疑雲なき眼
私には、何の力もない。格闘術で敵を倒すことも出来ないし、銃を使って戦うことも出来ない。爆弾が投げられて慌てる皆を落ち着かせることも出来なかったし、目覚めて軍人さんとレジスタンスの人たちが疑心暗鬼になっているときも、私には探偵の所から助け出された女の子の傍にいることしか出来なかった。
必ず真実を見つけ出します! 街中で見つけられる探偵の広告には、よくこの一文が入ってる。だけどその『真実』っていうのは、いつも納得がいくものじゃなかった。他人が『真実』って言って持ってくるものは、常に私に心の準備をさせてはくれなかった。だから私は、真実って言葉は嫌い。
「そうだ、銃は決して下げるなよー。あっ、おいそこ、銃を体に付けて楽すんな」
サウスブロックの射撃場で、レジスタンスのメンバーの人たちが銃を胸元まで持ち上げたまま走ってる。あの銃を洋館で一度だけ持たせてもらったことがあるけど、とっても重たい。例えるなら、両手にそれぞれ2リットルのペットボトルを持つ感じ。それを持ったまま、腕を振ることも出来ないで走るのはとっても大変だ。私には出来そうにない。
最初からわかってはいた。覚悟だって自分なりにしてた。それでもレジスタンスという組織を見てると、嫌でも私の無力さを痛感させられる。
だから、私には私の出来ることをやるしかない。皆をファインダーに収めると、レバーを回して巻き上げて、ボタンを押して訓練の風景を切り取った。
「おいサクラ、何してんだ?」
突然後ろから声をかけられて、私は「わ」と飛び出た声を拾い集めるように両手で口を塞ぐ。それから振り返って、そこに見知った顔があることに安堵した。
「アズマさん! 何してるって、見て分かる通り写真撮ってんの! 私に出来るのは記録することだけだもん」
「それはいいが……間違っても無関係の奴には見せないでくれよ。俺たちがレジスタンスに協力してるなんてこと、絶対にバレるわけにはいかない」
「だいじょーぶだいじょーぶ、そんなことしないから!」
だったらいいが、って言ってコーヒーを飲むアズマさんの写真を撮ると、私はその場を離れる。今日は即応隊の人たちが何人か来ていて、レジスタンスの訓練を見てくれてる。そのせいもあってか皆熱心に走ったり、格闘したり、銃を撃ったりしていて、私はその顔一つ一つをゆっくり眺めながら、何人かの写真を撮っていた。別にイケメンとか気に入った人を撮ってるわけじゃない。まあある意味、“気になった人”ではあるけど。
私は昨日、サク君に会議室に一人呼び出された。中に入るとサク君が一番奥に座ってて、その目の前にアイさんっていうお医者さんがお茶を置くところだった。その人は私に気付くと頭を下げて、温かいお茶を私から一番近いテーブルの上に置いて、「どうぞ」と微笑んでくれる。それにお礼を言って椅子に座ると、サク君は目配せをしてアイさんを部屋から出した。
パタンと小さく扉が閉まるのを待って、サク君はお茶を啜る。どうやら私のとは熱さが違うみたいで、私のはゆっくりなら飲める温かさだった。あの人はお茶の好みまで把握してるのかもしれない、流石はお医者さん。
「……もしかして私、何か悪いことしちゃった? 一応、撮っちゃいけなさそうなのは撮らないようにしたんだけど……あ、それとも探偵事務所でコウ君の名前呼んじゃったこと? あれは本当にごめん……」
「いや、謝るのは俺の方だ。こないだの公園で危険な目に遭わせてしまって、本当に申し訳ない。この通りだ」
私が謝ったのに逆に謝り返されて、私は慌てて首を振る。公園って言うのは、軍人さんたちに人質を引き渡すときのことだ。確かに怖い思いはしたけど、あれは突然襲われたんだからしょうがない。私だって、危険と遭遇するかもしれないって思ってたから、別に気にしてない。
それをそのままサク君に伝えると、心底安心したように表情を緩めた。
