表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/118

集結









「よし、サナとミズキ、コウは俺についてこい! 俺達は即座にヒカリの元に辿り着くために、必要最低限の物だけ持って発つ。他の人は洋館まで手分けして爆薬を運んでくれ、シュンが待ってる! くれぐれも慎重にだ、無理に急ぐ必要はない。その後は可能な限り速くトラックでイーストブロックに来てくれ、乗員は少数で良い!」



 夜11時、トラックがサウスブロックの外にある立体駐車場に止まってすぐ、今まで運転していたサクが降りて荷台の仲間達に声を張り上げた。


「他の人は連れてかないの?」


「あの車は5人用だし、他の車じゃ遅すぎるだろ」


 4人は装備を隠し持ち、洋館へ向かう仲間達に指示を飛ばす。



「リーダー、運転交代しようか?」


「ありがと。だけど俺は自分の車をまだ壊したくはないな」


「うわ、ひっでぇの」


 サクは青いスポーツカーの前で立ち止まり、エンジンをかけた。静まった街の郊外に機械の低い唸り声が木霊する。


「あんたはせめて、ラジコンヘリの操縦をもっと上手にしてからにしなさい」


 コウの優しさに甘んじて、サナも冗談を言う。


「さ、全員装備は大丈夫だよな?」


 サクがドアに左腕を乗せ、3人を振り返った。




 コウは手に持ったSCAR―Hにドットサイトとグレネードランチャー(EGLM)を備えた愛用の品と、ホルスターに差したUSP。


 ミズキは銃の扱いが苦手なため長物は持たず、P220をアンクルホルスターから抜いてマガジン内を確認する。


 サナは半透明なプラスチック製のマガジンの中に5.56mmが透けて見えるG36C。それに加えて両足のレッグホルスターに納められた一対のM93R。そして腰に差した、微かに蜂が覗くシースナイフ。


 そしてサクは、アングルグリップを取り付けたHK417と、M92FS。



 各人がそれぞれ得物を確認した頃合いを見て、サクが手を打ち鳴らした。


「全員、バンダナを顔に巻いておけ? ……よし、それじゃ、俺たちの大事な大事な仲間を、助けにいくぞ」




















「おいコウ、右だ右! もっと上昇しろ!」


 昼下がり、晴天。いつもの洋館の前でサクさんが、ラジコンヘリのリモコンを持ってるコウに笑いながら指示を出してる。その周りではサナやシュンが、暴れるヘリと格闘してた。私は……私はその輪には加わらない。でもいいの、見てるだけで楽しいから。


「わかってる、やってる!」


 そう言いつつもヘリはあっちこっち傾いて、その度サナたちが楽しそうな悲鳴をあげる。でもそのヘリは突然頭を下げて、一直線に私の方へやってきた。


「え? え!?」


 目の前に高速回転するプロペラが広がり、モーターの稼働する音が大きくなっていく。そこで私は目を閉じた。







 ラジコンヘリの軽い音が、気が付けば消えていた。目を閉じたヒカリに残された感覚は、空気を切り裂く轟音と銃の調整に使った油の匂い、そして固い床と頬を支える柔らかい何か。


 ゆっくりと目を開いていくと、目の前には四角いクッションが見える。


 白い街灯が車内を断続的に照らし、そこでヒカリは自分が今どこにいるかを思い出した。


 欠伸を噛み殺し、視線を巡らせると、ヒカリの頭の下に誰かの足があった。目の前のクッションに見えたものは車のシートだろう。



「……起きたなら、さっさと降りてくれないか?」


 固いシートを左肘で押し、体勢を起こす。いつの間にか熟睡してた上に、恥ずかしいことにアズマの膝の上に倒れ込んでたようだ。左の頬がずっと下敷きになってたことで赤くなっていたが、そんなことよりも眠ってしまった自分が信じられなかった。


