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オペレーション:クローバー ~Biginning of hostilities~






「何もないな……」


 戦車が橋の中盤辺りに差し掛かったところで、ニシが後ろを振り返って呟く。心配性の彼にとっては、拍子抜けといっても過言ではないかもしれない。



「やっと歩兵が橋に辿り着き始めたのか? しかも、殆どが装備の軽い通信兵やらじゃねえか」


 ニシの言う通り、橋の入り口に胡麻粒の様な兵士がわらわらと集ってきていた。無線に、待機を命じる声が流れる。


「ニシ、お前そんなこと気にしてたのか? 気にしすぎだってアズマも言ってただろ」


 ミナモトが前方を向いたまま、もっと気楽にいこうぜと笑う。


「まあな……でも、今まであんなに妨害されたんだぞ。しかもゲリラをまだ一人も倒せてない。あいつらが後ろについてきてなかったら、俺は1人で引き返す所だった」


 それが強ち冗談とも取れないのが、怖いところだった。



 ミナモトとニシの会話を聞いたアズマは、「一つ考えてたことがある」と言った。


「……おいアズマ、お前の勘はよく当たるから聞きたくないんだが」


「そう言うなって。俺はてっきり橋を落としてくると思って、いつでも逃げる準備をしていたんだよ」


 ニシの嫌がる声を無視し、アズマは自分の考えを話す。



「でも橋は落ちないな。諦めたんだろ」


「そう、俺もそう思った。だけど、橋は待ち伏せるには絶好の場所だし、諦めるにしても絶対にこの橋で何かを起こしてからだろ」


 だから……そこまで言って、アズマは不意に黙る。



 幅員15m、全長500m以上のライナー記念橋を進む部隊は、後方の仲間からゆっくりと離れていく。NVGの静かな駆動音、歩兵戦闘車のエンジン音、戦車の無限軌道の回転音。静寂に包まれた夜を、橋の明かりに照らされた機械と男達が歩いている。


 その帳を切り裂くように、爆音が部隊を襲った。







 爆発音に振り返った男達は、橋の(たもと)から大量の白煙が立ち上っているのを目にした。恐らく爆発による煙ではないだろう。何者かが煙幕を焚いている。ニシの方から舌打ちが聞こえたのは気のせいか。


「――何が起きた!? 誰か報告しろ!――」


 ラッシュ1(政治将校)が苛立ち混じりに報告を求める。離れた仲間が、「おー怖えぇ」なんて肩を竦めるのが見えた。



「――橋の入り口で爆発です! 煙で橋が見えない! 橋は落ちてませんか!?――」

「――こちらラッシュ1、我々は無事だ。そちらの状況を教えろ!――」

「――煙で何も見えない! くそっ、敵の煙幕だ! 全員集合、全方位を警戒しろ!――」


 爆発で耳がやられたのか、後方の分隊長が怒鳴り声をあげ部隊を密集させる。恐らく煙の中では、密集した部隊がそれぞれに銃口を向けているだろう。無線がけたたましい怒号を放っている間も白煙はその勢力を増し、戦車の影すらも呑みこんでいた。



「ラッシュ1、後方に敵出現!」


「――こちらラッシュ1了解、橋上の全隊は停止せよ――」


 低速で前進していた戦車と歩兵戦闘車合わせて20台の車両が橋の丁度中央で停止し、戦車の機関銃が後方を向く。



「こちらアイリス3! 敵の姿は確認できたか!?」


「――こちらセサミ6、未だ敵影捉えず!――」


「――セサミ4、同じく――」


 無線に耳を傾ける限り、相当緊張していることが分かった。逆に言えば、それくらいしかわからないが。


「良く聞け。全小隊は密集隊形をとり、全方位を警戒しつつ煙から脱出しろ。但し、引金にはまだ指を掛けるなよ。混乱した挙句同士討ちなんてことは笑えないから……」

 ないようにしてくれ。そう言おうとした時、爆発が起こり悲鳴が流れ込んでくる。




 再びの爆発が待機部隊を襲い、白煙が僅かに晴れる。だが焚かれ続ける煙はすぐまた元の濃度を取り戻し、遠くから中の様子を窺うことは出来なくなってしまった。あの濃度だと、煙に巻かれた仲間も視界を確保できていないだろう。



