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パルチザン


 自分の大好きな人が突然倒れて、覚醒したと思ったらいきなりトイレに駆け込んで……そんな状況で「私は大丈夫だから」と言われたところで、誰が信じるだろう? 少なくともサナは信じなかった。




「こちらで横になっていてください」


「すいません、度々お世話になって……」



 再び医務室の世話になったヒカリはベッドの上で、上半身を起こしてアイに礼を言った。


「いえいえ、私に何かできることがあったら、何時でも言ってくださいね」


「了解しました!」


 空元気の痛々しいヒカリを見て、アイは伏し目がちに俯く。それからサナに目配せをして、二人して部屋から出る。どこか影のある笑顔が、扉に阻まれて見えなくなった。





「サナさん。貴女はヒカリさんの過去を御存知ですよね?」


 医務室を出た廊下で、ドアを確実に閉めたのを確認してから、アイはサナにそう投げかけた。


「……ええ、知ってます」


「それなら話は早いです」


 そう言って、周囲に誰もいないことを確認してからゆっくりと口を開く。



「ヒカリさんが、敵意を向けてくる男性を極度に怖がるということは、事前にリーダーから聞かされてあるので把握してます。それに、目の前で友達を失う辛さも。私は専門外なので詳しくはわかりませんが……ヒカリさんの様子を見るに、もしかしたらストレス障害の一つとしてPTSDも患っているかもしれません」



「っ……それは、過去の嫌な出来事にずっと苦しめられる奴ですか?」


 友人がPTSD――心的(Post)外傷後(Traumatic)ストレス(Stress)障害(Disorder)を患っている、心を病んでいると宣告されたサナは息を呑み、腕を組んだ。


「ええ、まあそうとも言えるでしょう。過去のフラッシュバックやそれに伴う強烈な吐き気などは、PTSDに苦しめられる患者に比較的多くみられる症状だった筈です」


 そう言ってアイは顔を歪めた。



「……それは、どうすれば快復するんですか?」


 本人は意識していないだろうが、サナの声音はどこか縋るようだった。



 ――やっぱりこの子も、助けを求めてる。



「……何とも言えませんが、名前通り心的外傷によるストレス障害ですので、一番はヒカリさん自身が過去を克服するか、或いはストレスを与えないようにすればなんらかの効果は出ると思います。現にいくつかの精神療法も確立されつつありますから。

 私はヒカリさんの過去を簡単にしか知らないのでどうする事も出来ませんが、ただ……」


「ただ?」




 アイが言いにくそうに言葉を濁すのを、サナは聞き逃さなかった。アイの視線が、逃げ場を探して廊下のあちこちを飛び回る。しかし、サナに食い入るように見つめられると、やがて観念したように口を開いた。




「……ただ、人間の心というものは、例え過去の出来事を知っていても、他人が一生をかけても完全に理解をすることはできないものです。それは価値観の違いや今まで生きてきた環境の違いからも明白です。

 加えて我々は、極度の緊張状態に立たされることの多い状況です。正直、17や18歳の女の子や男の子が銃をとって戦っている現状は異常なんです。そのため、通常の治療法では解決策とならない可能性があります」


 早口で言いきると、こんなこと言いたくないというように顔を歪ませて、サナに一つの頼みごとをした。


 ――わかってる、この子も助けを求めてる。だけど私には、目の前で苦しむ女の子1人救うことは出来ないの。だから……



「……だから、サナさんがあの子の傍で支えてあげていただけますか?」



 サナはアイのそんな懇願に、即座に返事を返すことが出来なかった。








 ――私が傍にいることで、逆にヒカリを追い詰めるかもしれない。あの子が伯父を刺殺する引き金を引いたのは、結果的にと言えど私。そりゃ私だってあの子を助けようとしてやったことだし、あれ以外の手は思い浮かばない。それに間違っていたとも思ってない。



 ――だけど、それが今のヒカリを苦しめているんだとしたら……私は、どうすればいいんだろう? 








