特別編:感謝のしるしを 秘密の願いを
当然のことながら、未成年飲酒はダメ、ゼッタイ
今回は本編から少し離れて、クリスマス特別編です。温かな“もしも”のクリスマスパーティのそれぞれの一幕をお楽しみいただけたら幸いです
「ハッピー……!」
「メリー!」
「クリースマース!!」
サナ、コウ、ヒカリの号令の元、クラッカーが何発も鳴り響く。決して狭くはない洋館は、この日を祝う沢山の歓声に包まれた。
「ほらほら皆、今日は飲んで騒いで、はしゃぐわよ!!」
サナがオレンジジュースの入ったグラスを大きく掲げ、乾杯の音頭を取っている。その姿は普段の動きやすい服装ではなく、肩を出した真っ赤なオフショルダーとスカートのツーピース。俗に言うサンタコスチュームだった。
今日は12月24日。レジスタンスは洋館でクリスマスパーティーを開催したところだ。普段は皆家族や友人と過ごしているが、今年のクリスマスは少し事情が違った。
「……場違い感が凄いな」
軍服姿でシャンパンの入ったグラスを傾ける男たち――アズマ、ニシ、ヒロ、そして彼らの小隊長が洋館の片隅で固まって座っている。彼らはレジスタンスと即応隊間の協力体勢をより強固にするため、として今回のクリスマスパーティーに招かれていた。
「そうかたくならないでくれ、今日は無礼講なんだから。敵意を抱いていたらこんなパーティには招かないさ」
同じくシャンパンを持ったサクが、機嫌の良さそうな表情で近づいていく。
「今日くらいは、何も気にしないで一緒に騒ごう。それで明日は頭痛と一緒に目が覚めて、家でゆっくりクリスマスを迎えればいいんだ」
サクはいつも通りのセミフォーマルな恰好だが、ベストは毛皮の様に茶色く、その頭にはボンボンのついた赤いニット帽を被っている。
「随分楽しんでるようだな、若いリーダー」
「せっかくの場だ、楽しまないと勿体ないだろ?」
小隊長とグラスを軽く打ち鳴らし、シャンパンの風味を鼻から抜かす。二人の眉が僅かに上がった。
「お言葉に甘えるとしよう、お前たちも自由行動を許可する。ただし飲酒は程ほどにしておけよ」
「了解!」
カウンターに置いてある食べ物や飲み物――アルコール、ノンアルコール問わず――が置いた端から無くなっていく。とはいえ今日のパーティーのために数日前から大量に仕入れてある、物量に問題はないだろう。
「あれがお酒……」
「ダメだよ、大人にならないと飲んじゃダメってお母さんに言われたし……」
「へーきだよ、みんな楽しそうに飲んでるし」
男の子と女の子が二人、“大人向け”の飲み物が置いてあるカウンターを見て言い合っているのにシュンが気付く。
「こらこら、子供はこっちだよ。こっちはお酒だから、絶対駄目だよ?」
トナカイの着ぐるみを着たシュンは、カウンターを背伸びして覗く子供たちの肩を叩くと、色んなジュースやクラッカー料理の置いてあるテーブルに顔を向けさせた。だが男の子はシュンの手を振り払い、嫌だと駄々をこねる。
「ぼくだってもう大人だよ、お酒くらい飲める!」
困ったシュンは、少しだけ考えるとカウンターからクラッカーを二つ持ってきて二人に差し出した。
「生ハムのクラッカー、これが美味しいと思うなら、大人の階段を一歩上ってるって僕も認めなきゃなぁ」
二人は顔を見合わせて恐る恐る手を伸ばす。
「……うえぇ、私これきらーい」
女の子が見るからに眉間に皺を寄せている。男の子の方も似たような顔をしていることに気付いていたが、女の子が首を振ったのに気づいて、慌てて全部を一気に流し込んだ。
「……うん……ん、その、大人の味でめっちゃおいしい!」
そんな明らかな強がりにも女の子は目を輝かせて見ている。そんな男の子に水を差し出すと、慌てて飲んで咳き込む背中をシュンはゆっくり撫でた。
「無理な背伸びはやめよっか?」
「……うん」
素直のお返しに頭を撫でる。それから9時を示した時計に気付き、子供たちをベッドルームに行くよう促した。
「ほら、良い子は寝る時間だよ。おやすみ」
「わかった、シュン兄ちゃん。おやすみ!」
「……コウ」
エントランスに続く廊下で、別の部屋から出てきたコウをミズキは鋭く睨みつけた。
「な、なんだよ……そんな睨むなって……」
たじろぐコウにつかつかと歩みより、その耳を引っ張る。
「いったたた、なに、なんだよミズキ!」
「……飲んだでしょ」
