オペレーション:クローバー ~Five Count~
「――こちらラッシュ1、敵がスモークを投げてきた! 戦車は前方に弾幕を張れ――」
「――ラッシュ4、2名排除――」
「――アイリス1、ネガティブ。敵煙幕による視界悪化により、これ以上の戦果確認は無理です――」
「――おい、敵の銃声が聞こえなくなってないか?――」
「――確かに……スナイパーもさっきから鳴りを潜めてるな――」
「――はっ、尻尾まくって逃げ出しやがったな。俺達が勝ったぞ!――」
「敵が後退した?」
LAV-25の陰から頭を出したアズマは、銃撃音が鳴りやんだことに気がついた。いつの間にか橋後方の煙幕も晴れていて、待機していた戦車4台の姿が確認できる。仲間が重なって倒れているのが点々と見えるが、敵の姿は見えない。どうやら上手くしてやられたらしい。
「――こちらラッシュ1、敵勢力の撃退を確認。これより前進し、予定通り反乱分子の鎮圧を行う。第4戦車小隊は橋を渡ってこい。第2機械化狙撃兵部隊はここに留まり、反対から合流してくる歩兵大隊を待って、死んだ奴らの回収をしろ――」
「おいヒロ、まさかあいつら本当に後退したのか?」
「俺に聞かれたってわかるわけないだろ。ただ、戦略的撤退だったらスナイパーの支援があるべきだから、敗走したんじゃないか?」
アズマとニシが、信じられないと首を振る。
「だけど、反撃ができなくなるほどまで追い詰められてから唐突に撤退するもんか? 優秀な指揮官って見立てはどうした?」
「だから、俺に聞くなって。もしかしたら傭兵集団なのかもしれないぞ」
つまり、スナイパーと歩兵は傭兵関係で、どちらかがどちらかを見切ったということなのだろうか。もしくは煙で視界が確保できないうちに、指揮官の排除に成功していたか。
俄かに信じられないアズマは、それでも食いかかる。
「だが、傭兵にしては装備が……」
「今は! 今はそんなことより周りに目を光らしとけ! 隠れてた奴にやられたなんて恥だぞ」
不服そうなアズマは第2機械化部隊の車輛が隊から離れていくのを視界に入れつつ、周囲の警戒をしていた。辺りの建物の陰全てが怪しく見える。
やがて敵によるスモークから脱出すると、周囲には自らが打ち倒した敵の亡骸が計2体、転がっている。その装備は黒い私服と政府軍が使用しているSCARライフル。サイドアームを所持していない者も少しだけいた。
「っち、身分がわかりそうなのは体だけだな。身分証は流石にねえ」
「こいつら……AGMOZだったりレジスタンスだったり、市民なんじゃないか? 軍隊や傭兵が私服で戦うなんて話絶対ないだろ」
遺体を簡単に検分する他の仲間が、銃口で突きながら体をひっくり返し、ポケットを検める。鼻から下をバンダナで隠した遺体は左脇腹が赤く彩られていて、未使用の弾倉が顔を覗かせていた。
「馬鹿言え、だったら本職の俺達はそこらの一般人に苦労してたって言ってんのか? それにあのスナイパーを忘れたわけじゃないだろ。スナイパーの銃声が聞こえたらほぼ確実に一人ずつ殺されてる」
「そうは言ってもなあ……」
実際、スナイパーに殺されたと思われるのは17人で、それを除いたら、銃撃戦で喰らった人的被害は13人が重軽問わず負傷、5人が死亡というものだった。
特筆すべきは狙撃手のその射撃精度と、僅かな機会を逃さぬ目だろう。狙撃手対策の煙のほんの少しの切れ間を縫うように、何人もの仲間が射殺された。
スナイパーはそういう存在だと言ってしまえばそれまでだが、その狙撃手ぶりは軍人と遜色ない。
「いやいやいやいや、戦車なんか大量に破壊されてるだろ。8台は工場ごと潰されて、この戦いで2台が行動不能だし」
前方の方から仲間の議論が聞こえてくる。確かにこいつらが何者なのかアズマとニシも気になっていた。
「――こちらラッシュ1、全隊に告ぐ。まだ橋へ辿り着いていない部隊は急行し、待機している部隊と合流せよ。橋では第2機械化狙撃兵部隊が待機し……――」
無線機から聞こえてくる将校の指示を聞き流しながら、ゆっくりと進んでいく装甲車輛について行く。