「私が呼ばれたのってそれだけ?」
拍子抜けした私は、お茶を一気に飲んで席から立ち上がる。だけどどうやら用件は他にもあるみたいで、サク君は座ったまま、緩んだ表情をすぐに元通りにさせて言ったんだ。
「裏切者が、いるかもしれない」
「……なんでそんなこと、私に……」
椅子の背もたれに手をついて、ただただ困惑する。言っちゃあれだけど、私はレジスタンスのメンバー全員を知ってるわけじゃない。それにこれはとても重要なことだと思う、機密情報ってやつ。間違いなく、部外者でしかない私に言っていい事じゃないよ。
「正直言うと、証拠がないんだ。そもそも本当にメンバーの中に裏切者がいるのかすら怪しい。だから今は、不確かな憶測で結束を崩したくはない。その点、サクラは良くも悪くもレジスタンスじゃない。だからお前に一つ、頼みたいことがあるんだ」
「ちょちょ、私に何か頼まれても無理だよ!?」
両手を振って断ろうとする。だって私には精々写真を撮るくらいしか出来ないし……
「大丈夫だ、難しい事じゃない。サクラには写真を撮ってもらいたいんだ」
「カメラ使うことしか出来ないから私には……へ? 写真?」
思ったより単純な頼み事で、私はサク君の言葉を反芻する。
「順を追って説明しよう。先週、俺たちが探偵の事務所を制圧して発見した、大昔に廃棄されたと思しき地下刑務所で、ヒカリ、サナ、コウが捕えられていた市民39人を保護した。だが彼らはサウスブロックだけでなく他の地域で暮らす人もいたため、俺達だけで送り届けるのは手間がかかる。それに全国に広がる探偵の事務所を潰すのも俺達だけじゃ無理だ。
そこでヒカリが、即応隊に協力を仰ぐことを発案した。結果的に言えばメンバーたちは皆受け入れてくれたが、内心で快く思ってなかったとしても何もおかしくない」
そこまでは知っている。私もひーちゃんが皆に提案したところは見てた。皆少し難しそうな顔をしてたけど、誰も文句や否定の言葉は口にしなかった。
「それにヒカリが軍に連絡をしたのはその日のうち、ピースブリッジ作戦が始まったのはその次の日だ。万が一メンバーの家族や友人がスパイで、たまたま口を滑らしたメンバーの話を聞いてあの謎の組織が動いたにしてはあまりに素早く、そして準備が良すぎる。
答えは一つ。レジスタンスか即応隊に、スパイがいるんだ」
サク君の言葉を思い出しながら、訓練する皆の顔を見て写真を撮っていく。どうせ私にはスパイだとか裏切り者だとかを見極めることは出来ないんだから、他の人と比べてどこか違和感のある人とか、何となく気になった人をとりあえず撮る。本当は、そんな人がいるなんて信じたくはないんだけど。
「ほら、ナイフだけに気を取られない! 相手の両手両足全てが武器よ!」
隅の芝生の上で、さっちゃんがゴムのナイフを持って格闘してる。円形の戦場の周りに沢山の人が固まってて、さっちゃんに転がされた人は交代すると筋トレをしだしてる。
「現実じゃ筋トレじゃ済まないわよ!? 受け身忘れないで、一息つくな!」
さっちゃん自身も肩で息をするくらい疲れてそうなのに、大きな声で指示を出しつつ勝ち続ける。私はそんな風景を見つつ、さっちゃんを、そして全身に草とか土をつけて悔しそうな顔をしてる人たち数人を撮影した。
「よーし、よくやった! なんだ、お前ら基礎体力はしっかりあるみたいだな。これなら一か月もやればうちと同じメニューでも何人か付いて来れそうだな」
走り込みから帰ってきたレジスタンスの人たちを、即応隊のヒロ? って人が優しく出迎える。皆全身から汗だらだらで、ヒロさんが用意してたタオルとか飲み物にかじりついてる。優しそうとは違うかな。単純に気さくな人なんだろうな。他の即応隊の人は、アズマさんもそうだけど、あそこまで親しげじゃなかった。もちろん、ひーちゃんとかに対しては別だけど。