息が詰まったかのように、口が空いたまま言葉が出てこない。
「……そんな顔赤い?」
「酒臭い。しかもシャンパンじゃなくてビール臭い。隠し持ってた?」
「はい……サナには内緒で頼む! な?」
両手で拝むコウの口を両手で摘まむ。
「そういう問題じゃない、ちっちゃい子供もいるのを忘れたの? コウの事を真似したらどうするの」
普段と比べていつもより少し熱が入ってるのは、子供の事を思ってだろうか。『子供と触れ合える仕事がしたい』という夢をコウはまだ知らない。それでもミズキの言っていることは100%正しかった。
「ごめんって、俺が考え足らずだった。今はパーティに戻ろうぜ? お互い、説教っていう恰好じゃないし」
ミズキはシュンより深い色のトナカイの着ぐるみ、コウはもふもふの付け髭とセットのサンタの服だ、どうしても気が抜ける。ミズキは少しだけ考える素振りを見せると、頷いてコウの服の裾を引っ張っていった。どことなく様子の違うミズキに戸惑いながらも、藪をつつかないよう口を噤んでついていく。
「……くさいな」
暫く歩き回ってやっと見つけたトイレから戻ったニシは、エントランス全体が異様に酒臭くなっていることに気付く。最初からカウンターの傍で飲んでいた人たちが騒ぎ始めたからというのもあるだろうが、それだけでは説明が付きそうにない。流石に空気で酔うことはないだろうが、酒の弱い人なら少しあてられてもおかしくはなさそうだ。
「ようあんちゃん、飲んでっか?」
エントランスのボルテージの高まりを不審に思いながらもカウンターに座ると、横にいた男性に話しかけられる。既にかなり出来上がっているようだ、気の良さそうな赤ら顔がニシを覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。アルコールはあんまり飲みたくなくてな、明日が怖い」
「おいおい、明日は土曜日だぜ? 花金のアフターダークは酒がなきゃ味気なさすぎるだろ。真の大人ほど、息抜きだってきっちりやるもんだ」
そう言うと、有無を言わさず缶のハイボールをニシの手に押し付けた。
「わかってるよ、安もんさ。だけどこんなパーティだったら、コンビニで買える酒でも十分に酔えるだろ?」
「……まあ、確かにな。そう言えばあいつらは……」
「あんたの連れか? そっちのボスはリーダーと煙草吸いに外に行ったぜ。あの……ヒロっつったか、あいつは上で皆と踊ってる。あんたと違って、堅物じゃないからな」
ブシュ、と缶を開けて男は酒をあおる。その姿に、そして言葉に触発されたのか、男が二口飲むころにはニシも缶のプルタブを倒していた。
「別にパーティが嫌いなわけじゃないさ、ただ臆病なだけだ。酒は口を軽くさせる、今の軍じゃ、余計なことを口にすると生きていけないからな」
「……だからって、自分を殺すのが良いってわけじゃないだろ。俺は別に立場にゃこだわっちゃいねえが、仲間にはあんたらとの協力を不安がってるやつだっている。だけど少なくとも今日ここにきて、あんたらにそれを漏らした奴はいるか?」
「いや……」
「そうだろ。遊びの場にそんなのはナンセンスだし、折角リーダーが何も気にしなくていいって言ってくれてんだ。だったらこの機会に、是非ともお近づきになりたいもんだ」
男は一気に缶を空けると、自らカウンターに立ち引き出しからウイスキーを取り出す。
「俺の見たところ、あんた意外と酒は嫌いじゃないだろ? どうだ、ウイスキーは。苦手だったら、ほれ、カウンターにはシャンパンもあるし、テーブルにはビールだの梅酒だのを置いといたぜ」
「ああ、そうだな、グラスをくれ。…………いや待て、テーブルに酒を置いたって言ったか?」
「ああ、置いた。子供は全員寝たしな、パーティにノンアルは白けるだろ」
悪い顔をして、白髪の男は少しのウイスキーを二つのグラスに注いだ。
「ったく、酒臭いのはあんたの仕業か」
「まあそう言うな、どうせ明日になれば自分の体から同じ匂いがすんだ。それより、このウイスキーは中々いいもんだぞ。エイジング30年、琥珀を溶かしたみてえに濃厚だ」
透き通った茶色の液体に、大きな氷を一つ入れる。差し出されたグラスを受け取って回してみると、仄かに樽の匂いが香ってきた。
「良い香りだ。それと一つ聞きたいんだが……お宅の幹部たち、あれは未成年じゃないのか?」
