それぞれの終わりと始まり
『政府軍、レジスタンスと大規模戦闘か』
「1月15日、本日未明、イーストブロックの入り口に架けられたライナーメモリアルブリッジが谷に沈んだ。この橋はおよそ200年もの間人々の生活を支えていた橋であり、川が枯れて水害に悩む必要の無くなった現在においてもその存在は大きなものであった。
しかし、冬眠を終えて活動を活発にした害虫がいたようだ。
話は日を跨ぐ。14日深夜に政府軍が治安維持のためイーストブロックへ移動していたところ、武装組織がゲリラ戦術を仕掛けてきた。廃車に爆薬を仕掛け、姿を見せぬ銃弾が兵士を襲う。それらを退けて軍がライナー記念橋へ辿り着くと、事前に周到な準備をしていたと思われるレジスタンスがこれを待ち伏せ、軍には多大なる被害が発生した。
テロリストは街に隠れて軍には手が出せず、次第に劣勢に追い込まれていく。卑劣な魔の手は橋に及び、地に落とされた大橋は長きに渡る役目を終えた。この橋はイーストブロックとセントラルシティの間に跨る谷に架かる唯一の橋で、セントラルシティからイーストブロックへ足を運ぶには現状、ノースかサウス、どちらかのブロックを通らなくてはならない状態となっていて、橋の復旧が急がれている。
政府軍の被害は甚大で、500名にのぼる死傷者のうちほぼ全てが橋の崩落に巻き込まれてである。テロリスト側は非常に悪辣な手段を用いるものの、4名が射殺された。尚、この戦闘による民間人の被害は出ていない。
しかし、凄惨な状況においても英雄と呼ぶべき人物は生まれる。陸軍曹長であるアズマ、ニシ、そしてヒロの3隊員は自身の直感により多くの仲間を死の淵から連れ戻し、本日勲章を授与された。
写真はレジスタンスのスナイパーによる狙撃を受けた、アズマ曹長のヘルメットである。右前方が大きくへこみ、その中心部には弾痕が空いている。
なお、レジスタンスは今回のテロ行為の直後に声明を発表している。『悪辣な政府軍による民衆の支配を、我々は許さない。我々は人々を守るために活動し、未来を守るため戦っている。我々が民間人を傷付けることはない。我々反政府組織は雑草などではない』」
「全員、ニュースや新聞を見たか?」
レジスタンス初となる軍との大規模な直接戦闘から数時間後、月から完全に制空権を取り戻した太陽は空で煌々と照っていた。
「この記事によると我々は害虫らしい。対する相手方は、聖人か英雄か」
いつものレジスタンスの洋館。いつもより少しだけ広く感じるエントランスで、いつもより少ない仲間の顔を見渡す。
「だが、卑劣なのは果たして我々だけか? メディアに手を回し、自分たちに都合のいいように報道させ、反対するものは民間人でも構わず殺す」
興奮冷めやらぬ目、悲しみにかみしめる唇、恐怖に戦慄く手。仲間の様子はさまざまだったが、それらの行動は全て激化した感情の表れなのだろう。
「……なんていう話はまた今度にしようか。皆、ありがとう」
様子の変わったサクに、皆が少しずつ顔をあげ始める。
「こんな年端もいかないような我々に……いや、俺達についてきてくれて、俺達を信じてくれて、本当にありがとう」
リーダーの口調が変わったことに、彼の旧友達は気がつく。それはレジスタンスのリーダーとしてではなく、1人の男としての話だということを意味していた。
「皆が信じてくれたおかげで、何の関係も罪もない人達を救うことが出来た。それは俺達だけじゃ為し得なかった。皆色々な事を思っていると思う。それに、昨日まで会話していた仲間が死んでしまった責任は全て俺にある。
だけど、今日だけは。今だけはイーストブロックの人達を助けられたことを喜ぼう。皆そのために戦ったのだから」
「ヒカリ! 大丈夫? 何処か痛まない? 治療してもらった頭は?」
「サナ、大丈夫だって、心配し過ぎだよ」
暖炉近くのソファで、アイお手製のカモミールティーを飲むヒカリは、この数時間のうち何度も繰り返された問答をサナとしていた。
「そういうサナこそ、大丈夫?」