昨日までの私だったら、軍人さんとレジスタンスが仲良くなれるって、手放しで喜んでた。だけどサク君の言葉を聞いてしまったら、どうしても、その“裏”に考えを巡らせずにはいられなかった。だからその横顔に向かって、レンズを向ける。
「すいません、こっちの射場使いますね!」
一際大きな声が射撃場に響く。何個か箱をまとめて背負ったみーちゃんとひーちゃんが、4人くらいのメンバーを引き連れてくるのが見えた。ひーちゃんは左肩から腕までに黒いサポーターと白い三角巾を付けてて、見てるこっちが痛々しいよ。
「あっ、サクラちゃん。こんなところでどうしたの?」
私に気付いたひーちゃんが右手を振ってくれるけど、その表情はとても固い。友達だっていうのに、思わず緊張してしまう。
「うっ、ううん、特になんも! 即応隊とレジスタンスの協力の証を、きちんと残しておこうと思って写真撮ってるの。それよりひーちゃん、怪我の具合はどう?」
「もう大丈夫。そんなすぐに神経は回復しないけど、暫く安静にしてからリハビリすればほとんど元通りにはなるみたい。末梢神経は少しずつ回復するそうだから、いつかは指も問題なく動くはず」
なんでも、敵に腕を取られて後ろにひねられたのにも関わらず全力で殴り掛かったらしい。関節の可動域を大幅に超えた動きをしたせいで、指先がぴりぴりするって言ってた。
「そっか! ひーちゃんが無事で良かったよ! だけど無理しちゃダメだよ? 無理したら治るものも治んないんだから」
きっとひーちゃんのことだから、また自分のことなんて気にしないで銃の練習とかして肩を痛めちゃうんだから、きちんと注意しないと。良かれと思って言ったその言葉に、私はすぐに後悔する。
「……そうだね。私は無事、まだこうして戦える。だから私たちが、怪我をした人たちの代わりに戦わなくちゃ」
テーブルに箱を置いたみーちゃんが嫌そうな顔をしてるけど何も言わない。ううん、何も言えないんだ。私たちは何もできてないから。ただあの公園で眠ってただけだもん。
それに……それに、傷つけられた人たちがいるのも事実。一歩間違えたら皆死んでたんだ、目の前でそれをやられたひーちゃんが許せるわけない。許せるわけないよ。
「……あれ? いない……」
病院の診療室を開けて、中にいたお医者さんに不審そうな目で見られる。六日前、公園で軍人さんに、探偵たちに捕まってた人を引き渡したあと、私はひーちゃんと一緒に病院にいった。怪我をした人たちは先に病院に搬送されていったから、私はそのお見舞い。ひーちゃんは肩が脱臼してるから、それを治してもらいに。
「じゃあ、私は受付行ってくるね」
「あ、うん。早めに終わったらロビーで待っててね!」
ひーちゃんは左腕を押さえながら一直線に病院の中を歩いてく。今度一緒にやるらしい作戦の打ち合わせをどうしてもしたいってひーちゃんがわがまま言うから、こんなに病院に行くのが遅れちゃった。でも流石にまだ帰ってはいないと思うから、とりあえずコウ君を探して病院を歩いてみることにした。
「……君か。もう打ち合わせは終わったのかい?」
院内図を見ながら暫く廊下を歩いてると、腕に包帯を巻いた軍人さんが壁に寄りかかって立ってるのが見えた。確か仲間から、ニシって呼ばれてた人だ。ひーちゃんと一緒に走った夜のサウスブロックとかあの廃工場とか、何度か話したことがある。
「あっ、うん、終わったよ! えーと、ニシさん? は怪我は大丈夫なの?」
「ああ、爆風に吹き飛ばされただけだ、打撲と火傷くらいさ。あの子を探してるのか?」
「そうなの、コ……じゃなくて、その、レジスタンスのスナイパーの女の子を助けに行ったチームの、あの男の子のことなんだけど……」
また間違えて名前を呼びそうになって、慌てて言い方を変える。こんな誰かを呼ぶのにこんな回りくどい言い方したの初めて。
「わかってるよ、あの子はそこの小部屋だ。すぐそこを右の、そう、そこだ」
