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感情の所在









 次の日、16日、土曜日。相変わらず人通りの少ない道をヒカリは疾走していた。左右に揺れるリュックサックや楽器ケースが、幾度と彼女の背中を叩く。



 ――やばいやばい、まさか寝坊するとは。


 昨日、早朝から激しい任務を行ったことで予想外に疲れていたヒカリは、普段通りに寝ようとして夜中の2時に目覚めてしまった。そこからもう一度同じように睡眠を取ったら、ヒカリの場合、寝坊をするのは当然だった。


 薄茶の髪を揺らし、雲の下を駆けていく。道すがら出会う顔見知りの人達に挨拶をしながら洋館に着くと、息も整えずにノックをして中へ入った。



 乱暴に開け放たれたドアにびっくりしていたサナが、拳銃から手を離してヒカリを出迎える。


「随分遅かったわね、もしかして私の事待ってた? 私、今日は先に行くって言っておいたと思うけど」


「ううん、普通に、寝坊した」


 サナがくれたタオルで汗を拭いて、周りのメンバーにすいませんと謝った。そのうちの一人が差し伸べた水のコップを、ヒカリはぐいっと傾けた。



「はあぁ、疲れた……」


 そのまま椅子に座り込み、息を吐き出す。心地よい温もりと少しの疲れで、途端に睡魔に魅入られる。



 ――まさか今頃になって眠気が……嘘でしょ、ふ、だん、全、然なのに、こんなときに限って……



 そこでヒカリの意識は途切れた。











「ん……んー」


 ヒカリは大きな伸びをしながら、欠伸を一つして周囲を見渡す。



「あれ、私結局寝ちゃったのか……やっぱりここは、私の居場所なんだね」


 暖炉がポカポカしてるせいで寝ちゃったのかな、なんて考えながら誰かが掛けてくれた毛布を肩に羽織る。心なしかさっきより寒くなっているようだ。



「おーい、皆ー?」


 ――どうしよ、サクさんの話聞く前に寝ちゃったから、皆どこに行ったのかわかんない……


 ヒカリの記憶の中では、ここでサナと話したのはほんの少し前だったが、腕時計を確認するともう三時間も経っていた。


「もう2時か……」



 辺りを見渡したヒカリは、窓の外が異様に明るいことに気がついた。念のためM&P9をヒップホルスターにしまい、シュンにクマのワッペンを付けてもらったコートを羽織って外へ出る。






「わっ、冷たっ!」


 大きなドアをゆっくりとあけると、ヒカリの手にちいさな綿が降ってきた。そのまま手の暖かさにゆっくりと溶けていき、代わりにひんやりとした液体が現れる。



「これ……雪だ!」



 1年振りに雪を見たヒカリは、そのままふらふらと街の中へと歩いて行く。いつもは人通りの少ない道も、今日は初雪に釣られてひょこひょこと人が出てきた。




「おっ、ヒカリちゃん!」


「あ、八百屋のおじさん! こんにちは!」


 商店街に入ると、雪にはしゃぐヒカリを見つけた八百屋の店主が声を掛けてきた。ヒカリ達とは昔からの顔馴染みで、この八百屋には何度も世話になっている。


「おう、ついに雪が降り始めたな! あんまり頑張りすぎて凍傷になったりしたら洒落になんないから、気をつけろよ!」


 そう言って、店主はちいさな紙袋をくれた。「うちでとれたもんだ!」と笑いながら投げてきた袋の中身は、焼き芋だった。袋を抱きかかえるヒカリの胸が、仄かに暖かくなっていく。



「丁度持っていこうと思ってたところなんだよ。人数分あるから、シュンやコウ達にも渡してやってくれ」


「わざわざすいません、ありがとうございます!」


 この店主と幼馴染は、小さな頃からの仲だった。シンジ主導の元、畑の収穫を手伝ったこともある。



「いいんだよいいんだよ、昨日は大変だったんだろ? なんでも、イーストブロックの奴等を助けるために派手にやったらしいじゃねえか」


 そう言って、箱形のテレビを指差した。流れるニュースは昨日のクローバー作戦について報道していて、ヒカリは途端に元気が無くなった。



 落ち込むヒカリを見た店主は少し考え込んでから、溜息と共に言葉を吐き出した。


「……そりゃ人が死ぬのは残念だよ、でも、それを覚悟して皆ヒカリちゃん達についてきてるんじゃないのか? 組織に入ってる人達の事はヒカリちゃん達以外よくは知らないけど、でも銃持って戦う以上、死ぬ覚悟も、人を殺す覚悟も出来てた筈だろ」


 そうなんですけど……とヒカリは口籠る。



「ヒカリちゃんは皆を護ろうと頑張ってるんだろ? それは俺以外の奴らも、皆分かってる。

 だけど、自分の力だけじゃどうしても護り切れないときだってあるんだよ。そんなときにうじうじしてたら、護れる筈の人も護れなくなっちまう。


 故人を悼むなとも、戦うのをやめろとも言わない。昔から言っても聞かなかったからな、お前さん達は。だけど、割り切ることも大事なんだ。後悔なんて、心の片隅でやっときゃいいんだよ。謝るのは死んでからいくらでも出来るんだから」



 そう言うと店主はヒカリの頭をクシャクシャに撫で、「頼りない奴で済まないな」と呟いた。その背中越しに、娘と妻の三人で写った、クシャクシャになった古い家族写真が目に入った。








「後悔は心の片隅で、かぁ……」


 もらった焼き芋を置くために洋館へ足を向けたヒカリは、店主に言われたことを考えてみた。


 ――確かに私は少し考えすぎなのかもなぁ。それとも逆に、人を殺すのに慣れ始めてきてて、それを隠す為に……


「……おいし」



 紙袋から出した焼き芋にかじりつくと、ほんの少しだけ温かくなった気がした。





「あれ、皆まだ帰ってきてない」


 洋館の中は相変わらずもぬけの殻で、さっき消すのを忘れた暖炉がソファの傍で暖かい影を作り出していた。


「早く帰ってこないと焼き芋冷めちゃうんだけどな……」



 紙袋を暖炉の傍において、クマのコートをソファに掛ける。この洋館はサクの家族のもので、使わないということだったので皆でリフォームをしたものだった。



 ――このお洒落なカウンターもサクさんと……シンジさんが二人で頑張って作ってたなぁ。



 暖炉の傍でほくほくした焼き芋を食べると、段々ウトウトしてくる。床に座ってソファにもたれかかり、膝を立てて、腕を足の間にはさみながら暖炉の火を見ていると、瞼が重くなっていくのが自分でも判った。



 ただ、どうせならもう少し有意義に時間を使いたい。どうせみんな帰ってこないし、このまま眠っちゃうくらいなら……と、ヒカリは再び雪の降る外へ足を伸ばした。「雪の降る街を散歩するのも楽しそうじゃない?」と、誰が聞くでもない言葉を呟きながら。



 ヒカリが政府軍の車列を発見したのは、それから20分後のことだった。






 いくらレジスタンスが世間一般的な目から見てテロリスト集団であったとしても、特定の地域を根城にしている以上、その土地の人々と交流があってしかるべきだと思います。

 というか幹部の育った街であるし、彼らの知名度はまだまだであるし、世間に認められているわけでもないことから、必然的にそのメンバーは殆どがサウスブロック出自の人間なのです。

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