「サナ、アイさんはなんだって?」


 サナが再び部屋に戻ると、ヒカリが声をかけてくる。それは暗い顔をしたサナを心配してのことだったのかもしれないし、ただなんとなく聞いただけかもしれない。



「ううん、疲れがたまったせいで嫌なことを思い出しただけだろうって。今ハーブティーを作りに行ったわ」


 即興のデマをつい話してしまったサナだが、後悔はしなかった。きっとヒカリも苦しんでいるだろうが、それをPTSDというストレス障害のせいだ、と確定するのがサナには怖かった。そこに、ヒカリの「伯父殺し」の引き金を自分が引いた、という負い目が翳を落としていることを、薄々ながら理解していたとしても。



「やった! アイさんのハーブティー大好き! 飲むと、なんとなくリラックスできるんだよね」


 そう言うヒカリは、サナのそんな心境を知らずにか心を躍らせている。











「ごめんなさい、機材の移動に手間がかかった」


「結構めんどくさいんだよ、プロジェクターを移動させるの」


 アイのハーブティーを二人で楽しんでいると、コウ、ミズキ、シュンがプロジェクターやパソコンを持ってやってくる。ヒカリの他に医務室を使ってる怪我人はいない為、作戦室でやる予定のものが急遽医務室に変わったからだった。



「ごめんね、シュン。わざわざ持ってきてもらっちゃって」


 聞き様によっては皮肉にも思えるが、しおらしい姿はきっと本心からだろう。自分の不用意な発言が幼馴染を傷付けたと気付き、慌てて首を振る。


「違う違う、ごめんヒカリ、そういうつもりじゃなかったんだよ」


 ミズキがシュンを叩き、「私がしばいといたから」と静かに口を開く。それに誘われたヒカリの笑いに、シュンはなんとか救われた。





「ええっと、それじゃ、話を始めたいと思う。ヒカリが持ち帰ってきてくれた、あの槍のような物についての話を」


 いつになく真剣な面持ちで口を開いたシュンを、サナ達は無言で見詰めた。プロジェクタから投影されるブルースクリーンが、文字通りシュンの顔色を変える。


「あの槍は片方内部に成形炸薬、つまり爆薬を入れてあって、あとから信管を刺すためのスペースも確認できた。サナとヒカリは見たと思うけど、成形炸薬側は傘の骨のように開閉する事が出来て、内部の成形炸薬に指向性を持たせるための機構だと判断した」



「……つまり?」


 コウがわかったようなわからないような顔で先を促す。


「つまりあの槍は、弾だ」




 弾だ、と言われてもサナ達にはいまいちピンとこなかった。弾といえば普段見慣れている銃弾で、とても槍とは似つかわしくない。



「……銃弾じゃないなら、砲弾?」


 うん、恐らくは。とサナの呟きに賛同したシュンは、皆を見回した。

「それに、この槍自体は簡単な構造だから、後から目的に合わせてカスタマイズできる様になってる。だけどそうは言っても、砲弾っていっても普通は大砲の弾の様な丸いのを想像すると思う。だから、この槍を撃つ砲は大砲じゃない。ミズキ、お願い」



 シュンの傍でパソコンを持っていたミズキはプロジェクターに繋がったラップトップをいくつか操作し、そこにパソコンの画面を投射した。その画面には文字がびっしりと書き連ねてあり、見ていると目が痛くなってくる。


「サナ、このまえの西部工場を破壊した時、イーストブロックへの進攻作戦が書かれている文書を見つけたよね?」


「ええ、ちぎられてる紙もあったけど、見つけたわ」


 勝手に犠牲になろうとして戦車に吹き飛ばされた友人を思い出し、サナは軽く息を吐き出す。




「そのちぎられた紙が問題なんだ。サナが回収してくれた文書には、ちぎられた部分の少し上に『遊撃槍計画』ってあったのを覚えてる?」


「『遊撃槍計画は滞りなく進行中。これよりフェーズ3に移行し、最終……』という一文を思い出す。そう言われれば確かに、計画名に槍が入っている。


「あの遊撃槍計画というものについてミズキが調べてくれたんだ。その結果が……」


 ミズキが手元のパソコンをカタンと叩くと、スクリーンに写されていた映像が一転して、ちいさな文字と共に大きな画像が出てくる。




「……シュン、これはなに?」


 皆の疑問をヒカリが代表して尋ねる。



「これは、現在政府軍が極秘裏に進めてる計画の書類に付属してた画像。画面に映ってる巨大な建造物は、砲台だよ」



 その画像には、巨大な機械やら部品やらで構築された直径100m程の円柱の上に、地面に対し約45度傾いた、細長い柱の様なものが映っていた。細長いといってもそれは円柱と比較してのことで、長すぎる柱を支える為に、柱の中央、先端辺りに支柱が備えられている。