指さした先には、壁の切れ目があった。小部屋って言うから扉を探してたんだけど、どうやら部屋っていうより、喫煙所くらいの大きさみたい。ニシさんにお礼を言って、壁から中を覗いてみた。膝に肘を乗っけて項垂れるコウ君が正面に座ってた。
「……サクラ? どうした、こんなとこ来て」
コウ君が隣に立った私に気付いて、不思議そうに眉間にしわを寄せる。
「軍人さんとの話し合いが終わったから、ひーちゃん連れてお見舞いしに来たの。怪我は大丈夫?」
「俺? こんなの怪我のうちにも入んねえよ、心配すんな」
そう言うコウ君の笑いは、左頬の火傷に貼ったおっきな絆創膏が邪魔で少し歪んでる。私はその斜め前に座って、どこか気が腐っちゃってるコウ君を慰めようと思った。
「……でも、爆弾が爆発したんでしょ? それなのに火傷で済んだのは良かったよ。他の人は皆結構怪我しちゃってるみたいだし……」
「……俺は、庇ってもらったからな」
自分をバカにするみたいに吐き捨てる。そういう言い方とか笑い方すっごい嫌いだけどさ、こんなところでそんなことは言わないよ。
「……じゃあ、そこの手術室にいる人が……」
流石に私にだって、なんでコウ君がこんなスペースにいるのかとか、ニシさんが廊下でずっと立ってたのかくらいはわかってる。ニシさんの目の前にあった手術中灯は、今でも真っ赤に光ってる。
「ああ、そうだ。目の前のゴミ箱が爆発する瞬間、軍の狙撃手が爆弾に気付いたみたいで、間に入って俺を庇ったんだ。だから俺はこうして火傷なんかで済んでるし、あの人は背中が吹き飛ばされて今でも手術中なんだよ」
やるせなさそうに手を握ったり開いたりしていたコウ君は、誰かの気配に気づいて小部屋の入り口を見る。そこには左腕を三角巾で吊ったひーちゃんが立ってた。
「……ヒカリ。お前、肩は平気か?」
「とりあえず急ぎで整復はしてもらったけど、細かい検査とかはこれから。まだ肩は痛いし、なんとなくだけど尺骨神経とかが……腕の内側にある神経がボロボロなんだと思う。小指と薬指がピリピリして、上手く動かせなくなっちゃった」
自分の指が上手く動かないって言ってるのに、その表情はとっても落ち着いてる。だけどそれと反対に、コウ君はどこか落ち着かないようだった。
「……まじか。あー、それは、あの……お前に銃を突き付けてた奴のせいか?」
「…………トリプルダブル作戦のあとに二の腕を撃たれたのも原因だと思うし、工場で……高圧ガスを小指側にもろに受けたのも大きいよ。極められた状態で私が強引に逃げたのが一番の問題だろうけど……だけど誰のせいかって言われたら、コウの言う通り、『あいつ』のせい」
「……そうか」
私はこの時、なんだか不思議な違和感を感じた。なんだか二人の様子がおかしい気がする。コウ君もなんかよそよそしいけど、それだけじゃなくてひーちゃんも、なんか変。
「どうしたの? サクラちゃん」
コウ君の斜め前、私の正面に座ったひーちゃんは、無意識にずっと見てた私の視線に気が付いて不思議そうに見つめ返してくる。
「その、えっと……左肩、痛くないの?」
三角巾で腕を吊ってる姿を見るのはとっても痛々しい。なのにひーちゃんはずっと涼しい表情のまま。それが私にはどうしても不思議だった。
「正直、今はそこまで痛くないよ。まあ『脱臼した瞬間よりは』って意味だけど。あの感触とか音は、ちょっと忘れられないかな」
まるで大昔にあった出来事みたいに、ちょっとおどけながらひーちゃんは話す。そのせいで私はその場面を少しだけ想像しちゃって、嫌な気持ちになる。だけどきっと、銃で撃たれるのも、爆弾で吹き飛ばされるのも、私が想像したものより数倍、ううん数十倍痛いはず。多分それと同じで……
バン! っていう銃声が響いて、私はびっくりして意識を引き戻す。ひーちゃんが連れてきた仲間の人たちに、すっごい遠くに立ってる的を狙わせてるみたい。多分、スナイパーの練習なのかな?
