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盲亀浮木の萍水相逢

盲亀浮木もうきふぼく:大海に住む盲目の亀が、浮木の穴に入ろうとするが、うまく入れないという寓話








 先ほどから雪の層はだいぶ薄くなり、走るハンヴィーはその速度を更にあげる。後方の追跡車両との距離は支援の甲斐もあり相当稼いだが、それでもぼやぼやすれば瞬く間に詰められるだろう。時計塔からの狙撃支援も無くなった。きっと今頃は合流するために移動しているはずだ。



「なあサガラ、お前の仲間って女の子だったりするか?」


「そんなわけないだろ。突然なんだ?」


 そりゃそうだよな、と一人で納得したアズマはサガラの追及を無視し、4階建てマンションの奥に見える塔を無言で見つめた。時計塔の背後に佇む太陽は雲に隠れているが、アズマの目はとても細い。


「……まあいいさ、今から町に入る。どこに隠れてるかわからんから、周りの警戒を頼むぞ。しっかりしてくれよ、英雄」





 町の入り口にて待ち構える兵士に、ハンヴィーが脇目も振らずに突撃する。間一髪でそれを避けた兵士はこちらを振り返り、僅かにほくそ笑んでいるのが見えた。


「おいサガラ、大通りは通るな。おそらくスパイクが設置されてる」


「相変わらず動体視力いいんだな。……それじゃあ強引な道を通るから、頭出すのはやめといた方がいいぞ!」


 ――なんだよ強引な道って……


 そう聞くよりも前に、サガラはハンドルを思い切り回す。遊園地のアトラクションよりも乗り心地の悪いハンヴィーに、助手席に座るサガラの妻は外の空気を求めた。



 直角に曲がった車は歩道に乗り上げ、マンションの間にひっそりと存在する、住民しか通らないような暗い路地に突入した。窓のすぐ横に、クリーム色の粗い壁がそそり立っている。気分転換に窓ガラスを開けた妻は、建物にあたり吹き飛んでいくサイドミラーを、ただただ見送った。


「おいおいおいおい、これは道ですらねーぞ!」


「文句言うな!」


 ゴミ箱の蓋や缶を踏むたび、車体に振動が伝わる。サガラの娘にもらったドロップを舐めたアズマは、胃の中身が出ないようにじっとフロントガラスを見つめることしかできなかった。



 永遠にも思えた路地を抜け、周囲が開ける。再びの直角ドリフトは歩道の標識にバンパーを擦り付けつつ、スピードを殺さず車道に戻ることに成功した。


 深呼吸と共に背後を振り返ると、一列になって路地を進む追跡部隊が、ゆっくりと車道へ飛び出してくる。どうやら彼らは何が何でも逃がすつもりはないらしい。





「サガラ、時計塔までどれくらいだ?」


「そんなに掛からない! 無理矢理でいいならショートカットがあるぞ」


 サガラはそう正面にそびえる巨大な塔を指差したが、アズマの注意はもっと下、同じ道路を走るタンクローリーに向いていた。幸いなことに、道路の封鎖はこの道にはまだ及んでいないようだ。


「あの車の隣につけろ!」


 運転席を叩いてタンクローリーを示すと、アズマはSCARの弾倉を新しく交換した。どうやらガソリンを運搬中らしい。


「おいおい、銃でタンクなんか撃ったら爆発するだろ!?」


「ドラマの見過ぎだよ! 落ち着いて考えろ科学者!」


 7.62mmの銃弾を20発、タンクの下部に丸々叩きこむ。液体のガソリンは易々とは着火しないが、気体はそうはいかない。間違えてタンクの上部にでも当たれば、引火し高圧に耐えきれなくなったタンクが爆発する可能性を多分に孕む。


 ――今の時間なら、昼休憩でガソリンを補充し終わったころか……?


 アズマの目算通り、タンクから透明な液体が噴き出す。唐突に銃撃を浴びることになった運転手に内心で謝りつつ、さらにマガジンを替えて計40発分を撃ちつくす。駄目押しにサイドアームであるFive―seveN(ファイブセブン)を、並走するタイヤ目掛けて何度も引く。


「よし、飛ばせ!」


 パンクによって制御を失ったタンクローリーはガソリンを撒き散らしながら蛇行し、道路を塞ぐような形で停止した。幸い運転手に怪我はないようで、こちらをおびえた様子で窺いながら、一目散に走って逃げる様子が見えた。



「あんな上手い具合に停まるんなら、タンク撃つ必要無かったな。今の内に塔へ飛ばせ、すぐに追いかけてくる!」


「無茶苦茶するな。しっかり掴まってろ、飛ばすぞ!」


 あの手この手で引き留めようとする客寄せのようにしつこい後続車両が、タンクローリーの隙間を縫うように数台飛び出してくる。しかし遅れを取り戻そうと躍起になって加速した車が、タンクのガソリンを踏んでしまえば、一気に操縦がきかなくなる。


 パニックになった若い兵士がハンドルを右へ左へ、そして急ブレーキを踏む。ハイドロプレーニング状態でタイヤをロックしてしまえば、後に想像できるのは、アトラクションのコーヒーカップとは比較にならない程の回転。


 更にそこに後続車両が追突し……最終的に、道路を完全に封鎖する形で車両は停止した。













「――男を先に殺せ! 女には俺たちをコケにした代償を払ってもらう――」


「――わかった。この先の大通りに誘導してくれ、二個小隊が待ち構えてる――」


 ヒカリのチェストリグに取り付けられた敵の無線機ががなり立てる。軍の部隊に反撃しつつ後退していた二人は大通りへ続く三叉路の手前で立ち止まると、ヒカリを先頭に、横の路地へ飛び込んだ。