男は目を閉じ、ゆっくりとウイスキーを口元へ運ぶ。口内で転がし、鼻から抜ける空気を楽しむ。それからゆっくりと瞼を持ち上げると、再び悪い笑顔を浮かべた。
「若いうちに苦い経験をするのもいい事さ、戦いだけじゃなくて、娯楽だって立派な人生だ」
「つまり、忘れてたと。……まあ、俺が言う事は何もないさ。あとで彼女たちに怒られればいい」
「……確かに。間違ったら、きっと彼らは許してくれる」
まるで開き直ったような男に呆れたように笑って、ニシはグラスの氷をカランと鳴らした。
「ほらほらぁ、皆ほんとに楽しんでるの? 笑顔が足りないんじゃない? もっと騒ぎなさいよ、まだ12時もまわってないのよ!?」
ジュースを飲んでいたサナは、メンバーの悪だくみでアルコールとすり替えられていたことにも気づかずに、市販品の軽いカクテルがなみなみと入ったコップをグビグビと飲み干していく。
「なぁんか、これ、酒じゃないわよね……」
手に持った液体を暫く眺めるが、見てもわかるわけがない。結局、暖房と暖炉のせいで火照った――と思い込んでいる――せいで乾いた喉を潤そうと、サナは一息に飲み干した。
「うん? ちょっとシューン、なーに寝ようとしてんの?」
テーブルに突っ伏した幼馴染の背中をバシバシ叩き、サナはシュンの真横に椅子を移動させて隣に座る。頬は見るからに紅潮していて、目もいつもの数倍細くなっていた。
「ん……なんか、すごい暖かくない? それで、ちょっと眠くてさ……ふわぁ……」
手で隠すこともせずに欠伸をし、一度開いた目をまたゆっくりと狭めていく。それがまるで小さな子供の様で、サナはフフッと笑ってその頭を優しく――と言っても少し荒いが――撫でた。
「あんたも多分、酒飲んだわね。多分誰かがチューハイかなんかと入れ替えたっぽい、あとで締めないと……」
「えぇっ、僕お酒飲んでないよ……僕、お酒飲んじゃあ、いけないし、ジュースしか……」
少し呂律の怪しいシュンの肩をポンポン叩き、水を持ってくるからと席を立つ。明日は気持ち悪くて大変そうだと、楽しそうに一人ほくそ笑んでいた。
「だぁから、ちゃんっと反省してるの!?」
「反省してますって、ごめんてミズキ!」
途中で、ひどく怒ったミズキとしょげ返るコウがいた。ここまで感情を露わにしてるのは珍しい、彼女もやはりアルコールを口にしたのだろう。
「大体、コウは口調も男っぽすぎるから、ずぅっと心配してるの。子供たちがみんなコウの真似したら大変なんだからね!? コウだって本当は優しいんだから、もっと丁寧な言葉を使ってくれたら、私も嬉しいなぁって、そう思うんだけどなぁ……」
喋った分だけ飲み物を飲んでは、とろんとした目でコウを睨んでいる。見たところしゃっくりも出ているようだ、シュンもミズキもかなり弱いのだろう。
――二人とも、世間知らずなんだから。
微笑ましく見つめているが、そろそろコウが気の毒だろうか。サナはあまり確かでない足取りで二人に近づいた。
「ねえねえどったの? そんな怒っちゃってぇ」
サナは怒り下戸なミズキに後ろから抱きつく。ミズキを酔ってると表現したサナだが、彼女も当然かなり体にまわっている。まだ冷静な判断が出来ていると思っている分、ある意味性質が悪かった。
「せっかく美人なのに、そんなに怒ったら駄目よ? 髪の毛こぉんな良い匂いさせてさぁ」
「ちょ、ちょっとサナ……! ひゃっ、う、うなじ弱いから……!」
「……駄目だよそういう反応、良くないと思う。もっと苛めたくなっちゃうじゃん」
後ろから抱きついたまま、ミズキの耳たぶを甘噛みする。普段は長い髪の毛に隠れているからか他の人より敏感らしく、サナが少し刺激を与えるたびに嬌声に似た悲鳴を上げた。
「ちょっと、声が艶めかし過ぎない? こりゃミズキにお酒は今後禁止ね……」
「はぁ……はぁ……サナ、聞いて! コウが隠れてビール飲んでた。まだ未成年なのに! もうほんっと信じられない、私たちは何をしても良いってわけじゃないんだから」
しがみついていたサナの腕を振りほどくと、ミズキは目の前で気まずそうに座ったままのコウを指さす。それを聞いたサナもミズキの味方をすると、悪戯をするターゲットをそっと変更した。
「あー? それは良くないわね。ほんっとにあんたは悪い事ばっかすんだからさー、もー」
コウの口を引っ張ったりデコピンをして遊ぶ。
「おいおいおい、今度は俺かよ!」