「ヒカリちゃん、ちょっといいかな。ウェストブロックのやつからこの銃を買ったのはいいんだけど、いまいちサイトの見方がわからないんだ……説明書がついてなくてさ」
「ミドさんはドラグノフでしたよね。そのスコープ、左側に1.7mの距離計は付いてますか? 反比例みたいな線の上に2、4、6と、線の下に1.7って書いてあると思うんですけど」
「ああ、あるね。これって距離計だったんだな……」
「ああ、じゃあそれPSO-1ですね。それは要するに、その線に身長170cmの人を合わせた時に、上の数字が2の所で合えば200m、4なら400mってことです。横にある定規みたいな縦線は1ミルごとに打ってあるので、それで車とか戦車の横幅見るのでも距離は測れますよ。でも基本的には目測してから距離見てほしいです、ずっと頼るわけにもいかないので。で、中心の上矢印みたいなのは1kmまでは一番上の……」
よくわかんない事を話すひーちゃんの顔は、こないだ病院で見た冷静な顔とは違ってどこか楽しそう。射撃が好きなんだろうな。きっとこの表情には、『嘘』はない。
「サクラ、もう一つあるんだ」
昨日、『レジスタンスか即応隊にスパイがいる』って話を聞かされたあと、部屋を出ようとした私をサク君が呼び止めた時のことを思い出す。
「え、まだあるの? フィルム現像しようと思ってたんだけど……」
フィルムを現像しようと思ってたのは本当。だけどそれ以上に、すぐにあの部屋を出たかったの。なんだかサク君が、私が聞きたくなさそうな話をしようとしてるのを、何となく感じたから。
「聞きたくないのはわかる。サクラももしかしたら感じてるんだろ?」
「……さあ、私はしょせんただのカメラガールだから、よくわかんないよ」
「じゃあ言葉にして伝えよう。……スパイかどうかはわからない。だがレジスタンスで一番怪しいのは、ヒカリだ」
その表情は、冗談には見えない。
「……ひーちゃんは、幼馴染なんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「それなのに疑うの?」
「好きで疑ってるわけじゃない。ただ状況を冷静に見た時、あいつの周りでおかしなことが起きてるのは事実なんだ。
トリプルダブル作戦の終了間際に突然友達と会いたいと言ったこと、その友達と遊んでる最中に軍の襲撃を受けたこと、廃工場の外周にいたメンバーが探偵以外の何者かによって気絶させられていたにもかかわらず、警戒しなくてもいいと考えたこと。そして何より先週のピースブリッジ作戦、狙撃手は皆非致死性の攻撃を受けたにもかかわらず、ヒカリだけは即座に追撃出来る事からわかる通り無傷だった。そして、追撃部隊に急遽編制したコウや即応隊員は爆発物で重軽傷を負わされたにもかかわらず、単身でアンノウンを追跡し接触したヒカリは脱臼だけで済んでいる」
サク君がひーちゃんを疑う理由はわかる。普通は疑うよね。……それは、わかるけど……
「それに、あれから追撃部隊やヒカリに話を聞いたが、あいつは間違いなく情報を隠そうとしていた。
ヒカリは『敵部隊長とみられる二人組を追跡するも発見され、拘束を受ける。一度は逃れて反撃に出たものの掌底を受け倒れた。その時、追撃部隊に気付いた女が爆薬のスイッチを入れる。その後隙を突いて拳銃を乱射、殴打するも一人の腕に骨折程度の打撃を与えたのみ。すぐに左肩関節を極められ、強引に抜け出すも睡眠ガスを嗅がされ失神』という報告だった。
一方コウは『俺たちが、ヒカリからGPSが最後に送られてきた地点に近づいた時、仰向けのヒカリが女に銃を向けられていた。その後、女が仲間と何か喋った直後、爆弾が炸裂した。それから先のことは気を失っていたからわからない』と言ってる」
神妙にして話を聞いてたけど、サク君が何を言いたいのか、私にはよくわかんなかった。
「簡単な話だ、どうして二人とも『男』という言葉を報告に入れなかった? 作戦中にヒカリとやりとりした内容を俺はまだ覚えてる、あいつは確かに『男を追跡してる、今は女もいる』と言っていた。それなのに二人とも、口を揃えて女の情報ばかり。まるで意図的に言わないようにしているみたいにな」
「それは……別に、大して報告するようなことをその男の人はやってなかったんじゃない? 女の人はスイッチ押したり銃を持ってたから、そっちのことばっか覚えちゃっただけで」
「俺もそう思い、意識の回復を待って追撃部隊に加わった軍の狙撃手にも話を聞いた。彼は病院のベッドの上で懸命に思い出して、断言してくれたよ。『俺が見た時、レジスタンスの狙撃手の他には女が二人いた。駐車場に来た男の姿はどこにもなかった』とな。つまりコウが男について何も言わなかったのは、その場にいなかったからだ。
