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オペレーション:クローバー ~Phase Ⅱ~




 ヒカリのMSRの先では、多数の地雷を爆破したことにより橋上の煙が少し晴れ、装甲車両の影がちらちらと見え隠れしていた。その傍に蠢く小さな影も確認できる。


ヒカリはその影が確実に随伴兵であると確認出来てから、その引き金を引いた。いたずらに発砲すれば、いくらサプレッサーを付けているといっても位置が捕捉される危険性が高まる。



本当は車輛そのものを無力化できればいいのだが、車のエンジンを破壊する事も出来るラプアマグナム弾でも、通常弾で戦車や装甲車を貫くことは出来なかった。




「こちらミズキ。そっちの状況はどう?」


「――こちらサク。戦闘に巻き込まれそうな区域はもう避難を終えたが、それ以外はまだまだ多数の人が残っている。もう少しだけ抑えられるか?――」


「正直言って少し厳しいかもしれない。だけどきっと抑えてみせる」



 車両の陰に引っ張られる兵士にスコープを向けていたヒカリは、左から聞こえるミズキの声を聞いていた。ヒカリ達も無線は持っているが、小型なので離れた位置にいるサク達と会話する事は出来なかった。



「サクさんは何て言ってた?」


 無線の画面を消して衛星画像に切り替えたミズキは「まだかかりそう、もう少し頑張ってくれだって」とヒカリを見やること無く答える。


 ヒカリも「そっかそっか、じゃあもすこしがんばろっか!」と視線を動かさず、半ば無理やり明るい声を発した。



「こちらヒカリ、コウ聞こえる? ごめんなさい、私じゃ抑えきれないみたい。そろそろ用意しといて!」


 まさか本当にたった一人で橋上の侵攻部隊を抑えられると思っていたようには見えないが、その声は確かに悔しさで満ちていた。


「――あいあい、聞こえるぜ。俺に任せなさいって!――」


「流石コウ、頼りにしてるよ?」










「よっしゃ!! 皆、気張っていくぞ! 敵にぶち当てろ、敵の弾には当たるなよっ!」


 無線の電源を切って、コウは共にいる十数人の仲間を見やる。だが、心を落ち着かせて尚あまりある程の緊張を宿した表情の仲間達は、頷くことすらできない。



「あなたは……コウさんはどうしてそんなに気丈でいられるんですか?」


 政府軍の正規装備であり、強奪品であるSCAR-Hを震える手で握りしめている男性が、重たそうに口を開く。コウはこの男性に見覚えがあった。一昨日ヒカリが話しかけてきたときに武勇伝を聞いてあげていた少年の父親で、まだ20代後半だった筈だ。







 コウは以前、夜中に一人で酔いつぶれた所を介抱した時に彼の身の上話を聞かされたことがあった。彼がレジスタンスに入る前、コウが彼をスカウトする前だ。



「俺の妻はねぇ、政府軍の奴に殺されたんだよぉっ!! 息子の為に隣町まで、誕生日ケーキをぉ買いに行って、夜道で軍人に襲われてぇっ!」


「ちょ、ちょっとあんた、落ち着け! こんなところでそんな事言うなって!」



 何処かの家が窓を開けていて、今の会話が聞かれるかもしれない。それを危惧したコウは、男性の家が分からないのでひとまずレジスタンスの拠点へ連れていくことにした。




「さあさあこれ飲んで」


 コップに水を注ぎ、赤ら顔の男性に勧める。


「ありがとねぇ、お兄ちゃん」



 多少意識ははっきりしたようだが、それでも相当のアルコールを摂取したらしい。明日の二日酔いは大変そうだと未成年ながらに感じていた。


「ちょっと、僕の話をぉ聞いてくれないかい? もう8年近く前になるんだけどね……」


 そう質問の体を取ってはいたが、コウが口を開く前に男性が捲し立ててしまう。




「僕の妻はねぇ、ほんっとうに良い人だったんだよ。僕の一目惚れで付き合ってくれて、こんな僕と結婚してくれたんだ。妻に自慢できるようにと、一生懸命になって商社にも入った。そんな僕に『あんまり無理しちゃ駄目よ』ってぇ、優しく……