「なになに、興奮しちゃってんじゃないの、えぇ? ミズキはシュンの彼女なんだから駄目よ?」
「……私たちはそんなんじゃ……じゃなくて! ちゃんと反省しなさい、コウ! 未成年飲酒は、何の擁護も出来ない行為なんだから」
寝起きの彼女の様に、口調が完全に普段の物とは違う。もうとっくに出来上がっているようだった。
「でもさー、私たちも飲んでるっぽいんだよねー。多分誰かがノンアルを酒に入れ替えてるっぽくて」
そんな彼女も、コウの頬をツンツンしていたサナが掌を返すことで動きが途端に止まった。ほらほら、とミズキの持っていたグラスを鼻に近づけ、匂いを嗅がせて事実を直面させている。
だがミズキはまるで作戦の重要局面を判断するような顔でグラスをサナから奪い取ると、一気に飲み干した。
「あっ、バカ!」
「んく……ん……ふぅ、ぜ、全然お酒じゃないもん。お、お酒なんて私たちは飲まないんだから。そうでしょ! ねえ!」
グラスをどんと置いて、興奮した様子で力説している。まるで普段のコウが乗り移ったのかというくらいの変貌に、二人は慌てて水を差しだした。
――……こりゃ、シュン以上に明日きつそうね……色んな意味で。
「あ、そうだ。シュンに水持ってかなきゃ」
忘れてた、と手を叩く。
「……シュンも飲んだの? おさ……このジュース!」
あくまで体裁を忘れないらしいミズキに水を頼むと、まるで今まで怒っていたことなど忘れたかのように素早く蛇口をひねる。そして自分でも一口飲むと、至る所で楽しんでいる洋館の中からすぐにシュンを見つけ出し、早足で歩きだした。
「……ほんっと、シュンラブなんだから」
ため息をつき、サナは何気なく座り込んでコウの横にもたれかかる。
「なんだ、サナも飲んでんのか。なんで俺ばっかり……」
「別に飲もうとしてたわけじゃないわよ、多分あの酒屋のおっさんのせいね。それで……アルコールが足に来ちゃって」
何だよそれ……とは言いつつもサナを振り払おうとはしない。だからサナは、コウにかける力をほんの少し強くした。
「……それにしても、その服肩も足も出てて寒くねえの?」
「知らないの? 可愛いの前には寒さも暑さも勝てないのよ。まあ洋館あったかいし、今は……まあうん、全然平気よ」
「そっか……まあその、ほら、なんつうか……まあ、似合ってんじゃねえの?」
「なによそれ、褒めるの下手ね。知らないの? 私は可愛いんだから。それにあんたの、ふっ、トナカイも似合ってるわよ」
「おい、今鼻で笑ったろ!」
「……皆、仲良いなぁ」
暖炉の傍でヒカリは両足を体に引き寄せ、その間に両手を差し込んで周りを見渡していた。既に時計の針は1時を過ぎていて、何人かはテーブルや階段の手すりにもたれて眠っている。
ヒカリは立ち上がってソファに畳んである毛布を取ると、並んで眠っているシュンとミズキが風邪を引かないよう優しくかけた。二人は――というよりミズキがシュンの肩に手をかけていて、そんな姿は普段の彼女からは想像できない。ヒカリは優しく微笑むと、見つめ合うように眠る二人の頭を撫でた。
「ミズキのファースト膝枕は私がもらっちゃったから……添い寝の邪魔はしないね」
次に、背中を合わせながら互いに寄りかかって眠るサナとコウの元へ行く。
「……ううん……ちゃんと、……暖めなさいよ……バカ……」
サナの寝言が耳に入り、ついつい抑えきれない笑みが漏れる。一体どんな夢を見ているのだろうか。口の端から少しだけ涎が垂れているのがサナらしくて、ヒカリは垂れないようそれを人差し指で掬い取った。その時にサナの唇に触れ、あの夜を思い出す。
「……サナは、パーソナルスペースが無さすぎだよ。誰にだって抱きついたりしてさ。そういうことしてると、コウの気が気じゃないんだからね。それに…………何でもない」
独り言を口にしているヒカリは、眠るサナの頬を潰したりして遊ぶと、突然周囲を見渡し始めた。
「……だけど、そんなサナに私は救われてるんだけどね」
そう言って周囲の目がないことを確認すると、ヒカリはサナの顎を持ち上げて、ゆっくりと近づいた。顔を横向きにして、つんのめりそうになる体を抑えつつ、吐息がサナに吹きついて万が一にも起きないよう、呼吸を浅く保つ。
耳に心臓の音しか入らない。近づけば近づくほど、反発する磁石の様に1cmが遠くなっていく。だが当然、距離は無限ではない。すぐに紙1枚ほどを隔てた距離にまでなったヒカリは、最後の一歩を踏み出した。