「いやいや馬鹿言うなよ、さっき狙撃手が隠れてたビルと比較してもお釣りがくる長さだぞこれ。こんなのどう運用するっていうんだよ」


 コウが声を大きくしてシュンに投げかける。




シュン自身もうんざりとした表情でコウの問いに答える。


「これと全く同じのが、全部で12基あるんだ。指向性を持たせた火薬によってこの槍を押し出し、高温超伝導体から出来た二つのレールの間で、レールガンの技術を応用させて爆発的な推進力を発生させる。画像にある巨大な柱はレールじゃなくて、レールの外側だけを覆うカバー。カバーの下はレールが音叉みたいな形になってるよ」



 その説明を聞いても、サナには全く想像が出来なかった。ヒカリはある程度話について行けてるようだが、コウは頭を押さえてヒカリのハーブティーを一口貰う。


「このカバーとレールの間に液体窒素を流して放熱させてはいるものの、連射は出来ないし、単発で街を破壊するようなずば抜けた破壊力はない。だけど、12基の砲台を乗せた巨大なターンテーブルに乗っている上に各砲台そのものも自律して回転し、それぞれが連続して発射する事によって放熱時間を補ってる。三段撃ちならぬ十二段撃ちってこと。それに……」


 まだあるのかよ、といった表情でコウが天井を仰ぎ見た。


「これのためだけに発電施設や関連する施設、演算用スーパーコンピュータが大量に建造されてる。その膨大な電気エネルギーと長すぎる砲身のお陰で、この大陸を補って余りある射程を持ってるよ。砲身を支えてる支柱は伸縮可能で、飛来するミサイルや高速機動を行う戦闘機、果ては直接照準または高射角砲撃で地上への攻撃も申し訳程度に可能な、対空対地両用超長距離精密砲撃レールガン、通称パルチザンってところかな?」






「対空対地……パルチザンって?」


 サナが画像の脇の文字を見つめるも、どこにもパルチザンの5文字は見当たらなかった。



「……ごめん、今僕が勝手に付けた、噛まずに言えたのが案外嬉しくて。でも悪くはないでしょ? 覚えやすいし……」


 ミズキがちいさく溜息をついて、シュンに代わって説明を引き継いだ。



「……話を元に戻す。このパルチザン及び関連施設群はノース・ウエストブロックの間に建造が急がれていて、このセントラルオージアはもとより周辺諸国を含む大陸全土を狙える。発射サイクルは不明だけど、各砲台がそれを補うため油断は出来ない」


 射程圏は大陸全土、という重大事実をさらりと言ってのける。


「次に、ここに転がってるこの槍について話す。これは恐らく、実際に射出される槍の模造品。実際の槍はもっと大きく、シュンが最初言った通りそれぞれの目的によって仕様を変更できる。目標に対してのみ攻撃を与えたい場合や、槍本来としての使用を望む場合は、穂先を伸ばしたまま発射する事によって対象に深く突き刺さってから爆破させることができる。これは対地用途と思っていい」


 サナが手を伸ばして、槍を地面に立てる。1mもありそうな槍がこれ以上大きくなったら、一体どんな大きさになるのだろう? 


 ――そんなのが空から無数に降ってきて爆発するとか、確実に死ぬ。絶対死ぬ。



「時限信管や近接信管を使えば、発射してから空中で槍先を開き、前方へモンロー効果・ノイマン効果によって指向性を持たせた爆薬が炸裂する事によって、前方広範囲に衝撃を与える。また爆薬の種類を変えることによって更にパルチザンは汎用性を持つことになる。更に、構造が非常に簡単なため、爆薬にもよるけど、費用対効果が良いため大量製造が可能。


 要点を言えば、ピンポイント爆撃や広範囲爆撃、高射砲運用の他にも様々な運用が予想される。槍にはゆとりがあるため、爆薬の種類を変えたり全く別のものを上空に打ち出すこともできる。

 その時の環境にもよるものの射程が大陸外にまで及ぶ為、この大陸の制空権を完全に握る可能性がある」



 暫くの間、誰も口を開かない。皆脅威を理解するのに一生懸命で、理解した後はその影響力を考えて、口を開くことができなかった。




 幼馴染の無言を受けて、シュンが再び口を開く。


「ありえないくらい簡単に言うと、電気を使う砲台が12個あって、それが大陸全土を狙えますって話」



 その口調は明るかったが、内容が変わらない為幼馴染の気分が軽くなることはなかった。













「なあ……」


「ん?」


「これに一体いくらかかってるんだろうな」


「考えたら頭痛くなるぞ」



 新たな部隊に配属されたアズマ、ニシ、ヒロは、目の前の建設現場を見上げながら壁に寄りかかっていた。因みにヒロは、二人の横で静かに寝ていた。



「国内非常事態即応隊っていうからどんな部隊かびくびくしてたら、初任務はただのコンボイの護衛だったとはな。まあさすがに、配属二日目から過酷な任務は遠慮してくれたんだろ」


