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オペレーション:クローバー ~Sunrise along with shadow~





 明けつつある夜が、レジスタンスとオージア政府軍の戦闘を鈍く照らす。遠くの空が明らみ、吹く風は闘志の炎を消そうとしている。


 それでも彼らは戦った。守るために。あるいは生き残るために。





 橋の隅でHEAT弾――対戦車榴弾――を撃ちつくしたコウが、空になったパンツァーファウスト3というロケットランチャーから再利用可能なストックを取り外し、傍らにうち捨てた。


 その周囲に、狙いの付けられていない銃弾が着弾する。それらがレジスタンスのメンバーに当たることは無かったが、それでも恐怖心は鎌首を()たげた。



「ヒカリ、ミサイルがヒットしたか確認できるか?」


「――ごめん、煙幕が邪魔でよく見えないよ。もう少しで晴れそうなんだけど――」


「そうか、わかった。そのまま見といてくれ」



 無線機を左の腰に掛け、第2射を叩き込むべくビルの中へと駆け込む。効率を求めて橋の傍に置いておくと、何らかの衝撃が与えられた拍子にミサイルそのものに引火する可能性があると以前シュンから教えてもらっていたため、ホットゾーンから少し離れた位置に保管していた。




 防火扉を押し開き、沢山の書類が散らばったまま放置されているオフィスに入る。今日の夕方に避難を促したので、社員は着の身着のままで逃げ出したのだろう。デスクの上にはスクリーンセーバーが起動したノートパソコンや開かれたままのバインダー、食べかけの愛妻弁当も残されていた。


 オフィスの窓際に一つ切り離されたデスクの元に駆け寄る。課長や部長辺りが座るであろうその席には、代わりにパンツァーファウストの筒が大量に置かれていた。




「――コウ、聞こえる? さっきのロケットのお陰かは分からないけど、前から2番目、右側の戦車が爆発した。ただ、その影響で視界がクリアになったから気を付けて――」


「もう煙幕が晴れたのか、あの煙幕はこっちに有利だったんだけどな……ありがとう、ヒカリ」



 無線機のボタンを押し続けたまま、今度はメンバーに声をかける。



「全員聞こえるか? そっちはもう橋の上の煙幕が切れている筈だ。そのまま戦うのは危険だから、これから第3フェーズに移ろう。シュンに頼まれた人はゆっくり移動してきてくれ、残りは出来るだけ奴等の足止めを!」


「――了解!――」









 スコープを覗いていない方の目で、手前の袂から仲間が数人走り去っていくのが見えたヒカリは、攻撃の手が薄くなったと感じさせない為に速射を始めた。


 チークパッドに改めて頬付けし、大きく息を吸って気合を入れなおす。スコープのレティクルの向こうに敵兵の姿を捉え、その口元にレティクルの中心を持っていく。撃ち下ろしの状況を加味すれば、銃弾は丁度兵士の額を貫く筈だった。


 たったこれだけで500m先まで手を伸ばしたヒカリは、銃を構えて仲間に危害を加えようとする兵士に、別れを告げる。




 引金を引き、撃針が銃弾の雷管を叩いて炸裂。その勢いに乗った銃弾は銃身内側に彫り込まれたライフリングにそって高速回転し、やがて対象物に向かって微かな放物線を描きながら邁進する。


 0.338インチの銃弾が一人の男に風穴をあける頃には、ヒカリは空薬莢を排出すべくボルトに手を掛けていた。無風で心拍数も安定、特別に考慮すべき要素もない今なら、ヒカリはまず確実に一撃で相手を行動不能にできるほどの能力があった。

 ボルトを引き、薬室内の薬莢を排出し、再びボルトを押しこんで構えなおす。


 チェストリグから予備の弾倉を出しつつ索敵していると、何かわからない違和感がヒカリを襲った。敵の行動におかしな点はない。歩兵は装甲車両の陰に隠れつつ、反撃の機会を窺ってちらちらと頭を出している。


 だが、それでも頭に沸いた違和感は消えない。


「ねえミズキ、なんか変じゃない?」


 隣で双眼鏡を覗き込んでいるミズキなら何か分かるかもしれないと思って声を掛ける。




「……仲間の攻撃が当たらない。いや、寧ろ当てないようにしている……?」


 スコープを下にずらして様子を見ると、隅から銃だけを突き出して明後日の方向へ射撃している仲間や、怯えて引金も引いていない仲間がいた。勢いを取り戻した敵部隊はじりじりと橋の終わりに差し掛かってきていて、仲間の被害も増え始めている。