「……んっ!」
寸前で横に避けて、サナの頬に口づけをする。
「……ちょ、ちょっとね、無理。で、でもこれで恩返しには、なったよね? うん、ただの恩返しだから。これ以上はコウに怒られちゃうから」
そう言い訳をしてすぐに離れる。その時、玄関の扉が開いた音がして、ヒカリは文字通り飛び上がった。
「……やっぱり、こうなったか。羽目を外し過ぎじゃないか?」
粗方毛布を掛けたところで、外からサクと小隊長が戻ってきた。中の惨事を見て、呆れたようにコートを脱いでいる。
「リ、リーダー、お帰りなさい。どこ行って……煙草ですか」
「臭かったか?」
「ま、まあ。煙草じゃなかったら女の子の香水か、ってくらい甘い匂いしてますから」
サクと話していると、一緒に戻ってきた小隊長がじっとヒカリを見ていることに気付き、軽く頭を下げて「何ですか?」と声をかけた。
「いいや、なんでもない。お前は何をしていたんだ?」
「へっ、私ですか!? 私は……私は暖炉の傍で、皆を見てました。見てるだけで楽しいですし、私は人の輪の外で一歩引いてるタイプですから。狙撃手ですし」
「ふん、難儀な奴だな。恰好はとてもそんな様子ではないようだが」
そう言われ、自分の服装を見直す。真っ赤なサンタのコスチュームは、十分にこのパーティを楽しんでいるようだ。肩の露出はないが、赤い帽子に黒いベルトなど、サナのそれとはまた別系統のものだった。だがそれ以上にヒカリは非常にスカートを気にしている。丈は決して短くないが、普段全く履かないせいでこの解放感に慣れていなかった。
サナにあんなことをしたのは、慣れない服で少し大胆になっていたのかもしれない。だから何もおかしいことはない、大丈夫。今度の言い訳は自分に向けてだった。
「そういうあなたはどうですか? 今日、来てよかったですか?」
「……そうだな、少なくとも部下たちは休養になったようだ。未成年飲酒を見逃した奴に、仕事で来たとは言わせないさ」
未成年飲酒、という言葉にヒカリの頬がひきつる。
「……わ、私は飲んでませんよ? アルコールは口に出来ませんし。まさか逮捕だなんて……」
「それは冗談か? お前が飲んでるかどうかはわからないが、俺たちはお前らを逮捕だなどと言える立場にない。すでにレジスタンスと我々は同朋だ、それを忘れるな」
「……は、はい」
直截な物言いに、逆にたじたじとなる。それから小隊長はエントランスをさっと見渡すと、皿の上に残った料理にありつこうと移動してしまった。
「……仲良くなれたんですね」
「ああ、お互いの利害や取引の上だが、一応な」
「良かった……一度顔と名前を知ってしまったら、決して戦いたくはないですから」
胸に手を当て、心の底から安堵するヒカリ。その様子にサクはつい怪訝な視線を送った。
「……本当に飲んでないのか? 普段より随分感情表現が豊かだが……」
「でた、いつもそうやって私の事推し量ろうとするんですから。私だって冗談言ったり、思ってることを口にすることだってあるんですから」
僅かに頬を膨らませて腕を組む。
「はは、悪い悪い。お前が変わってきてるのはきちんとわかってる、だけど俺にとってヒカリはいつまでも子供なんだよ。だから、お前が素直に笑ったり、拗ねたりしてるのが嬉しいんだ」
頭を少しだけ乱暴に撫でて、髪の毛の乱れを気にするヒカリを娘の様に見つめる。
――……いや、どっちかというと妹だな。
「……幼馴染の中で言えば、お前が一番“それ”っぽかったんだ。だからなんだろうな」
「……?」
「何でもないさ。だからヒカリ。こんな戦いをさせておいて言うセリフじゃないが……どうか、幸せになってくれ。それだけがとは言わないが、幼馴染の幸せが俺の願いだ」
気恥ずかしくなりそうな台詞を柔らかな笑みで言うサクに、再び聞いているこちらが恥ずかしくなる。頬を人差し指で掻いて、顔が熱を持つ前に視線を逸らした。
「まったくもう、サクさんも酔ってます? お酒と煙草なんて組み合わせするから……」
「クリスマスイブくらいいいだろ? 安心しろ、下心なんか微塵もないよ」
「いえ、そんな心配はしてないんですけど、流石にちょっと恥ずかしくて……私だってもう18なんですからね!」
照れた様子のヒカリを見て、サクはふっと噴き出したように笑い声をあげる。