「そういうニシは昨日からここの警備だろ? どっこいどっこいだよ」




「それにしても、戦闘自体を経験しない兵士も少なくないのに、なんでお前達は二度も戦ったんだろうな」


 煙草を吹かしたニシは、隣でコーヒーを飲むアズマに問いかける。


「知るか。『現在建設中の新型兵器用の備品を守ってもらいたい』なんて言って暇なコンボイ護衛の応援に駆り出されるわ、備品は2~3個盗まれるわ、いきなり俺の隣にいた運転手は射殺されるわで……ヒロがいなかったら俺も死んでたよ」



「その不審者の顔は見えたのか?」


 ニシに何気なく質問され、アズマは答えに詰まる。真実を言っても信じてもらえないだろうという考えから、直属の上司である小隊長に対してもアズマは言葉を濁していた。




「顔か…………顔は見れなかったが、どこかとても印象深かったよ。例えるなら……」


「例えるなら……?」


 他にもいくつか、アズマには言いたくない理由があったが。



「…………巨大な鎌を携えた死神が、大きなクマのぬいぐるみかなんかを抱きかかえてそうなちいさな女の子に化けて、ウインクするような?」



「……アズマ、お前大丈夫か? もしかして、ストレスで病んだか?」



 そう言って本気で心配する素振りを見せるニシに対して、アズマは大きく蹴りを見舞った。






 缶コーヒーをごみ箱に捨ててから、アズマは一人で徐に歩きだした。


「アズマ、どこ行くんだ?」


「ストレス解消に、散歩してくるよ」


 そう言って、工事真っ只中の現場の中へと消えていく。



「……それにしても、死神のウインクねぇ……」


 ニシはアズマの言っていた事を暫く考えてみたが、どうしても理解する事が出来なかった。



「あいつはエッセイストだったっけか?」







 アズマが足を伸ばしたのは、正確には現場の向こうに仮設された研究者用の宿舎だった。ノックをしてから入るが、誰も来客に気がつかずに忙しなく歩き回ったり、口論をしている。その中から一つ知ってる顔の人間に近づくと、彼は驚いてから破顔してアズマを迎え入れた。


「おいおい驚いたな、まさかお前がここにいるとはな?」


「驚いたのはこっちだよ。ここに荷物を運ぶ任務が終わって別の命令が下されようって時に、懐かしい声が聞こえたんだから。なあサガラ?」


 サガラと呼ばれた白衣の男はアズマをばしばし叩き、互いの背中に手をまわした。




「それにしても何年振りだ、アズマさんよ?」


「最後に会ったのは……お前が陸軍学校の工学科に、俺がそのまま高等学科に進学して以来だから、15年くらい前か。あの時は、勃発した世界大戦に巻き込まれるんじゃないかって緊張が高まって、採用の倍率が6倍になったのを覚えてるよ。心配虚しく、結局2年後には巻き込まれたけどな。サガラは、ここで何してるんだ?」


「建造中の兵器が稼働する時に備えて、スパコンを作ったり弾道を予め概算しといたり。特に俺はやることが多いんだ、有能だからな。だけど、わざわざ建設現場の真横に仮設住宅を作る必要ねえよな」





 二人は久しぶりの再会を祝って、簡単ながら様々な話をしていた。しかし、サガラの顔が突然曇ったのをアズマは見逃さない。



「なあアズマ。今日の夜空いてるか?」


「今日の夜……は厳しいけど、なんとかして開けるさ。さっきの任務中にトラブルが発生したから、それについての書類を仕上げなきゃならん。飲みにでも行くか?」


 そう瓶を傾ける動作をし、片目を瞑って見せる。



「ああ、すまないな。まだまだ積もる話があるんだ。なんせ15年分だ」


 それじゃ、俺は残ってる仕事を消化してくるから、と背を向けて歩きだした。一瞬様子が変わったように見えた旧友に、疑問を抱きつつもその背中を見送ったアズマは、机の上に積まれるであろう始末書の山を思って溜息をついた。

















