オペレーション:クローバー ~Side East~
ここから、オージア陸軍兵士の視点が入っていきます。適当に漢字を羅列させたかのような読みにくい所属になってしまっていることを、先んじて謝らせて頂きたいと思います。
この国、セントラルオージア――通称オージア――は11年前に世界大戦が終結してから、超大国としてその名を馳せた。北は北極圏から南は赤道直下、西は本初子午線、東は日付変更線にまたがる最大の大陸の内8割を支配しており、実に地球上の陸地の25パーセント以上を一国が所有している計算になる。
拡大を続けたオージアは現在、首都セントラルシティと各方位の四つのブロックからなる五つの地方、そしてそのどれにも属さない町、集落、村落で出来ていた。
ノースブロックでは鉱山資源が豊富に取れ、ウエストブロックにはそれらを加工するための工場が多く設置されているが、一番新しくこの国に併呑された地域であるため、未だ治安が悪かった。
イーストブロックは輸出の中心地であり、同時に経済の中心地でもある。ヒカリ達の住むサウスブロックは一番居住者が多く、駐留軍も少なく、そしてレジスタンスの活動によって、軍政権となった今でも他より平和を保っているブロックだった。
「――どうだ、アズマ?――」
「問題無い。もう大丈夫だ、ヒロ」
停止した装甲車輛の前方を警戒していたアズマと呼ばれた歩兵は、後ろでエンジンを燻らせている車両を叩き、その中で待機している車長の名前を呼ぶ。数時間前から継続的に彼等を襲うゲリラ部隊の地雷を警戒し、各車両の乗員は冬の真夜中に道路の地雷検知という苦行をする羽目になっていた。
悪態のつく仲間を無視し、旧友との会話を優先する。
「――寒い中悪いな――」
「こんなとこで死ぬよりはましだろ。……こちらアイリス3、脅威なし。地雷は一つも埋まって無い」
アズマは自分のコード名――アイリス3――を名乗ってから、道路の無事を旅団長に告げた。
「――こちらラッシュ1、了解。各員は車両に戻れ、進軍を再開する――」
無線を聞きながら、縦一列となった戦車4台の後ろに付けてあるIFV――LAV―25――に乗りこみ、両手を脇の下へ潜らせた。
「――こちらアイリス1、少し停止してはどうですか? 隊列後方の歩兵に遅れが出ています。落伍者はいませんが、負担が……――」
車長でありアズマの昔からの友でもあるヒロは、自らのフォネティックコード――アイリス1を名乗り、この部隊全てを独善的に支配している政治将校に呼び掛けた。
「――こちらラッシュ1、それはならん。ブリーフィングでも言われたとおり、作戦の遅延は認めない。ただでさえ敵性工作員のせいで大幅に遅れが出ているんだ、これ以上は許容できない――」
しかし政治将校は、当然のように部下の意見を受け付けずに前進を続ける。
「――ですが、それでは3千人を動かした意味が……――」
「――首が飛ぶのと、頭が吹き飛ばされるの、どっちがいい?――」
「――……失礼しました――」
LAVの中で無線のやり取りを聞いていたアズマは、小さく嘆息する。彼等のように輸送車両の中に詰められて輸送される歩兵はあまり多くなく、だいたいの歩兵は歩いてついてきている。この1月の夜に、重たい装備を担いでだ。車両も比較的鈍行にしてはいるが、どうしても隊列は縦横に伸びていった。
「上も上で、頭が固いもんなぁ」
その声に反応した隣の友人が、アズマを肘で小突く。その口を閉じてくれということだろう。
「だってよ、そもそも一つの旅団を統一できない時点で何らかの計画変更は出来ただろ。大戦時の行軍じゃねえんだから、徒歩と車輛で分かれてたら、そりゃ縦に長くなっても不思議じゃねえよ。
そもそもこんな大部隊を編成した目的が、抗議デモしかしない奴等の一斉検挙或いは射殺、だもんな。その為だけに莫大な金を注ぎ込んで、イーストの駐留軍を使わずに示威行為よろしく一斉行進。ただの行軍訓練より質が悪い。こんなの、気が進まないったらありゃしねえだろ」
「馬鹿野郎、突然何言い出すんだ!」
ここぞとばかりに上への不満を口にしたアズマの隣で、ヒロとは別の友人が慌ててアズマを制止する。その小心は、長い付き合いのアズマとヒロにとってはいつものことだった。
「どっから上に伝わるかわかんねえんだ、思ってても口にしないでくれよ。俺はまだ死にたくねえぞ」
「悪い悪い。だけどニシ、お前は少し心配しすぎだ」
IFVに共に乗車している他の四人の顔を見回す旧友――ニシを見て、少し気の毒にも思えてきた。
「お前そんなこと言って、退却を進言したり不満呟いただけの将校が、何人も処刑だの投獄だのされてるのは、忘れたわけじゃないだろ?」
名前を挙げ、指を一つ一つ折っていく。クーデター後の軍では、そんな前時代の負の遺産の様な方法が実際に執られていた。
「あー……でも、歩兵が3千いて、歩兵を輸送できる車両が16両しかない方がおかしいだろ? しかも定員は6名きっかり。態々行軍させるなら、普通は兵員輸送車両とかつけて、隊が長くならないようにするべきだ。
何よりもまず、戦時中でもないこの時期に、こんな大部隊で移動すること自体がバカバカしいだろ。金も、食料も、燃料も、全てがもったいねえ。