「やっぱりまだまだ子供だな。眠たくなったら寝るんだぞ、大人の男はこれからゆっくりお酒の時間だ。お前も、顔が赤くなってることは自覚しろよ」
「こっ、これはっ!」
言い訳しようとするが、サクは手をひらひらさせて喋らせてくれない。そうしてサクはカウンターから酒の瓶を、冷蔵庫の奥からチーズを取り出す。どうやら一人で楽しむ気のようだ。それに反対側のカウンターでは軍服のニシと、この状況の元凶であるメンバーが揃って眠っている。いつの間にか洋館には静けさが戻っていた。
「組織内恋愛か。確かに都合は良いだろうし、あの若いリーダーも甲斐性はありそうだ。だが破局してからがめんどくせえな」
暖炉の傍に戻ってテレビを見始めると、すぐ隣から男の声がする。
「……そういうんじゃないですから」
「じゃああの友達の方か? 別に恋愛対象が女だろうが気にはしねえよ」
どうやらあの行動を見られていたようだ。全身が瞬時に熱くなり、そして血が引いていく感覚がわかる。
「……あ、ああ、あれはただの恩返しですから! 悪いけどそっちの方がもっとそういうんじゃないですからっ! だから勘違いしないでください!! もし誰かに言いふらしたりしたら、二度と喋れなくなるくらいボコボコにしますよ!?」
「落ち着けよ……冗談だ。思春期だもんな、お嬢ちゃん」
悔しそうに歯噛みするが、言い返すことは出来ない。ヒカリには薄笑いを浮かべる男を睨みつけながら、深呼吸をして普段の自分を取り戻すことに集中した。
「……そんなに下世話な話がお好きだったら記者にでもなればよかったんじゃないですか、アズマさん」
ソファの後ろから背もたれに肘を置くアズマは、どこ吹く風といったふうに手に持ったワイングラスを傾ける。
「ゴシップに興味なんかねえよ、安心しろ」
「とか言って、自分の知り合いとか彼女になると途端に興味津々になるんでしょ?」
「俺が束縛強いタイプに見えるか?」
「あーそう、私にそういう質問しちゃうんだ。そうだな……アズマさんは一見気にしないで平静を取り繕いながら注意するタイプっぽいけど、そのあと夜中に一人で強いお酒を飲みながら、全く酔ってない頭で自分の悪い点を探して落ち込むでしょ」
「具体的過ぎだバカ、そういうお前は……」
「私はこの戦いが終わるまで、そういうことに現は抜かしませーん」
お返しとばかりに“もしも”を予想しようとしたアズマが、おちゃらけたヒカリを黙って見つめたままワイングラスを人差し指でトントン叩いている。
「……何か?」
「お前は、誰かと付き合う気あるのか?」
疑わしそうな目を向けられて、ヒカリは暫くアズマを見つめ返す。それから妖しく笑うと、アズマの持つワインを奪い取って一気に飲み干した。
「あっ、おいバカ……」
「アズマさんも意外と人の事見てるよね。私の瞳の先に、私の未来は映らなかった? それとも単に恋愛に関することだけ?」
慣れないスカートの裾を押さえながら立ち上がって、余ったクラッカーと適当な果実酒を手にソファに戻ってきた。
「ん!」
「んって……」
隣の座面をポスポス叩いている。座れということだろう。アズマはおずおずと隣に腰かけると、無言のまま差し出してきたコップを受け取った。
「これ……梅酒か」
「うん。美味しいと思って飲めたことがあるのはこれだけだから」
「さっき、飲めないって言ってたのは嘘か?」
「あれはほんとだよ。最近はほとんど薬飲んでないから、問題ないかもしれないけど」
薬と言われてもなんのことかわからないアズマに、ヒカリは「そんなことより!」と背中をぱしぱし叩いた。
「今日は折角のクリスマスイブですよ。ほら見てくださいよ、今日の服。腰の黒いベルトに、サンタさんの帽子に、大きな白い襟に。可愛くないですか? でもほんとはワンピースじゃなくて、パンツタイプのほうが良かったんですけどね……スカートはちょっと、恥ずかしいです」
梅酒をコクコクと喉に流し込んで、ヒカリは隣のアズマに見せびらかすように体を動かした。
「ああ、いいんじゃないか? 惜しむらくは、着てるのが子供ってことか」
意地悪く微笑んで、上から下まで満遍なく見つめてみせる。そんなアズマに、ヒカリは露骨に嫌そうな顔をすることで応えた。
「一応言っておきますけど、目つきが怪しくなってますよ」
「そんな慌てんな、冗談だよ」
「こっちこそ、冗談ですよ。そもそもそんな気配感じたら、私こんなリラックスしてませんもん」