 でもなぁっ! あの日だって、近所のケーキ屋さんが臨時休業だから、隣町まで息子のケーキを買いに行ったんだ。だけど! あのクソ野郎は夜道で僕の妻を襲って、挙句の果てには、妻を、妻を……!!」



 空になったコップをテーブルに叩きつけ、左手で自分の足を何度も叩く。コウは何も言わず、男に胸の内を吐き出させた。



「しかもっ! 軍法会議に掛けられて、判決がどう出たか知ってるかい!? 聞いたらきっと笑っちゃうよ、『1年の執行猶予付きの懲役2年及び、減棒6カ月』だぞっ!?

 人の妻を、僕の人生を変えてくれた人を汚して、殺して、なんでそれだけで済むんだっ!!? 『被告人は当時大量のアルコールが検出されており、正常な判断が出来なかった。また、軍での多大なる功績を考えると、被告人を失うのは国益を著しく損なう』とかいう理由で、あいつはきっと今でも元気に働いているんだ! まったくもって笑えない!!

 こんなっ、こんな話があって良い筈がないだろうっ!? だから僕はっ、ああやってクソ野郎を待ってるんだ!」



 拳が震えるほど強く握りしめる男の言葉に、コウは虚を突かれた。


「1年の執行猶予付き、懲役2年、減棒6カ月……」


「キミも、犯人を知ってるかい? あのクソ少尉を!」


 判決と階級を聞いて、コウに一人思い当たる人物がいた。


「知ってる……かもしれない」



 もっとも、その人物はもう死んでいるが。




 コウが再び水を差しだすと、今度は一息に飲み干してしまった。


「ちょっと、お手洗いを貸してもらってもいいかぃ?」


 体から出したら酔いも少しは醒めるだろう。コウは二つ返事で許可を出した。









「僕はこんなにも彼奴等を憎んで、殺してやりたいと思ってるんです。それなのに、僕の手は僕の意思に関係なく震える。ねえコウさん。どうして……どうしてあなたはそんなに気丈でいられるんですか?」


 その言葉でコウの意識は現在に引き戻される。目の前にはそれぞれにアサルトライフルや手榴弾、ミサイルランチャーを所持した仲間達。これから敵戦車部隊に真っ向から攻撃を仕掛ける仲間だ。


「……馬鹿だからですね。深く考えちゃ駄目なんです。やることは、敵を倒して弾に当たらない。それ以外は一回頭の片隅に追いやる。俺はそうしてます」



 ――それに、俺だって気丈に振る舞ってるだけだ。



 この言葉が聞こえたのかは分からないが、仲間達はコウの言葉に耳を傾けて、頷く。


「よし、じゃあ、行くぞ!!」


 走り出したコウの背中を、大きな雄叫びが追いかけた。












「直接的な攻撃が少ないな……敵勢力はあまり戦闘能力が無いのか?」


 繰り返し焚かれる白煙の中、直近の仲間と車輛のみを頼りに前進を続けるアズマは、自らの考察を口に出してみる。今のところの脅威は袂で交戦中である戦力不明の敵と、驚異的な精度でこちらを狙うスナイパー。


 だがスナイパーは白煙で手出しが出来ないらしく、アズマ達は戦車を筆頭にゆっくりと前進していた。



「それは少し浅慮じゃないか? 妨害工作だけだったらわからないでもないが、相手の狙撃手は初動で2人を狙撃する腕を持ってるんだ。それに戦車だって破壊されちまったし、後方の部隊が今どうなってるのかわからない状況に陥ってる。相手は、優秀な指揮官を持ってるどこかの国軍とか特殊部隊じゃないか?」