「あ、ああなた、私に何かした?!」


 ハンドガンに手を伸ばし、アズマを睨み付ける。


「はぁっ!? 言うに事欠いて俺のせいか!? お前から俺の膝の上に移動したんだ、誰がお前みたいな子供に手ぇ出すかっ!」


「誰が子供よっ!! 馬鹿にしないで!」


 右手は拳銃に触れたまま、左腕で無意識にMSRを掻き抱く。それほどまでに、隣に軍人のいる状況で安心して眠りに落ちたことを信じられなかった。



「おい君、落ち着いて!アズマさんはなにもしてないよ、君が寝ぼけて自分から上に行ったんだ」


 助手席で眠りこけるカナを見て、ミドウが仲裁に入る。二人とも、ミドウが口元に人差し指を立てるのを見て、大きく開いていた口を閉じた。


「……大体、お前はもっと早く寝ろよ。なに考えて朝方3時半まで起きてんだ。そもそも今は4時だぞ? ガキはもっと寝てて良いから、俺にはくっつくなよ。人が運転席から疲れて戻ってきたんだから、寝ぼけながら人の膝の上に移動してくるんじゃねえよ、まったく……」


 それでも小さく自分を非難する呟きが耳に入り、再びヒカリは臨戦態勢に入る。


「うるっさいな、大体なんで私の隣にいるのさ? わざわざ車の後ろの方に移動したのに……」


 自分で言っておいて、アズマに膝枕されていたということを思い出し、服の裾をいじる。それから先程から遠くの方で聞こえてくる音の正体を確かめるため、銃架から僅かに頭を出し、暗闇を覗き込んだ。



 道路の左右を小高い山が囲っている。前に後ろに延々と続く回廊が、逃避行の長さを物語っているようにも思えた。


 ノースブロックとイーストブロックを結ぶフラー回廊は既に雪を振り払い、緑の衣をまとっている。もうノースブロックから大分南下したのだろう、気温が気持ち上がっているように思える。



 そして音の発生源は、後方の遥か上方にいた。こちらに大きな4枚のメインローターを傾かせ、ランプを点灯させているヘリ――AH―64D アパッチ ロングボウ――が。





「――こちらホーネット1、フラー回廊の途中で外装に損傷のあるハンヴィーを発見。IFF(敵味方識別装置)では味方となっている――」


「――こちらCS、脱走者が使用した車両個体をまだ特定できていない、IFFには頼るな。搭乗者が捜索中のサガラであると断定した場合、若しくは正体が不明な場合は、貴機の判断に任せる――」


 敵の無線機から回廊の上を飛ぶヘリの操縦手らしき声が聞こえてくる。と同時に強烈なサーチライトを当てられ、ヒカリは首筋の毛が逆立つのを感じた。慌てて頭を引っ込める。


「あれはアパッチか……武装は確かチェーンガンと、翼の下に付いてるロケットポッド、ハイドラ70が4門だな。ったく、とんでもないのに目付けられたな」


 ドア窓から様子を窺ったアズマが、嘆息と共に呑気に解説するのが聞こえた。



「随分余裕ですね。英雄さんには考えがあるんですか?」


「そんな御高尚なもの、逃げ延びただけの俺には持ち合わせておりませんよ。ったく、サガラ、お前がUSB持ってきたせいだからな。いつか必ず奢れよ?」


「あいあい、俺の兵器が平和のオブジェクトになったら、いつかな。それより、IFFにひっかからないよう苦労して車両を調達した努力の方を褒めてほしいね」


 兵器という言葉を聞いて、ヒカリは一瞬体を固める。



 ――オブジェクトになるような兵器……ってことは巨大? それにこの車、もしかしたらパルチザンの建設現場に隠してあったもの? じゃあ、この人の兵器って……



 そして、その言葉に反応したのはヒカリだけじゃなかった。


「ちょいちょい、この車両を調達したのは実際には僕の方だぞ? サガラは怪しまれないように研究を続けて、実働したのは僕だろ?」


「悪い悪い、ミドにはあとですぐにフレンチを奢ってやるから」


 ミドウの突っかかりで綻んだ空気は、緊張したヒカリの心を落ち着けるのに有効だった。深呼吸をし、遠路はるばるノースブロックまで出向いた理由を忘れないように飲み込む。



「……それで、結局あの戦闘ヘリはどうするんですか?」


 呆れたように溜息をつきながら、上から押さえつけるかのように追跡飛行するアパッチを見上げる。回廊はまだ終わりそうになく、上空でぴったりとはりついてくるヘリを振り切れるとは思えない。


