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近接戦闘





「やめて……やめて、ください。許して下さいお願いします。お願いしますっ!」


 袋小路の路地、その突き当りで、壁に手をついた女性は後ろを振り向く。そこには兵士が3人、ゆっくりと近付いてくる姿があった。



「諦めろや。まあ犬にでも噛まれたと思って、な?」


 そう言いつつ浮かべる笑顔には、厭悪(えんお)されて然るべき醜悪な感情が根を張っていた。その瞳の奥に自らの未来を見た女性は、涙を浮かべてへたり込んでしまう。



 人通りが少ない最たる理由がこれだ。警察が潰され、軍が治安の維持を担うようになった今、堕落した軍人を抑えることのできる人間は恐ろしいほどに少ない。


 ほとんどの市民は、暴力をもって欲を吐き出す軍人を、成す術なく受け入れるしかなかった。









 だがその路地に、二つの影が差した。









「……あぁ、なんだ?」


 何かと思い3人の兵士は振り向く。その懐を縫う様に、1人の少女が姿勢を低くして駆け抜け、女性を庇うように兵士との間に立ち止まった。兵士たちを挟み込むように、路地の出口にも小さな少女がいる。




「……あ、あなたは……?」




「大丈夫ですよ、安心してください」




 突如走り込んできた少女に、恐る恐るという風に女性が声をかける。だがその質問に首を振ると、黒いバンダナをした顔は優しく笑った。


「何のつもりだよおい。まさか俺達の邪魔しようってんじゃ……!」



 その言葉を待たずして、少女――ヒカリは振り返る。左手には、薄暗い路地でもはっきりそれとわかる拳銃。艶のない黒いスライドは、明かりの差し込まない路地において不自然なほど存在感を示していた。




「なっ!? こ、こいつっ」



 その銃口を見た兵士達は即座に自らの銃に手を伸ばす。そしてそれを待っていたかのように、2人の少女は同時に兵士へ肉薄した。






 路地の入口から足音が迫っていることに気付いた2人の兵士は振り向き、小さな少女――サナに照準を向ける。だが、サナの近くにいた兵士は、両手で拳銃を保持することすら出来ないまま、特殊警棒によって脛を強打され倒れ込んだ。


 その後ろにいた兵士は訓練通りの素晴らしい射撃姿勢を取ることができたが、肝心のサナはくるりと右回転して照準から外れるとともに、遠心力を利用して兵士の手の甲を痛めつけた。



 うめき声をあげ、男は衝撃で狙いを逸らす。さらにそこから首、頬、頭、腕、足と全身を連続して打たれた兵士は、極めつけと言わんばかりの後ろ蹴りを食らい、壁に頭を打ち付けて気を失った。





 一方でヒカリは突き付けた銃を振り下ろし、右肩から兵士に突進する。銃口に意識が集中していた男はその行方を追ってしまっていて、ヒカリが体当たりを仕掛けてくるとは考えもしていなかった。そして体が接触する寸前に思いきり肘を突き出し、腹部を強打。


 体を()の字に曲げた兵士の首を、抱えるように極める。そのまま一度、二度と腹へ追撃の膝蹴りを浴びせると、最後に足を払って地へ伏させた。



「動かないで。今すぐ引き金を引いてもいいんだけど?」



 もぞもぞと動く兵士の頭に、ヒカリは今度こそ拳銃を突き付けた。






 兵士を縛り上げたサナは、その武装を集めては自分のリュックへ詰める。


「あいっかわらず弱いわね。軍人にさえなれば、訓練しなくても強くなれるとか思ってんのかしらこいつら」



「訓練なんて(はな)からする気がないんだよ、少なくともこんなことしてるやつらは。それより、大丈夫ですか?」



 そう言ってヒカリは女性に優しく右手を伸ばしたが、女性の目にはそれよりも、左手に握られた拳銃が映っていた。


「あ、あなた達は、どうして、私を助けて……?」



 まるで危険なものに触れる時のように、女性は慎重に口を開く。そんな態度にヒカリは少しだけ目を伏せるが、すぐに笑って口を開いた。





「私達はレジスタンス。目の前の人を、手の届く限りの人を助けるのが、私の闘う理由ですから」






 10年前のクーデター後、軍に大きく反対していた警察は軍上層部によって解体され、今では軍がその業務を兼ねている。しかし当の軍はこの体たらく、既に腐敗していると言っても過言ではなかった。


 それはクーデター直後、急激に増加した志願兵の数が物語っている。侵攻された亡国を護るために力を求めた者もいたが、より強いものの下に入り美味しい思いをするため志願した者。甘い汁にありつこうとした者たちが今の軍人の多数を占めていた。


 そこに戦争で活躍した栄光は、見る影もなかった。




 戦争によって衰退した隣国から軍事的・平和的両方の面で何度か鎖国を解除させようとする試みがあったものの、この国はその程度では止められなかった。石油や石炭、レアアースなどの資源は今や無くてはならないものであり、それらは広大な土地を持つこの国が支配権を握っている。世界の経済を回しているのはこの国であり、まさしく“超大国”と呼ぶに相応しい国となってしまった。





この国は救いを求めていた。この国は、英雄が立ち上がるのを、待っていた。





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