サナが戦線を離脱する際、兵士の流れ弾がサナの肩を掠めていた。服の下、右肩に大きな絆創膏のような物が貼ってあるのを、ヒカリは知っている。
「私は全然平気、掠っただけだから。アイさんにも看てもらったし」
「そうは言っても……」
そこまで言って、ヒカリは苦笑した。いつも心配してくれるサナの気持ちが、少しだけわかったような気になったからだ。
「ねえねえ、僕のお父さんがどこにいるか知らない?」
他の仲間と騒ぎながらコップを傾けていたコウは、不意に声を掛けられ、振り返って声の主を探す。
「僕だよ、僕」
少しだけ視線を下におろすと、この間武勇伝を聞いてあげていた男の子がこちらを見上げていた。お父さんなら……と、コウは缶ジュースを持っていない方の手で、同じく息子を探しているであろう父親の姿を指差す。
「ありがと! お父さーん!」
和気藹藹とする仲間達の間を抜けて、父親の背中へと駆け寄っていく。その父親は数時間前、「どうしてそんなに気丈でいられるんですか」とコウに声をかけた男性だった。
「お前、ここにいたのか!」
子供の特徴的な足音に気がついた父親は頭を撫でようと手を伸ばし、そしてその姿勢のまま固まった。
「? どうしたの、お父さん?」
父親は少しの間自分の掌を見つめてから、やがて何事も無かったかのように手を戻した。
「ううん、なんでもないさ。お前こそどうした?」
「お父さん達がたたかってる間に、まちの人達をひなんさせてたんだよ! その時にね……」
楽しそうに話す子供と、少しだけ困ったような顔で息子の話を聞いている父親の姿を見ていたコウは、ふと、彼等のもう一人の家族についてを思い出した。だが子供は元気いっぱいで、見ているこっちが何とも言えない気持ちにさせられた。
きっとあの子は強いんだろう。それに父親にも恵まれている。コウはそんなことを考えながら、缶の中身を一息に飲みこんだ。
「おっ、お疲れ様」
「おつかれ」
シュンとミズキは壁にもたれかかって、互いを労った。
「本当、数十人対三千人で僕達が勝てるとは思わなかったよ。ミズキの作戦のお陰だね」
「それを言うなら、シュンの爆破が無かったら橋は落とせなかったし、橋が落とせなかったら後続部隊によって街は蹂躙されてた」
互いに褒め合い、照れたように頭と頬を掻く。シュンとミズキは同じ孤児院を出た仲で、ヒカリやサナにさえ滅多に見せないミズキの笑顔を、シュンは知っている。
「……ふっ、ふふふ」
「ふふ、私達、変わらないわね」
二人はどちらともなく、どこか呆れたように笑いだした。
「そうだね。サナとヒカリは相変わらず一緒にいるし」
「私達は皆の輪の外で、皆を観察してる」
そこには、まだ成人もしていない二人の幼い笑顔があった。
「そういえば、もうイーストブロックは安全なの?」
お茶を一口飲んで、シュンは一つの懸念を口にした。
「ええ、もう大丈夫。もともとイーストブロックとセントラルシティの間には大きな涸れた川があるじゃない。あの記念橋は水無川に架かる橋で一番大きく、あれ以外に装甲車輛が通れる橋は無い。それに、サクの説得は何とか成功に終わったらしい。AGMOZは当分活動を停止し、姿を隠す」
「それじゃ、暫くは安心だね」
そう言って、二人は健闘を称える。
「でも、これで終わりじゃないもんね」
ミズキの肩に、緑茶をコップに入れたヒカリが顎を乗せる。
「ええ、そうね。この勝利はあくまで一時的なもの。私たちに一つの場所を守り続ける継戦能力はない」
いつまでもAGMOZを守り続けることは出来ない。だからこそ今回、サクはAGMOZを説得し鳴りを潜めてもらっている。
「それでも戦い続けるのが僕たちだもんね」
黄金色の炭酸ジュースを一つ口に含み、シュンが笑顔を浮かべる。その表情の裏に微かな憂いがあるのを、文字通り生まれた時から一緒だったミズキは見逃さなかった。それはきっと、いつも人のことを良く見ているヒカリも同じだろう。一つ違うのは、ミズキにもその心配が共感できるということだ。