「――大通りまで追い込んだ。補足できたか?――」


「いや、姿は見えない。お前らはたった二人を追い込むことすら出来ねえのか?」


 路上に駐車してある車に隠れてた男たちは、頭を上げ通りを見渡す。リアガラス越しの道には、人の気配はなかった。


 舌打ちをし、再度無線機を取る……直後、男の視界に二人組の姿が映った。片頬を歪め、ライフルの狙いを定める。


 ――この距離ならガラス越しでも仕留められるさ……


 そして気付く。二人の姿はガラスに映りこんだものだということに。今から振り返っても間に合わないことに。



 路地を通って待ち伏せを迂回した二人に、兵士はその背中を貫かれ息絶えた。





「人を殺すっていうのは……あんまり心地いいものじゃないな」


 G3ライフルのリロードをした眼鏡の男――ミドウが、いくつかの血だまりを目にして、そう言葉を漏らした。そんな彼を追い抜くようにヒカリは兵士の亡骸に近づき、その身を(あらた)め始める。


「ミドさん、気は抜かないでください。挟み撃ちを回避しただけで、敵はまだまだ追いかけてきます」


 いくつかの装備を回収し、左手についた血を顧みることなく振り返った。



「どこで合流する予定ですか?」


「あ、ああ、もうすぐそこだ。一本隣の通りにあるバス停だよ」


 ヒカリは頷くと、今さっき手に入れたばかりの手榴弾のピンを抜き、後ろの三叉路に向かって大きく振りかぶった。流石に少女の体力なのか、それとも狙ったのかはわからないが、三叉路の手間に着地し、通りから現れた兵士が咄嗟に元来た道に帰っていく。


「早く行かないと、そろそろきつくなってきます」


 爆発の黒煙から飛び出してきた兵士を牽制し、二人はゆっくりと前進した。











「おい、車が来たぞ! ……なんだあれ、一体どこ通ったらあんなボロボロになるんだ?」


 バス停のある交差点近くに身を隠した二人は、遠くから走ってくるハンヴィーを彼らより先に見つける。その車は片方のミラーが壊れていたりヘッドランプが割れていたりと、見る者を――特に、これから乗り込もうとする者を不安にさせた。


 ミドウが両手を振って車にアピールしている間も、ヒカリは油断なく背後を睨む。



「っ、危ない!」



 ビルの窓から何かが一瞬光るのを見たヒカリは、それが雪の照り返しを受けたスコープの反射光かマズルフラッシュかを考える前に、ミドウをひっぱる形で車の陰に隠れた。車に轢かれそうになっていたヒカリだが、今度は車が2人の命を救った。


 怯んだとみるや、無数の銃弾が車を襲う。敵の捕捉が出来ていないミドウは割れたガラスから顔を守りながら、ブラインドファイアで弾幕を張るしかない。



「敵、左の雑居ビル3階です! 階段から狙ってる!」


 時計塔を中心として同心円状に広がっていた軍は、いまやヒカリ達を目に据え、台風の如くまとわりついていた。四方八方に気を配らなければ、あっという間に体中穴だらけだろう。



「いったーい……」


 隠れる際に頭を打ったヒカリは、後頭部を押さえながら涙目になっていた。もんどりを打つように痛みに耐えるヒカリを置いておき、ミドウは情報を頼りに、窓に向けてG3を放つ。


「排除! 平気かい?」


 頷き、差し出された手を握る。だが来た道と、今二人がいる大通り後方、二方向からどんどん兵士が来るのが見える。このままではジリ貧になるのは目に見えていた。


「すいません、私も戦えます!」


 頭をさすってから装填されたマガジンの弾数を確認し、ヒカリが背後から来る兵士に9mmを浴びせる。しかし、いくら兵士の頭を押さえつけ、足を止めさせても、最早焼け石に水。二人で二方向から押し寄せる大軍を抑えることは出来なかった。




「大丈夫、もう車が着いた!」


 ミドウのその言葉と同時に、ヒカリとミドウの真後ろに車がつく。


「悪い、待たせたな! ……おいミド、その子はなんだ!?」


 運転手の驚いた声で車の方を見たヒカリと、“その子”という言葉に反応したアズマが、割れたフロントガラス越しに視線を合わせる。







 出会うはずのない二人。それでも何故か、しかし確かに、心のどこかでこの出会いを予期していた。亀と流木のように。浮草と流れる水のように。






 ヒカリは後部ドアの前に立ちどまる。目を瞑り、眉間に皺を寄せてから息を吐き、M&P9を握りなおす。そして開かれた眼には、確固とした意志が宿っているようだった。


 左手をドアにかける。窓ガラスの先には、得体の知れない男の鋭い眼光が覗いていた。ヒカリがこれまで相手してきたような、甘い蜜に浸った兵士とは違う。手段としての殺しを辞さない、冷徹な目だった。


 ――こんな男がなんでここにいるのか、それはわからない。だけど私がここにいる理由ははっきりしてる。だから……


 あまりぐずぐずしてもいられない。ヒカリは意を決し、あまりに重いその扉を開いた。


 その先では同じように、部隊の正式拳銃を構えたアズマがいた。



 お互い、引金に指を掛けて。




萍水相逢へいすいそうほう:根のない浮草と絶え間なく流れる水が出会うという意味

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