ふとアズマは、視界が翳ったような気がした。目で見えるもの全ての明るさを、一段階だけ下げたような。
「なあ。心なしか、ほんの少しだけ暗くなってないか?」
隣のニシに同意を求めたが、返ってきた答えは望んでいたものと違っていた。
「は? ああ、そういえばいつの間にかに太陽が出てるな。ビルの影には入ってないようだし、鳥が影でも作ったんだろう」
正面のビルから、太陽がゆっくりと顔を出している。だが、見える範囲では影を作りだしそうな鳥はどこにも見受けられない。これだけの銃撃戦だ、もうとっくに逃げ出したのだろう。
それに一瞬だけでなく、今この瞬間も先程より暗くなっていくように感じていた。まるで目前に広がる深い海に、ゆっくりと浸かるように。
しかしビルの影は目の前の地面にしっかりと長方形を描いていて、アズマはまだその中に入っていない。
どうしても胸の底に湧いた違和感を拭いきれなかったアズマは、後ろを振り返る。橋の両脇に2台ずつIFVが停車していて、その向こうでは先程撤退した敵によるスモークが濛々と立ち込めていた。一見して何の異常もない。
それでも諦めきれないアズマは、道路上に明暗を分ける曲線がかかっていることに気がつく。
しかしそれは意識して探さないと気付かない程の薄い影で、事実その影に気がついたのはアズマ唯一人だった。いや、他にも気付いた人間はいるかもしれないが、気のせいだと一笑に付せる程の影だった。
そしてそんな影は不規則に動きながらも決してその場から離れず、明らかに自然の物ではない動きをしていた。
慌てて陽の光を一身に受けている正面のビルを注視すると、その屋上ヘリポートに人の影が見える。凄まじい逆光になってまともに見ることも、双眼鏡を使うこともできないが、アズマは確かに二つの影を確認した。
「全隊停止!! まだ敵は退いていない、これは罠だ!!」
ニシが困惑した表情でアズマを振り返ったのと、先頭の戦車が砲塔を吹き飛ばして爆発したのは、同時だった。
「まじ洒落になんねえぞ! 全車撤退!! 橋まで退け!」
「――俺に使われるだけの兵士風情が勝手に命令を下すな! くそっ、全IFVは道を開けろ、先に戦車を、俺を通せ! 早くどくんだ――」
再三、目の前と背後の道路上に大量のスモークが焚かれる。その量を見るに、敵はここで決着をつけるつもりなのだろう。将校が怒鳴り散らしているところへ次々と上方からミサイルが飛翔し、無線が完全に沈黙した。
「屋上に敵多数! 反撃しろ!」
「先に身を隠せ、狙われるぞ!」
混乱に陥った仲間は今までの拠り所であった車両の傍で固まっている。
一方でアズマやニシは慌てて近くの喫茶店の軒下まで避難した。状況を確認すると、残る二台の戦車と5台のIFVが炎上していた。
擱座した車両に隠れる仲間にはビルの上にいる敵の姿は逆光のせいで見えず、次々と被弾する。鳴り響く銃声は全てがSCARの同じ音だった。
ニシは後方から来る筈の第4戦車小隊の姿を探したが、煙幕の切れ間の間に、ようやく橋の中頃に到達しようかという部隊を発見し、間に合わないと悟った。
「――ラッシュ1、なにがあったんですか!? 援護します!――」
最早冷静に聞く者もいない無線機から声が鳴り響く。疲れた足を引きずった歩兵大隊が、戦車の背後から進軍してきていた。
「ラッシュ1は死亡! 繰り返す、ラッシュ1は死んだ! 敵は退いていない、狙撃手も何もかもが待ち伏せしてた! 今から車輛が後退する、道を開けろ!」
混乱状態にある部隊を一度撤退させるため、橋の上を進んでくる後方に無線を飛ばす。だが、あちらこちらから爆発音や悲鳴、銃声が鳴り響く為、アズマの声は誰にも届かない。
「くそっ、ここまで混乱に陥ったら作戦も失敗か!?」
指揮官は死に、戦車は4分の3部隊が破壊され、兵士は恐慌状態。後方の部隊が進軍してきているため、体勢を立て直すために撤退する事も不可能。戦争時なら被害を被ってでも強行する価値はあるかもしれないが、これはゲリラによる奇襲。この先の街中にもどれだけ待ち構えているかはわからない。