「私たちは戦い続けるし、無事に帰ってくるよ。シュンやミズキが、サポートをしてくれる限りね」
だからヒカリは、その上手なウインクをシュンに飛ばし、同時にミズキのことをしっかりと抱きしめた。
「ようアズマ、ニシ」
「お、ヒロか。お疲れさん」
アズマ、ニシ、ヒロはホットゾーンを脱出した後、直近の陸軍基地に退避した。敵の正体がつかめていない状態でブロック内を通過するのは危険、という判断からだった。
30分経って、基地に辿りついた車両は5台、兵士は33名だけだったが、他の仲間が全員死んだわけではない。いくら大きな橋だと言っても数千人を一気に通せるほど広くはなく、橋に到達できずにあぶれていた兵士が2千数百人いた、というだけだ。
ウィードアウト作戦に従軍していた兵士は、基地に着くなりヘリでセントラルシティに運ばれた。最初はアズマ達も戸惑ったが、その手際の良さを見るに、上層部は今回の大々的な失敗を隠したかったらしい。実際、セントラルシティについてからすぐに開かれた勲章授与式で、3人は『仲間を死地から連れ帰った英雄』としての扱いを受けた。
勲章の授与式の後、いつものとは違う軍服を支給されて困惑していた3人の前に、陸軍大将が直々に姿を現した。即座に最上位の敬意を表す姿勢を取る3人に、大将は気さくに笑う。
「君達には異動してもらいたい」
「異動、ですか?」
突然過ぎるその言葉に、ヒロは鸚鵡返しで返事してしまう。
「頻発する国内での非対称戦争に対応するために、今回新たに創立する精鋭部隊へだ。君達には、そこで戦ってもらいたい。今回突然襲ってきたテロリストを相手にする部隊だ」
「それは構いませんが……」
「それは嬉しい返事をいただいたよ。この部隊はまさに君達の様な猛者にこそふさわしい部隊と言えよう」
――正直言って俺達は命からがら逃げかえっただけで、作戦の目的は一つも果たしてないんだが……俺達が逃げられたのも、将校が死んだことによって指揮系統が混乱したからだ。あのまま将校が指揮を握っていたら、今とは全く違うことになってただろう。
アズマは一切の感情を顔に出さないよう努めて、心の中で疑問を吐露した。実際3人は、目まぐるしい戦果を挙げたでも、常人にはやれないことをやってのけたわけでもない。今だってアズマは、勲章よりも休みが欲しい。
「必ずやご期待に沿える働きをご覧にいれてみせます。ただ、何故そこまで我々を目に掛けていただけるのでしょうか? 我々は任務を遂行できておらず、なんとか生き残っただけにすぎない兵士です」
三人とも同じことを疑問に思っていたらしく、代表してニシが口を開く。
「それは勿論、緊急時にあっても、冷静に指示を下せるその能力を見込んでのことだよ。それに……」
そこで言葉を切って、周囲を警戒してから、
「それに君達は、自分のことしか頭にない馬鹿な将校から兵士を救ってくれた」
こそこそ話をするように、大将は3人に耳打ちをした。
――まさか、目の前にいる陸軍トップは、陸空軍を統括する上層部が派遣した将校を、馬鹿と言ったのか?
陸空軍に配置される政治将校は、両軍を完全に支配する上層部――CuoASと呼ばれる統括軍――から派遣されてくる。その将校に対して大将が『馬鹿』と言ってのけるのは、実に大事件だった。
「ま、まさか大将が、それほどまでに我々一兵士の事を考えて下さっているとは……」
ニシが、恐れ多いといったように言葉を出す。
「いやいや、そんな大それたことではないよ。私の身内にも叩き上げの兵士がいてね、上から見下ろすだけでなく、別の見方も知っているというだけさ」
そう言ってから、3人の肩を順に叩いて敬礼した。
「それでは、アズマ准尉、ニシ准尉、ヒロ准尉の3名をこれより、国内非常事態即応隊第2機動部隊への配属を任命す!」
「はっ!」
ここで初めて三人は、階級が軍曹から一つ上がったことを知った。
悲しむべき時は悲しんで、喜ぶべき時は喜ぶ。それだけで人は前を向けるようになるのです。
大多数の人は。