「さて、答えてもらおう。銀行の金庫を爆破した爆薬は一体どうやって手に入れた?」



 ビジランテ作戦終了後、サクは残った三人の仲間と共に、強盗団の尋問にかかっていた。


「言っても言わなくても、どうせ殺すんだろ?」


 そう吐き捨てるように言う男に、サクは頭が痛くなる。


「……なんで、何かあるとすぐ俺達が殺すと思うんだ?」


 そんな率直な疑問を投げかける他無かった。



「じゃあ、そこに転がってる俺の友人は何なんだよ? ええ?」


 そう言って、腕が縛られて使えない為代わりに顎で指し示す。そこには袋に入れられた男が横たわっている。逃走用の車両で待機していた男で、ヒカリを人質にとり、そして何者かによって狙撃された男。




「そいつは仲間じゃない別の人間が撃ったんだ。俺達はあんたらを殺すつもりはない」


 ――自分で言っておいてなんだが、全く信じられないな。


 サクは自分の弁解を聞いて自嘲する。自分が逆の立場だったらと思うと、とても納得出来る言葉ではなかった。





「……爆弾は、俺の住んでたアパートの部屋に置いてある」


 場を沈黙が支配しようとした刹那。口を開くサクを制し、突然、だんまりを決め込んでいた別の男が口を割った。



「おい、何で言うんだ!」


 仲間内で怒号が飛び交う。だが情報を明け渡したリーダー格の男は柳に風といった様に聞き流し、「諦めろ」と言った。



「この状況で何ができるって? 起死回生の一手が俺達の頭上に降ってくるって?

 それに、計画を他人任せにしてる時点で俺達はこうなる運命だったんだよ。殺されないだけましさ」



 ――他人任せ? 



「ちょっと待て。『計画を他人任せにしてる』ってのはどういう意味だ? あんたらの他にも仲間がいるのか?」


 こんな大規模な犯罪を外注したと言うのか。自分の想像以上に何か得体の知れないものが見えてきたようで、どこか居心地が悪い。


「仲間じゃねえよ。ある日、変なガキが俺の部屋にやってきて、爆弾と銃を手土産に銀行襲撃計画を持ちかけてきたんだ」



 ――変なガキ? 一体何者だ……? 



 更に疑問が深まる。計画と手段を持ち寄り、実行だけは他人任せ……


 控え目に言っても、彼らは駒として使われたのだろう。だが何故?





 話の腰を折られた男は、気持ち悪そうに言葉を続ける。


「いいか? ……そいつが『金庫は我々が持ってきた爆薬の8分の1、いや10分の1程度で足りるでしょう。銃は威嚇用です、何の訓練もしていない者が銃を握っても戦えないので、ご了承ください。それどころか、あなた自身やその仲間をどれだけ傷付けることか。

 あなた方がこのブロックを脱出するまでの間、我々は政府軍を押さえておきますので、障害となるものは何もありません』って言うからそれを信じたのに、政府軍はいなくてもお前らがいたから計画は頓挫だよ、ったく」


 詳しく説明してやれと言われた男が、肩を竦めて口を開いた。無精ひげを生やしたガタイの良い男が、その子供の声真似をしてるのか高い声で話す様子は、サクにも少しだけ面白かった。




 気持ちを切り替えて話を振り返る。


「我々というのは、その子供は複数人いたのか?」

「いや、そのガキは一人だった。だけど、いつの間にか部屋に上がり込んできたガキを追い出そうとしたら、あっという間に俺達はのされちまった。きっとあいつは、政府によって極秘裏に作られた人造人間かなんかだぜ」


 きっとこの男は陰謀論を信じるクチだろう。



「また言ってんのかお前、いい加減しつこいぞ」


 ――人造人間説は置いておいても、その子供の正体は気になるな……


「あながち間違ってもいないかもしれないな。『我々』というからには、その子供は何らかの組織に属する人間なのかもしれない。それも、使い走りの下っ端ではなく、その組織に忠誠を誓う幹部か何かだったり」


 サク自身、別に今言ったことを信じているわけではないが、かといって全くあり得ないわけでもない。


「はっ、あんたもその口か」隣の男は呆れたように笑い、目を閉じる。



「あんなちっちゃい女の子が、謎の組織の幹部ねぇ……」



 その言葉は、サクをさらに混乱させた。


 ――女の子? いかな政府軍でも、女の子を戦闘させるなんて情報は入ってきてないぞ? 