ケラケラ笑うヒカリ。上機嫌なのはアルコールが入っているからだろうか。
「クリスマスは普段はどう過ごしてるんですか?」
慣れた様子で梅酒を飲むヒカリは、ただの友達にするようにアズマに話題を振った。
「俺か? 大したことはなんもねえよ、寮で一人で発泡酒飲むか、ニシ達と一杯やるかくらいだ」
「うっわ、寂しいですね。もう少し友達作ったらどうですか?」
「お前はどっちかと言うと俺と同じだろ。沢山の人に囲まれるより、数人の親友がいればいいさ」
「……私の事わかった風に言わないでよ、ムカツク」
アズマの背中をバシバシ叩く。
ロックの梅酒を口に入れ、舌が甘い痺れを感じてからゆっくりと喉に送る。何度かそれを繰り返したとき、ヒカリは不意に口を開いた。
「……実を言うと、私にとってクリスマスは特別な日でもなんでもなかったの。別に何の神様も信じてないし、一緒に過ごす家族はいないし、私は悪い子だったからサンタクロースも来てくれなかったし。っていうかそもそも、私にとっては黒サンタの方が馴染みありますから」
「黒サンタ?」
「知らない? 赤いサンタの仲間なんだけど、悪い子には石炭とか魚の骨とかを置いてったり、ひどいときは子供を袋に入れて連れ去っちゃうような、怖いサンタクロースなの。子供のころは、家にあった数少ない絵本の一つだったそれを、何度も何度も読んだなぁ」
「それは……嫌なサンタだな」
「今でもちょっと苦手。だけどほら、あっちでコウとくっついてるサナ。あの可愛いサンタさんのおかげで、初めてクリスマスが楽しいって思えたの。ほんと、いったい皆はどれだけ私のことを救ってくれるんだろうね」
早いペースで飲み物を注ぐヒカリを心配して止めるが、当の本人は「大丈夫大丈夫」と言ってやめなかった。実際、どれだけ飲んでもあまり影響が出ているようには見えない。アルコールの許容量には個人差があるが、それでもどこかアズマは違和感を禁じ得なかった。
「それで次にアズマさんと知り合って、私の世界を広げてくれた。更に、私の二人の救世主がこうやって、同じ場所で楽しんで。普通に考えて、それってすっごく……すごく、すごいことじゃない?」
「おいおい、飲み過ぎて言葉が出てきてないぞ。ほらほら、もうやめとけ、な? 酔い止めドリンク買ってきてあるから、それ飲んで寝よう」
手渡した缶飲料を大人しく飲んだヒカリを見届けて、よし、と立ち上がるアズマ。だがヒカリはソファに座ったまま、アズマを見上げていた。
「どうした?」
「……アズマさんはやっぱり、私が弱ってると優しくするんだね」
「弱い者いじめは性に合わねえだけだ」
「じゃあさ、弱ってるついでにちょっと付き合ってくれない? ……立てないから、二階の部屋まで連れてって?」
口を開けて絶句するアズマ。あざとくも体調の悪そうな顔をして、上目遣いで見つめられると、選択肢は一つしか残っていなかった。
「わ、ちょっと、スカート見えちゃうよっ」
「平気だ、ちゃんと裾は持ってる」
寝室の扉を開け、ヒカリはアズマの手でベッドの上にゆっくりと降ろしてもらう。ヒカリの赤い帽子は今はアズマの頭の上で揺れていた。
「さっすが、筋肉あるね」
「お前が軽いだけだ、もっとちゃんと食え」
「へー、アズマさんはそっちの方が好きなんだ。でも言っとくけど、そーゆーの、セクハラって言うんだからね」
手厳しくあたるヒカリの様子は、傍から見ても元気そうだった。
「随分元気そうだな、ペテン師め。すっかり騙されたぞ」
「ふふ、私の勝ち。思ったより紳士な対応だったのがつまんないけど」
舌を少しだけ出して、子供っぽく笑う。
「あいあい、もう行くぞ」
そう言ってベッドから離れようとするアズマの服の裾を、ヒカリの右手が無意識に掴む。
「……はあ、一体どうした?」
行ってほしくない。離れないで。そういう無言の思いを感じ取ったのか、アズマはため息をついて椅子を近くに引き寄せ、座った。
「それで、どうしたんだ?」
ありがとう。そうは思ったが、ただワガママを言っただけだと思われたくなくて、素直に感謝を告げることが出来なかった。
「アズマさん、あの廃工場で私に言ったよね。『もっとお前の心を見せてくれ』って。だからほら、せっかくのチャンスだよ?」
「教えてくれんなら聞くが、明日になって恥ずかしくなったりすんなよ」
――それは無理だよ。今だって恥ずかしいんだから。