最早作戦の遂行は望むべくもなかった。
「――おいアズマ、まだ死んでないよな!?――」
「ヒロか、どこだ!?」
アズマが作戦に見切りをつけていると、ひっきりなしに止むことのない無線機からよく見知った声が聞こえてきた。その声はアズマの乗っていたIFVの車長、ヒロのもので、古い友人がまだ生きていることに僅かながら安堵した。
「ヒロ、隙を見て俺達がそっちへ行く! 準備しとけ!!」
未だ無事な装甲車輛の中からアズマ達の乗車していたIFVを見つけ出し、攻撃の手が緩くなった隙をついて喫茶店から飛び出す。
「ニシ、付いてきてるか!?」
「当然! ヒロ、ハッチを開けてくれ!」
しかし、彼等と同じように車輛に乗り込もうとしている仲間が、ミサイルによって爆発、炎上した。吹き飛ばされた仲間を見て絶句する。
「……ヒロ、忘れろ! 俺達がつかまったらすぐに前に車出せ!」
「――前だと!? 何言ってんだバカ、後方に撤退じゃないのか!? 後ろもそうだが、前は殊更スモークが厚くて何も見えない!――」
「だめだ、後ろはもっと渋滞中だよ!!」
薄布に掛けられたように朧気な橋を見やると、続々と進軍してくる歩兵大隊と死に物狂いで撤退する部隊がかち合い、相当な大混乱を招いていた。車輛は仲間を轢くわけにもいかずに立ち往生し、行列を作っている。
「――あの行列に並んでる時間は確かにねえか。全車良く聞け! 後方の橋は通行不能だ、仲間を拾い次第前方に発進しろ! 大丈夫だ、後ろで順番を待ってるよりは遥かに安全だ!!――」
そんな確証はどこにもないが、混乱し、潰走状態に陥った部隊は安全という言葉に金魚のように群がる。
「よし、出せ!」
生き残ってる仲間が数台のIFVにしがみついたのを確認し、車体を銃のストックで叩く。弾かれたように急発進したLAV-25は、すぐ傍を舐めるように飛来するミサイルを避け、蛇行運転のまま逃走した。
「ぐぁっ!」
行く手を阻むように広がるスモークを通り抜けたところでスナイパーの銃声が鳴り響き、砲塔にしがみ付いていた仲間が声にならない声を発しながら体勢を崩す。力を失った兵士の体が、アズマ達の頭上を通って地面に落下した。
「目の前のビル、スナイパー!!」
「蛇行しながらフルスロットルで走ってんだぞ!? なんで狙撃が当たるんだ!!」
ビルを見上げる為太陽を隠すようにヘルメットを持つと、突然IFVがアスファルトの破片に乗り上げて大きく跳ねる。
しかしそれが幸いして、ヘルメットを貫通して飛んできた銃弾はアズマの頭に当たらず、後ろの道路に着弾した。
「へっ、焦り始めたな」
銃弾が貫通した勢いで取り落としそうになったヘルメットを捕まえてから、車体にSCAR-Hの銃身を乗せ、脇にストックを抱えて狙いを付けずにフルオートで弾をばらまく。その多くは屋上から1つ2つ下の階の窓ガラスを割るか、或いは明後日の方向へ飛んでいくかしたが、スナイパーへの牽制にはなったらしく、ビルの屋上から再び銃身が覗くことはなかった。
「よし、飛ばせ飛ばせ!! 離脱しろ! 作戦は失敗だ、AGMOZは諦めろ!!」
「こちらヒカリ、2台のLAV-25が離脱! 橋上の車輛も踵を返して逃げようとしてる!」
兵士の狙撃に失敗したヒカリは舌打ちをしてから、傍の無線機に手を伸ばして状況を説明する。
「――こちらシュン。万が一でも作戦が続行されたら意味がない、橋の車両は逃さない。皆衝撃に備えて! カウントダウンを開始、5、4――」
ヒカリやミズキ、コウ達は耳を塞ぐ。そのカウントダウンは作戦終了の合図でもあった。
「――3、2――」
なにも知らない兵士達は押し合い圧し合いしながら、ミサイルによる攻撃が終わったことに気がつかずに死に物狂いで走る。
「皆! ライナーメモリアルブリッジにお別れしろ!」
そう叫んだコウも耳を押さえ、ビルの縁から離れてしゃがみ込んだ。
「――1……インパクト!――」
その衝撃は、遠くで一般人を避難させていたサクやアイ達の元にまで届くほどだった。
トンデモすぎてかける言葉が見つからないかもしれませんが、ご意見ご感想、頂けますと幸いです。