「レジスタンスの狙撃手さんともあろうお方であれば、ヘリ程度落とせるんじゃないんですか?」


 これ以上なく腹の立つ態度で、アズマが頬杖をつきヒカリに挑戦的な言葉を投げかける。


「……残念だけど、無理です。ここからキャノピーを狙っても、ダウンウォッシュの影響が強すぎて初弾じゃ落とせない」


 機体上部で強烈な風圧を発生させてるプロペラは、下からの銃弾程度どこかへ吹き飛ばしてしまうだろう。実際に経験したことはないためあくまでも推測だが、今ここで分の悪い賭けに出るわけにもいかない。


「へぇ、身の程を弁えてますってか。だったらそこで指でも咥えて、黙って見てるんだな」


 アズマはそう言い放ち、『静かに』のポーズをとってから無線機を手に取る。



「こちら逃走車追跡部隊よりアイリス3、ホーネット1聞こえるか、応答せよ」


「――こちらホーネット1、どうした?――」


「貴機が捕捉したのは我々追跡部隊の車両である、速やかに照準を外せ」


「――失礼した。これより警戒哨戒へ戻る――」


 それだけ言うと、アパッチは更にこちらへ傾いてヒカリ達を追い抜いていった。



「もしかして、あのヘリ……」


「もしかしなくても、イーストブロック行きだろうな。亡命を警戒されるのは当然だ」


 進行方向に向かったヘリを見送り、ヒカリは大きなため息をついた。




「その目的地に、もう着くぞ」


 サガラが少しだけ明るく声を張り上げる。それと同時に車はフラー回廊から抜けて、両脇の視界が広がる。目的のイーストブロックは右前方に広がっていて、道の行きつく先には車の立ち入りを制限する北検問所が見えた。中には気だるそうに雑誌を読む兵士が一人だけだった。だが時折、駐車場へ侵入していく車に注意を向けている。


 おそらくあの兵士は、すでにサガラの脱走を知っているのだろう。ヒカリは同行者に、そう自分の考えを話す。


「お前、ここから200m先の検問所の様子が見えたのか?」


「さすがにぼんやりとだけど」


「ふ~ん」


 アズマの気の無い返事に、気分を悪くしたとばかりにヒカリが突っかかっていく。


「……何その態度、聞かれたから答えたのに」


「別に何でもねえよ。『えっ、うそ、すごい目いいんだねー!』なんて言ってくれると思ったか」


「誰もそんな事言ってないでしょ」


 息をするように二人は睨み合う。



「まあまあまあ、二人とも落ち着いて! そんなことより、これからどうするかのほうが大事じゃないかい?」


 そんな二人をミドウは止めて、話題を変える。


「予定じゃ検問所手前の駐車場に停めて、徒歩で入るつもりだったが。軍の上層部は、何が何でも他所に情報を渡す気はないらしいな」


 サガラもミドウに同調し、二人の(いさか)いを止める。



「私やミドさんは遠巻きに姿を見られてる。サガラさんはもう顔も割れてると思う。あなたは誰にも見られてないし、そもそも仲間だから大丈夫でしょ? 英雄さん」


「……あぁそうだな、言われんでもわかってるよ」


 車は立体駐車場に続く道を逸れ、砂利の上で停車した。











「こちらアンダーマイン、ラビット聞こえる?」


「――こちらラビット、聞こえるよ。珍しいね、まだ6時なのに起きてるなんて。今はイーストブロックから170mくらい離れたところで、下車したよ。ここからは徒歩で行く――」