 ニシは、他国からの侵略行為ではと危惧する。アズマも他の仲間もそれはないと考えていたが、少なくとも狙撃手に関しては、そう疑ってもおかしくないほどの腕だった。



「さっきも、ほんの数秒飛び出した足を撃ち抜かれた奴がいたしな。すぐ追加の煙でカバーしたから良かったものの。今は後ろの車両に乗せて応急処置中だ。


 だが、遅れている部隊が合流すれば後方の混乱は収まるだろ? 優秀な指揮官ってのはわからないが、ここまでは概ね相手の作戦通りだろうな……

 でも、俺達に明確な殺意を向けてきてるのはスナイパーだけ」


 そこまで口にしてから、LAVのディーゼルエンジンやM1A1のキャタピラの駆動音に混じってロケット弾の飛翔音が微かに耳を捉える。



 陰に隠れろ――そう口にしようとしたが、直後に響いた耳を(つんざ)くほどの爆音がそれを阻害した。





「――くそっ、3号機が被弾した! 総員態勢を整え、反撃しろ!――」


 精神的にも余裕を無くしたであろうラッシュ1の声が無線機から途切れ途切れに聞こえてくる。姿勢を低くして頭を出すと、前方で将校の乗っている第1車両をすれすれに飛んできた躑弾が、その後ろの3号機に再び着弾し、黒煙の中で戦車が大きく揺さぶられたのがわかった。衝撃がヘルメットを殴りつける。


「ヒロ、3号機が壊れた! 戦車は一撃耐えられるかも知れんが、IFVはそんな装甲はないかんな!」


「――わかってるよ! だが気を付けようがねえ! こんな狭い橋の上で、どう避けろって!?――」


 アズマ達は自分で生み出した巨大な白い雲に覆われていて、中からも外からも互いの状況を窺い知ることが出来ない。その状況で身動きのできない橋の上にいる彼らは、手も足も出せなかった。




「敵は誰か捕捉したか!?」


「――まだだ、煙で確認できなかった!――」


「――前方の橋延長線上から飛んでこなかったか!?――」


「――俺はもっと右の方から聞こえてきたぞ!――」



 兵士達がパニックに陥ってきている。敵スナイパーを封じるために煙幕を張ったが、それが却って味方の視界を封じてしまい、敵影の捕捉が困難になってしまった。


 かといって煙から頭をひょっこりと出してしまえば、そこはスナイパーの領域。結果としてこの煙幕は、失敗だったと言わざるを得なかった。


「自分らへの対策を利用して反撃か。やるな」



 部隊を取り囲んでいるこの煙は、身を守ると同時に内包する者の自由を奪う鳥籠と化していた。その鳥籠の中に、金属板をハンマーで殴るような射撃音と共に幾つもの銃弾が炎の尾を曳きながら襲いかかる。


 軽機関銃だ――手に持っていたSCAR-Hを構えて勇敢にも反撃した者が、肩に銃弾を受け同じ班の仲間に引きずられていく。最後列のLAV-25の陰にはそういった負傷者が後送されていた。


 そうやって仲間を最後尾まで運んで行った仲間が流れ弾に当たり、再び他の仲間に後送されるといった悪循環も発生していた。


 なまじ負傷者の意識があるせいで被弾した激痛から悲鳴をあげていて、同じ釜の飯を食べた仲間としてはどうしても救いたくなる。



 しかし、アズマ達もただ立ち尽くして被弾するのを待っているだけの案山子ではない。車輛に隠れながらの反撃は確実に襲いかかる銃弾を減らしていった。



 そして何より、彼らには装甲車輛がついていた。M1A1エイブラムスの砲塔に備え付けられたM2重機関銃や、砲塔右側を向いているM240機関銃が火を噴く。すぐ傍に兵士がいるため主砲を放つことは出来ないが、12.7mmと7.62mmの銃弾は白煙を掻き消しながら直進した。




 コンクリートの道路が、戦う者たちの意思が、幾度も火花を散らす。





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