それにだ。今回の作戦は市街地に潜伏してるAGMOZとかいう反乱分子を摘むことで、大した反撃は予想されてなかった。それなのに、出発する前に最新の戦車が破壊されるのはどういうことだ。4個戦車小隊の内半分が破壊されてるんだから、大規模な反撃を警戒して延期にするのが定石じゃないか?」
この部隊は第255・256歩兵大隊と、破壊された第1・2戦車小隊を含む4個戦車小隊による第30戦車大隊、それにアズマ達が所属する第3機械化狙撃兵小隊有する第8機械化狙撃兵大隊の4大隊からなる第15戦闘旅団と呼ばれていた。
内訳としては歩兵3千、LAV-25が16両、M1A1、M1A2エイブラムスが共に8両だったが、現状最新の戦車であるM1A2が8両すべて、サナやヒカリらによる破壊活動によって鉄くずになってしまっていた。
そもそもこの戦闘旅団は元々存在せず、既存の部隊をつい最近強引にまとめ上げただけの寄せ集めだった。国内に急速に広まった反乱の兆しを危惧した政府軍上層部が、国内の治安維持をさらに強固なものにするため、既存の部隊を大改編して反乱分子を全て摘んでしまおうという理由で急遽組んだ旅団。
だが、行軍スピードの全く違う歩兵と車輛を同一の部隊に配属したり、歩兵用の輸送車両が用意されなかったりと、酷いものだった。
また、車輛に関しても国内で運用される物は新旧入り混じった混成部隊。他にも、砲兵部隊が高層ビルの立ち並ぶ都市部に配置されて、全くといっていいほど機能しなかったり。はっきり言って、本当に酷いものだった。
そのくせ金だけはあるものだから、高性能な装備を持つ部隊とそうでない隊との格差はより広がっていく。横の連携の取れなさは、軍全体の問題として何度も取り沙汰されていた。
アズマの話を聞いたニシが、海溝よりも深そうな溜息をつく。
「お前の気持ちはわかるよ。俺も、こいつらも、俺達のずぅっと後ろで必死に行軍してる歩兵大隊の奴らも、多分皆思ってる。だけど、戦車を8両も破壊した敵性工作員の目的を『俺達の作戦の延期』だと上が決定しちまったんだからしょうがないだろ。敵は今の内にAGMOZを避難させてる、この隙に烈火のごとく攻めこめ! ってな」
「はあ……まあ、全部が俺達の思惑通りに行くんなら良いけどな?」
「だから、冗談でも口にしないでくれって……」
そう言って、ニシは念入りに小銃の点検を始めた。
「……あんまり心配性が過ぎると、身を滅ぼさねかねないからな?」
「ご忠告どうも」
何度見たかわからないニシのフィールドストリッピングに、アズマは寧ろ心配になる。それでもニシの気が済むのならと、あまり口を挟むことはしなかった。
最も、アズマがただ眠たかっただけというのもあるだろうが。
未舗装の道を走る荒い振動に身を任せていると、やがて安眠できるほどに速度を落としていたLAVが停止した。それと時を同じくして仲間がドアを開き、外の冷ややかな空気がアズマ達の首筋を舐める。
「もう着きやがった……朝の五時なんだから、俺は眠いんだよ」
誰にも聞こえないぼやきを口にして、大きく欠伸をする。
「――こちらラッシュ1、全軍停止し、歩兵は装甲車両に随伴せよ。これよりイーストブロックへ続く橋を渡る。第3戦車小隊が先陣を切り、第3、4機械化狙撃兵小隊はその後方につけ。第1、2機械化狙撃兵小隊、及び第4戦車小隊は後方の歩兵大隊と共に来い。我々は先んじて橋頭保を確保するぞ――」
第3機械化狙撃兵小隊に所属するアズマとニシはLAVから降り、周囲を警戒する。アズマ達はLAVの四方を固め、不審者に最大限の注意を払っていた。
「それにしても、将校様は少し作戦を急ぎ過ぎてないか?」
「おい、アズマ……!」
「待て待て、今のは俺じゃないって、ミナモトだ」
そう言って傍にいる他の隊員を指差す。だがミナモトはニシの心配をよそに「俺だけじゃない、皆そう思ってるさ。さっきの車の中で誰もアズマに反論しなかったのが良い証拠だ。ニシは少し心配しすぎなんだよ」と肩を竦めた。
アズマ達第15戦闘旅団の前には長い橋――ライナーメモリアルブリッジ――が架かっていた。大昔に途絶えた川の上に架けられたライナー記念橋は古き良き桁橋であり、渡る者に今尚一種の安心感を与えていた。
だが、アズマ達の心に安心感は訪れない。その原因は橋でなく、その向こう側。
「……なあニシ、なんで街の明かりが灯っていないんだ?」
アズマの言うとおり、ライナー記念橋を挟んだ対岸のイーストブロックでは家に光が一つも灯っていなかった。いくら夜中と言えど、巨大な街に明かりが一つもないのはおかしい。そもそも街灯は、停電など余程のことがない限り切れない。
「寒気がしてきやがった……アズマ、気をつけろよ?」
ニシのわざとらしい身震いを見て、アズマは溜息をついた。
「――こちらラッシュ1、総員NVGを着用、警戒態勢を維持しつつ低速で前進しろ――」
横2列に並んだ4台の戦車――M1A1エイブラムス――の後ろに、同じく2列に並ぶIFVのタイヤの傍で、NVG――僅かな光を増幅し視界を確保するための機器――を装着し、銃口を下に提げつつゆっくりと前進する。練度や士気はともかく、金だけはあるオージア陸軍。それが大体の人間による下馬評だった。
ほんの十年前には戦争が繰り広げられた国なので、ある程度人の死というものが身近な存在となってしまっているのです(明後日の方向を見ながら)
よければ感想等を頂けますと、嬉しい限りです