「冗談言うなんて、余裕じゃない。確認したところ、イーストブロックにさっき攻撃ヘリが到着した。見つかったら簡単には逃げられないから、注意して」


「――はーい。そちらは今どこら辺?――」


「こっちはもうブロックの中で、空港に向かってる。南の検問所はざる(・・)だったかんね。先行して空港の安全を確保しておくわ」


「――お願い。私達は警戒しながらそっちに向かうから、少し遅れるかも――」



 ヒカリとの通信を終えたサナはデバイスをポケットに入れ、G36Cの入ったリュックを背負いなおす。


「ヒカリは何だって?」


 サナと同じ歩幅に落としたコウが、まるで友達と談笑するかのように気安く質問する。


「少し遅れるって、私達だけでも先に行って待ってよ! ミズキ、あとどれくらい?」


「もうすぐ。あと240mくらい」



 横に並んで話しているサナ達の頭上を、ランディングギアを出した貨物機が轟音と共に飛翔する。


「言ってる傍からだな。これから俺達は空港を”見学”に行く。警備員さんにはよろしく言っておけよ?」


 3人の2歩前を歩いていたサクが足を止めずに振り返り、ツアーガイドの持つ旗を真似して人差指をくるくると回す。








「オージア国際貨物ステーションは、このイーストブロックに集まる様々な資源の内46%が集まる、単独施設としては最大の貨物ステーション。海に面していないオージアでは、貨物を搬出し搬入する空路のみが壁の外とつながる唯一の(みち)であるため、最大の貨物ステーションであるこの空港は重要な警備が敷かれている。

 ……筈だった」



 滑走路の側面を守るフェンスを断ち切り、空港へ侵入。そこまではスムーズにいった。問題はその後だった。


 管制室とつながっている筈の滑走路灯に回線を繋ぎ、空港内の電子機器――詳しく言えば監視カメラ――をミズキがサーチする。


「……All failed」


「つまり?」


「つまり、空港には監視カメラが存在しないか、全てのカメラの電源が切れてる」


 道中で停電が起きた様子はなかった。この空港内でのみ全ての電子機器が落ちているということなのだろう。



「どういうことだよ、パイロットとかはいんのに、なんで警備員どこにもいないんだ?」


 それとは別にコウが双眼鏡を覗き込みながら呟き、あちらこちらを観察する。どうやら窓から見える範囲では、職員こそいれど保安職員の姿は見えないらしい。



「……だめ、監視カメラの電源が抜かれてるから遠隔で起動させられないし、そのせいで内部の様子が詳しく分からない。ついでに言うと、建物入り口の金属探知機の電源も落ちてる」


「それって、どう考えても異常事態よね」


 ミズキが爪を噛むのをやめさせながら、サナはリュックから地図を取り出す。


「私達は今、この細長い2つの滑走路の脇にいて、建物は滑走路の先。私達が窓ガラス越しに見える範囲では銃を携帯する警備員はどこにもいない……うーん、おかしい」



「……あ、じゃあじゃあ、軍から逃げてる奴が事前に手を回してたってのはどうだ?」


「はいはい!」とコウが右手を上げて、誰も指名してないのに勝手に語り出す。


「……その可能性はある。ヒカリの話では、彼女が合流する前に既に護衛が二人いたらしいし、恐らく空港内にも協力者がいる可能性は高い」


 顎に手を添えていたサクが、管制塔をにらみつつ、コウの言葉に賛同した。


「だろ? 取り合えず、この滑走路を横断して建物に近づこうぜ」


「……コウの言うことにも一理あるな。とりあえず近づこう」


 双眼鏡をしまい、横断歩道を渡るように左右を確認して滑走路を渡る。


 ――逃亡者の協力者とはどうやって接触するべきか……


 その右手を拳銃にかけながら、サクはそんなことを考えていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