 もう彼我の距離は100mを切っていた。



「スモークが消えるまで旺盛に戦っていたのに。一体何故、あんな当てずっぽうな……?」


 非難するような呟きを耳にしたヒカリは、しょうがないよ、と声をかける。


「顔の見える相手に殺意を向けるのも、向けられるのも、怖いから」


 その気持ちが“痛いほど”わかるヒカリは、仲間の消極的な姿勢を当然だと肯定する。



「だ、だからって、自分たちを殺そうと近づいてきているんだから……」


「それに。皆の援護は私の役目でしょ?」



 ヒカリはそう言って、再びMSRを構えた。そうするのが当然と言うような、何の気負いも気取りもない動き。





 頭を出した兵士に狙いをつけ、躊躇わずに引金を引く。薬莢が宙を舞い、冷たいコンクリートの地面に着地する前に次弾の発射準備を整える。2秒にも及ばぬそのルーティンを都合9回繰り返し、ヒカリは3つめの弾倉に手を伸ばす。




「……陽が出てる」



 しばらく眉間に皺を寄せていたミズキが、後ろを振り返って呟く。確かに、兵士たちはいつの間にかNVGを取っていた。くすんだ薬莢が、鈍い光を反射する。





 2人のあまりに大きく薄い影は、されど確かに道路に翳を落としていた。






「――こちらサナ、ミズキ聞こえる? 後方で歩兵大隊を遅延させてた部隊がもう限界みたい。サクの方はどれくらい進んでる?――」


 サナの連絡は、橋から離れた地点で活動していた部隊の撤退を意味していた。足止めをしていた敵後続部隊は、もう橋に向かって進み始めているだろう。



「ちょっと待って……うん、大丈夫、9割以上の住民は避難させているらしいから撤退して構わない。サナもあまり粘ると敵部隊に挟まれるから、早めに撤退して」


「――了解――」




「――こちらコウ、屋上に到達した。橋を中心として対称に立ってるビルにいるのは仲間だ、撃たないでくれよヒカリ――」


 重たいミサイルランチャーをいくつも抱えていたのだろう、息の上がった声がサナに続いた。


「わかった。私たちの合図があるまで、絶対に見つからないで。様子も窺わなくていい。屋上はいざという時に逃げ場がなくなる」


「――あいよ、わかった――」




 ミズキは通信を終了して、3つめの弾倉を空にしようとしているヒカリに声を掛けようとした。


「ヒカリ、橋から……左目、また閉じてる」


「えっ? ああ、またやっちゃった」



 ヒカリは、狙撃をする際にスコープを覗いていない方の目を閉じてしまう癖があった。気を付けてはいるが、気を抜くとすぐにウインクしてしまう。



「その癖は危険だから、いつも直してって言ってるのに。橋からこのビルまで続く道を挟むように、同じ高さのビルが二つあるのが分かる? その屋上にいるのは味方。どっちかにコウがいる筈」


「はーい、了解。……確認」


狙撃銃のスコープを使い、仲間の姿を確認する。額の汗を拭うその姿は、屋上へ移動した疲れだけではないだろう。




「これから橋の近くにいる仲間が後退して、戦車が前進してきたところを上からコウ達が叩く。ヒカリは敵の様子を警戒しておいて。ただし、発砲は抑えて」


「了解。でも、コウ達が持ってるのだけで車輛全部破壊できるかな? M1A1エイブラムスが2台にLAV―25が無傷、16台も残ってるよ?」


「それについては大丈夫。……これよりクローバー作戦は第3局面に移行。最終チェックを行う」


 仲間全員に無線を繋げたミズキは、簡素な周辺マップを用意して各自の進捗状況を尋ねた。





「――こちらシュン、全爆薬の設置完了。合図で橋を落とせるよ――」



「――こっちはサナ、シュンと合流したわ。橋からの離脱前にスモークをありったけ焚いてきたから、まだ統制を持って橋には辿り着けない筈。足止め部隊と一緒に撤退するわ――」



「――こちらコウ。パンツァーファウストの用意は完了。掃討完了後に地上に降りて、輸送トラックで避難場所に向かう。橋の近くで足止めしてる部隊はどうだ?――」



「――俺達も、何時でも脱出できます。脱出する時は煙幕を張って道沿いに、なるべく端の方を通ればいいんですよね? そうすれば、弾に当たらないんですよね!?――」



「――大丈夫さ、落ち着いて。指示をしたら必死で逃げてくれ、いいな――」



「こちらヒカリです。足止めしてくれたおかげで歩兵大隊はまだ影も形も見えません。橋の上の戦車は1台が完全に破壊されていて、もう1台は地雷を喰らって、煙を出して停止してます。この戦車は兵士が脱出したようで、注意する必要は無いと思います。コウ達……じゃなくて、待ち伏せ部隊と連携して兵士を狙撃し、掃討後にトラックで避難場所に向かいます」




「――こちらサク、全員の行動予定を確認、全員予定通り行動せよ。装備、練度はあちらが勝っているかもしれないが、士気は我々が圧倒してる。勝って、この街の住民を救おう――」







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