「あれ、本当に後退しなくていいのかよ……援護必要だろ」


 橋上の部隊が後方の爆発に気を取られ、僅かな不安が首を擡げる。助けなくていいのか、だが政治将校に刃向ってまで後退するのか。待っていれば後続の部隊が援護に駆け付けられるのではないか。


 そんな逡巡で、一瞬男達の動きが止まる。





 念入りな準備を常とする少女が、その隙を見逃すはずがなかった。





 戦車に随伴していた兵士が突如頭を破壊され、戦車の前面装甲に赤の彩りを加える。弾丸が隊員の頭を貫く時、その耳に聞こえるのは少しの風切り音のみ。きっと何が起きたか理解する事もなく、何かが起きたことすら知ることなく、彼はその体を道路に横たえた。



「前方にスナイパーだ! 全員車両の陰へ!」


 咄嗟の反応を見せた隊員が叫び終えた直後、黙りこむ。何かと思いアズマが車両の脇から覗き込むと、道路には頭の破損した遺体が2つ転がっていた。それはその場にいた全員に圧倒的な緊張をもたらし、同時に怒りを抱かせた。



「くそっ! こちらアイリス3、スナイパーだ! イズモとミナモトが一撃でやられた! 橋の入り口の制圧を任せる!」


 無線を流し、煙中にいる仲間に呼びかけた。数瞬後に反応があったが、コードネームを言い終わる前に鋭いノイズが走り、直後に地面が揺れる。三度(みたび)爆発が起こったと気付くのに然程時間はかからなかった。




「二人が……くそっ。どうする? 後退して態勢を整えてから再度進撃するか、このまま強行突破か」


 ニシは拳を車両に打ち付けて、頭を振る。


「俺としては態勢を整えたいな。こんな少数で進んだら格好の的でしかない、一体何のために3千人いるんだって話だよ。ヒロ、そっちはどうだ?」


 アズマとニシを含めた4人をその巨体の陰に隠した車両の中、スナイパーを探している筈のヒロに声を掛ける。



「俺も同じくだよ。スナイパーが見つからない、そもそも車に暗視装置がないせいで良く見えないし、どうやら相手は俺達を確実に殺せる瞬間まで狙撃してこないらしい。

 せめて大まかな位置さえ分かれば牽制できるんだが、それも出来ないなら合流するべきだ。……まあ、そもそも俺たちに選択権があるとは思えないが」


 諦めの感情が見え隠れするのは、気のせいではないだろう。


「こちらアイリス1、ラッシュ1へ進言します。後方の部隊と合流してはどうですか?」


「――この程度の反撃どうとでもなるだろう! 予定通り進軍する!――」


「了解……浮かばれねえな」



 ここまで来てなお予定に拘泥する政治将校に、そして予感があったにも関わらず橋のど真ん中まで来てしまった自分達に歯噛みし、アズマは車体を叩いた。






 一方、橋の入り口では、未だ晴れない霧の中で密集した兵士達の塊が蠢いていた。



「おい、そっちは何か見えたか!?」


「駄目だ、煙が深すぎて何も見えん!」


「早く合流しないと、後であいつに殺されるぞ!」


 そんな叫びがあちらこちらから聞こえてきたかと思うと、再び爆発が起こり一つの塊が吹き飛ばされる。



「くそっ、今の爆発は敵か!? 戦車部隊、手を貸してくれ!」


「馬鹿野郎、俺達も吹き飛ばされるぞ! 戦車部隊は待機してろ!」


 錯綜する情報が耳を叩き、今にも切れそうなほど緊張の糸が張る。だが、今度の爆発は一度では終わらなかった。



 塊になった彼らの周りでいくつもの手榴弾が爆発し、悲鳴と、絵の具に浸した筆を振りまわしたような音が聞こえてくる度に彼等は戦慄した。その音が、実際には血しぶきが舞う音だと、意識したくはなかった。



 やがて集団としての統率を失う直前まで追い詰められた彼等の前で、銃声が鳴り響く。身の竦むような爆発音に恐怖していた集団は、誰かが放った「敵がいるぞ!」という声につられて引金に掛けられたままだった指を引く。するとたちまち全員に誘発していき、最後の一人が弾を一つ残らず撃ち尽くすまで止まらない。



 鈍い薬莢を足で蹴りながら確認に向かうと、その場には自分達と同じ装備をした仲間達が倒れていた。自分達が敵と思い込んでいた人間が仲間だったことに気がつき、全身が総毛立つ。アズマが笑えないと言った事態が現実となったことを、目の当たりにしてしまっていた。




 するとそこに3発の凶弾が撃ち込まれ、仲間が腹部を抑える。彼を介抱しようと一人が近付くと、目の前に複数の人間が立っていることに気がついた。立っているだけではない、細長い筒をこちらに向けていることにも。


 ――やめろ、俺達は仲間だ! 