だがヒカリは何故、男が離脱したことを、そして新たに別の女が来たことを報告しない? 言い忘れただけなら――考えにくいが、それなら別にいい。だが意図的に報告しなかったのなら……問いただす必要がある」
サク君がよーく考えてることはわかってる。適当にこんなことを他人に話すような人じゃないって。それでも私は、友達が別の友達の事を疑ってるなんて、知りたくはなかった。サク君の言ってることが真実なんて、考えたくもなかった。
「だったら、直接聞いてみたら? どうして報告漏れがあるのかって」
そんな単純な話じゃないのはわかってるけど、つい、淡い期待を口にしちゃう。ほんの少しの嫌な気分を乗せて。
「万が一ヒカリが情報を漏らしてるなら、更に別の嘘で塗り固められるだけだ。こちらとしては、疑ってると知られることなく探りを入れたい。だからサクラ、それとなくあいつの様子を窺ってくれないか? 万が一誰かと連絡を取り合っているようだったら教えてほしい。俺たちは『真実』を知らなければならないんだ」
私はそんなことやりたくない。真実なんて興味ない。友達を疑って、裏切るみたいな真似は嫌だよ。それはひーちゃんだって同じなはず。それなのに、それなのにサク君は……
「……サク君は、ひーちゃんのこと嫌いなの?」
隠れて友達の様子を探るなんて嫌で、だから私は、また、考えなしにそういうことを言ってしまう。それでサク君の表情を見て、すぐに自分がどれだけ人の気持ちを考えていなかったのかわかるんだ。
「俺はレジスタンスのリーダーだ、全メンバーを率いる人間なんだ。彼らの中には男も女も、初老の年長者から小さな子供までいる。彼らは皆俺たちを信じて付いて来てくれてる、俺はそんな皆の命を預かっているんだ。例え幼馴染だろうと、そこは譲れない」
サク君の表情は何も変わらない。口を真一文字に結んだまま、肯定も否定もしてくれない。傷付いた様子もないし「そんなわけないだろ」って笑い飛ばしてもくれない。だからこそ、多分サク君を傷付けてしまった。嫌いだから疑うなんてこと、子供しかしないのに。
「……ごめんね、私が無遠慮だった」
「いいんだ、そう思われても仕方ない。……好きか嫌いかは難しいな。好きな面もあるし、嫌いな点も見えてくる。それでも確かに言えるのは……あいつは、大切な存在だってことだ」
きっとサク君は、信じてるから、信じたいからこそ、疑念を晴らしたいんだ。
あっちこっち歩き回って仲間に銃の使い方を教えてるひーちゃんの姿を、私は射撃台に腰かけて横から眺めてる。その姿は生き生きとしてて、憂いなんて何にもなさそう。
それでも仲間の射撃を後ろから見守ってるとき、なんでか寂しそうな顔をする。一際強い風が吹いて髪が揺れるとき、ひーちゃんの目はどこか遠くを見る。小さく口を開いて何かを――それか誰かの名前を呟いたとき、まるで痛みを堪えるように眉をひそめる。それが何か昔を思い出してるのか、裏切って後悔したりしてるのか、私には判別がつかない。だから私は、少し遠くからカメラを構える。
サク君と話してからずっと触ってた私のカメラ。このカメラはデジカメとか一眼レフとは違うから、リアルタイムでレンズに映ってる画像を確認することは出来ない。ファインダーを覗いて、二重像を重ねて、パシャリ。ファインダーはただの小窓みたいなものだから、少し青みがかってはいるけど、まるで肉眼で見る景色と何も変わらない。撮れる写真は目の前の光景を切り取るようにも見えるし、ちょっと古臭くもある。それに新しいカメラにある沢山の機能とかも付いてない。
だからこそ思ったの。私はただ、目の前に起きたものを信じようって。ひーちゃんの奥底にどんな想いがあるのかなんて私にはわかりっこない。裏切り、策略、そういうのも苦手。だけど目の前の事実を受け入れることは出来る。ただ皆を見て、色んなものを見て、それでわかったことが、私の真実だ。嘘は苦手だし嫌いだから、私にはこれが一番性に合う。
これからひーちゃんが何をするのか、そしてレジスタンスがどうなるのか、私は見届けたいと思う。皆を裏切って誰かと連絡を取るのか、それともサク君の思い違いなのか。レジスタンスが本当にオージアを解放するのか、それとも、諦めちゃうのか。
だけどとりあえず、私はシャッターを切る。写真に撮られると魂が抜かれる、なんて言うんでしょ? だから私は、同年代の少女がするものには到底思えないその表情を写真に撮った。その表情が永遠にフィルムに閉じ込められるようにと、願いを込めて。