 これ以上考えるには情報が足りなさそうなので、サクは女の子や組織の話を一旦隅に置いておく。






「……それで、私からあなた達に一つ提案があるんです」


「ああっ? なんだ急に改まりやがって」


 腕組みをして、両足をしっかりと開き地面に固定する。これはサクが自分を落ち着かせるために行う所作だった。まずは形から。



「こちらとしては、あんた達を政府軍に突き出してもいい。だけど、それをしたら俺達にもリスクがある」


 何のリスクがあるんだ、と口を開いた男を、隣で縛られた男が肘で小突いてからサクに向きなおす。


「……つまり、素顔やらなんやらを軍に喋られたら、困るってわけか。あんたも、さっき俺の後頭部に銃を押しつけてきた女も幼いように感じたが……あんたらもしかして、昨日イーストブロックでどんぱち繰り広げたっていうレジスタンスか?」




 強盗団のリーダーが口を閉じると、周りにいた仲間が互いに顔を見合わせた。何を言いたいかはサクにも分かった。


「その通り、テレビでもよくやってるだろ? 『レジスタンスと名乗る反政府組織の幹部は未成年である可能性がある』って。俺はとっくに成人してるが、概ねあんた達の想像どおりだよ。イーストブロックで戦闘したのも我々だし、ついでにいうと、今あなたの目の前に立っているのはそのリーダーだ」



「……それで? 軍につきだしたらあんたらにもリスクがあるんだろう? それじゃ、今ここで口止めするか?」


「はぁ、結局そこに行きつくのか……俺としては、あんた達を仲間に迎え入れたい。人手不足だからな」



 当然、いくつもの反論が出てくるとは思っていた。ただ、一番の反対は、強盗団からではなく仲間から来たが。






「何言ってるんですか!? こいつらはただの犯罪者です、こんなやつら仲間にしても、また犯罪を犯して皆に危害を加えます!」


 至極当然な反論だ。彼らだってレジスタンスである以前に一般市民。普段は遵法に生き、毎日を慎ましく暮らしている。そんな彼らに、いきなり正真正銘の犯罪者と共に行動するのは、ハードルが高すぎるのだろう。



「だとしても、俺達に人手が足りないのは事実じゃないですか。少人数で護れる範囲は限られてるし、何より消耗してる仲間達を休ませるには、交替するための新しい仲間が必要です。今は組織を広げて、足元を固めなくては」


 だがサクだって、徒に提案しているわけじゃない。メンバー全員の命を預かる身として、より組織全体が不利益を被らない考えた結果だった。



 仲間が反論しようとするものの、口を開いたまま何も言えない。彼の友人は昨日の戦闘にショックを受けて、ビルで休んでいる最中なのもそれを助けた。




「つまり、俺達をあんたらの組織に取り組みたいと? このたった一回の仕事にも失敗した犯罪者たちに?」



 正気か? と尋ねる瞳から、サクは片時たりとも眼を離さない。それこそが強い意志の象徴であると信じて。



「そうだ。それにこれは、更生プログラムにもなるんじゃないか? 当然最初から銃を持たせることはしないが、別にあんた達も、何の罪もない民間人に危害を加えたくて強盗したわけじゃないだろ? 家族だったり、守りたいものがあるんだろ?」


 実のところ、彼らには僅かなりとも共感を示す事が出来る。自分の生活を家族を守るため、しぶしぶ手を悪に染める。見ようによっては、彼ら強盗団とレジスタンスのやってる事は、同じかもしれない。





「……だってよ、お前達はどうしたい?」


 そう言って、リーダー格の男が仲間を見回す。1人1人の表情は違うが、全員リーダーの顔を見据え、頷いた。誰も口を開くことはしなかった。



「……そうかい、わかったよ。それじゃあんた……いや、リーダー、この縄を解いてくれないか? 大丈夫、武器は全部取り上げられてるし、逃げもしねえ」


 サクは強盗団の縄を解いてやると、リーダー格の男がすっと腕を伸ばしてきた。サクはそれに応じ、男の大きな手を握り返した。



「盗んだ金は全額返すからな? その代わり、あんた達にはこの町でひとまず仕事に就いてもらう」


「職の斡旋までお手の物かい。こいつぁ食いっぱぐれないで済みそうだな」






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