 そんな言葉が脳内を駆け巡るが、口に出したかどうかわからないまま数十の筒が火を噴く。






 継続的に焚かれ続ける煙の中では、そんな恐ろしい絵図が繰り広げられていた。






「良い感じに混乱してるし、こんなところでいいかな」


 煙の中から、複数のドッグタグを絡めた両手にM93R(機関拳銃)を持った、しなやかな筋肉を宿した少女、サナが出てくる。

 彼女はそこかしこに手榴弾を放り、敵兵の塊に向け凶弾を放つとすぐさま離脱する。後は直接手を下さなくとも、爆発によって追い詰められた兵士達は自壊していく。統率を無くした兵士達は彼女の予想を大きく超えて混乱していたため、それを利用したのだ。



「――サナ、そっちは平気?――」


「へーき、混乱してるから同士討ちさせてる。他はどう?」


 サナは無線の先にいるミズキに、この戦闘全体の様子を尋ねた。


「――ヒカリはビルの上で橋上の部隊を足止め中。シュンは10個あるうちの8つ目の橋桁に爆弾を設置しているところ。ゲリラ部隊が合流したチームはサナよりも後方で、後続部隊とこの場の部隊を、可能な限り分断させている――」


「それじゃ、大体私達の作戦通りにいってるってことね。流石シュンとミズキ、二人の作戦なら安心できるわ」



 この作戦の目的は、イーストブロックにいるAGMOZ及び近隣住民の避難支援。手段はこの橋で可能な限り軍の足止めをし、時間を稼ぐ。直接戦闘では万に一つでも、毛先程も、一厘も勝つ見込みの無いレジスタンスと軍の彼我戦力差で、唯一遂行可能“かもしれない”作戦がこの寸断包囲(モッティ)作戦だった。



 しかも、ただ橋を落とせばいいわけではない。出来得る限り軍の戦力を削ぎ落とし、「簡単に雑草を摘めると思ったら大間違いだ」とアピールする必要がある。





「――ちょっと待って。橋上の部隊が前進を再開した。ヒカリも狙える位置にいる兵士は倒しているけど、部隊は戦車と歩兵戦闘車を盾にじわじわ進んできている――」


「ええっ? 私はてっきりこっちに戻って後続と合流すると思ってたけど。そんなに馬鹿なの? それとも、私達の人数が少ないってばれてる?」


 常識的に考え、前後を敵に挟まれた橋上の部隊は、仲間と合流する事を選ぶと思っていた。一昔前とは違い、この現代で『多少の損失ならしょうがない』なんて切り捨てが行われるとは考えていなかった。それならレジスタンスは時間を稼ぐことができるので、“作戦としての勝利”に一歩近づく。

 だが実際の知らせは、それとは真逆のものだった。



「――恐らく、各部隊に配属されている将校の下した命令。確か軍の上層部が各部隊に監視役を配置したらしい。その上督戦部隊もいるみたい――」


「……それは可哀想に。だって確か、橋の上にはシュンが……」



 そこまで言ったところで、先程までの手榴弾による爆発よりも数段強い振動が辺りを襲う。



「言ってる傍から炸裂したわね……」


「――こちらシュン。橋の上には申し訳程度に僕の地雷を設置しといたよ。あんまり時間が無かったから多くは設置できなかったけど、時間があったら事前にこの作業を終わらせてるからね――」


 シュンは現在橋の下で橋桁に爆薬を設置している筈だが、一段落ついたのだろうか。



「いつも思うけど、よく爆弾とか作れるよね……」


「――銃が使えない分、一生懸命勉強したからね。これから9つ目の爆薬の設置にかかるね――」


 どうやら次の橋桁に差しかかったらしい。順調に行動してる仲間に負けられないと、サナはM93Rをリロードし、煙中へ消えていった。






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