うんざりとした口調ではあったが、男はむしろ楽しそうに、僅かに出た小腹を揺らしている。日に焼けた浅黒い顔に、黒いひげと白い歯がやけに目についた。


「違う違う、乗せてもらう人数は変わらないさ、ミドウと、家内と娘と、あと俺だ。他の6人は見送りだよ。こっちの2人は俺達を護衛してくれて、こっちの4人はこの空港で待機してたんだ」


 そう言ってサガラは、アズマとヒカリ、サナ、ミズキ、サク、コウを2グループに分けて紹介した。



「なんだ、そうなのか、それでか。そうかそうか」


 何かを一人で納得したその男は相好(そうごう)を崩し、自らを機長だと名乗った。


「荷物を運ぶための貨物機の、だけどな。

 ……俺は子供の頃に乗った飛行機に感動して旅客機の機長になったんだ、物言わぬ貨物を運ぶためじゃない。

 最初見た時は驚いたが、なんなら10人全員乗せられるぞ? 快適な空の旅とはいかなくても、それが終われば理不尽な思いをする心配はない。すくなくとも、この国にいるよりはな。どうだ?」


 しかしその問いに、首を縦に振る者はいなかった。



「そうか、なら無理強いはしないさ。とにかく、亡命用の貨物機は20分後の飛行で亡命する。もう飛行計画のブリーフィングも終わってるんだ、余程のことがない限り計画の変更はしないしできない」


「あと20分か。軍の追跡を受けてる身としては、長すぎる待機時間だな」


 それを聞いた機長は肩を竦め、「しょうがない」と言った。


「なにも飛行機は一人で飛ばすわけじゃない。少し前まで飛んでたんだ、燃料も入れなきゃならんし、簡単に整備する必要だってある。この計画は副機長以外には内密なんだ、計画外の行動で他の奴を巻き込みたくはない。

 ここまで長い逃避行してきたんだろ? 20分くらいは許容していただけると助かる」


「わかってるさ。無理して飛び立って不調が発生しましたなんて、お笑い種にもなりゃしない」


 とはいえ、あまり悠長にもしてられないだろう。空港警備員がいない理由はわからないが、しばらくすると戻ってくるかもしれない。




「そうだ、助かるで思い出した。君達に感謝しなきゃな」


 と、サナ達4人に向き直った。


「空港から警備員を閉めだしたのは君達だろう? ほんというと、どうしようか困ってた所なんだ」


 その言葉に、4人は耳を疑った。




「俺も何事かと思ったんだよ、突然警備員に退去命令が出た時は。だけど、あれは君達が流した放送だったんだろ?」


 サナ達は顔を見合わせてから、どういうことか尋ねた。


「いや、だから俺が副機長と『警備員をかいくぐるにはどうするか』って話し合ってた時に、丁度放送が流れたんだよ。『これより貨物ステーション内にいる全ての警備員は、ただちに退去してください。この放送はオージア陸軍によるもので、従わない場合は身の安全を保証できません。繰り返します』っていうのが。

 だから心配してたけど軍人は来ないし、それに君達が空港で待機してたって言うじゃないか。……それは……君達が流してくれた、嘘の放送……ってわけじゃない、のか……」


 そんな話まるで知らないという顔をする4人を見て、機長の顔も青ざめていく。






 話を聞いていたヒカリとアズマが同時に無線機に手を伸ばす。電源の切れた無線機に息を吹き返してやると、途端に通信が入った。いや、電源を入れた瞬間に喋っていたから、本当はもっと前から通信していたのだろう。



「――……り返す、全隊配置についた。ターゲットは11名。顔がわかるのはその内の二名であり、亡命を企てていた研究者と貨物機の機長。その他の身元は不明である。本当に生かして捕まえる必要はないか? 機会は窺えそうだが――」


「――ない。引き出す情報もなく、奴の携わっていた研究は既に奴抜きでも進行できる。出涸らしは捨てろ――」


「――出涸らしとはまた随分な表現だな。了解――」



 そこでヒカリは、思わずアズマと顔を見合わせる。混乱、驚愕、危機、決意。瞬時にいくつもの感情が巡ったように感じられる。


 そしてその奥、金属探知用ゲートの更に向こうのマジックミラーに映り込んだ、壁に取り付いてこちらを覗きこむ軍人を発見した。数秒後にはアズマの体に、いくつもの風穴が開いているだろう。





 そしてヒカリは、拳銃を引き抜く。



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