「……私、ずっと孤独だったの。周りの人は私を気遣ってくれるけど、まるで腫れ物に触るみたいな態度に感じてしまって、どこか疎外感を拭えなかった。幼馴染は、特にサナは直接ぶつかってきてくれるけど、ねじれにねじれた私は、私を見かねて仕方なくそうしてるだけなんだ、とか思って。
だけどアズマさんは、私に対して何の遠慮もしなかった。まあ私もしなかったし、敵なんだから当然なんだけどさ。それでもある意味新鮮だった。初めて対等な知り合いが出来たと思った。私は他人と対等な関係を結んでいいんだと思うことができた」
ゆっくりと言葉を選んで話すのを、アズマはじっと聞いている。
「だから私は、私自身も知らないうちに、アズマさんに深く深く感謝してるの。あの夜に、サナと初めて心の底から対等に向き合うことが出来たのは、アズマさんのおかげだから。癪だけどさ。……こんなこと、恥ずかしいから二度は言わないからね?」
顔を真っ赤にしながらはにかむ姿は、年頃かそれ以上に小さな少女のようだった。
「安心しろ、二度も聞かなくても忘れねえよ。だから」
「ううん、忘れるよ。アズマさんは私のこの想いも、私のサンタ姿も、そしてこのクリスマスパーティのことだって、何一つ憶えられはしない。
だって、これは、私の夢なんだから」
目を閉じて首を横に振り、アズマの言葉を否定する。ヒカリにはわかっていた、今がクリスマスイブなんかではないことを。胸に燻る、言い様のない怒りを。
「おいおい、俺はSFは専門外だぞ」
「SFなんかじゃないよ。これは私が見てる夢。だってそもそも、今はクリスマスなんかじゃない。作戦中に気を失った私の、数少ない楽しい夢の一つ。だからこれを覚えてるのは私だけだし、絶対に明かせない秘密だって話しちゃうもん。
そして目が覚めれば、私はきっと、怒りでこの夢のことすら忘れてしまうかもしれない。……ごめんね」
突然そんなことを言われても、信じる人は誰もいないだろう。それでもアズマは、いつものように鼻で笑うことも、気の毒そうな顔でヒカリを見ることもなかった。
「……夢なんてそんなもんだろ、気落ちするもんじゃない。それに、これが仮に夢だとしても、俺達の協力すらなくなるわけじゃないだろ? だったら、現実でもう一度パーティでも何でも開いてやりゃいいんだよ」
何食わぬ顔で、深く考えることなくそう口にする。それがあまりにも当然のようで、ヒカリは少しだけ口角を上げて、小さく吐息を漏らした。
「……はぁ、そうやってまたすぐ一蹴するんだから、もう。ほんっと、大嫌い」
「そういうのは笑いながら言うんじゃねえよ」
二人で小さく笑いあう。それから少しして、ヒカリは再びアズマの服の裾をくいくいと引く。一階で見せた上目遣いとは対照的に、どこか臆病そうに小さくなっている。
「……子供に手を出す趣味はねえぞ」
「やめてよ、そんなの求めてないから。……今回だけは、私の事子供って言ったの許してあげるから、代わりに、私が寝るまで手を握ってて」
アズマは何も言わず、行動で返事をする。椅子から立ち上がってベッドに腰かけると、ヒカリの冷たい手を優しく握った。
「……温かい」
アズマの手は、ヒカリの体を包むベッドよりもよほど温かかった。それに気付くと、ヒカリもアズマの手を強く握り返した。
「だろうな。いいからさっさと寝ちまえ。ここなら、嫌なことを何も思い出さずに安心して眠れんだろ?」
ゆっくりと手を伸ばし、ヒカリの髪を撫でる。下から見上げるヒカリの目には、アズマの姿が父親に重なって見えた。ヒカリの実の父親ではない。サナの家に居候していた時のような温かさが、アズマの手から伝わってきていた。
「……ほんと、ずるいよ。私にとって一番大切なのは幼馴染だけだった。他のメンバーも大切だけど、それでも幼馴染は別格だった。なのに……なのに、そこに突然アズマさんが割って入ってきて、気が付いたらとても、とても大切な存在になってた」
一つずつ口から心を吐き出すヒカリを、アズマは目を逸らさずに見つめる。
「……さっきの答えを教えてあげる、一度しか言わないよ、絶対に……絶対に忘れないで? ……さっき言った、『表面上は気丈でも実は落ち込む』ってやつ、あれは私だったらそうするってのを言っただけ。アズマさんも同じかなって思って。
……だから、私の元からいなくならないで。私を置いていかないで。大きな家に一人ぼっちなのは、殴られたり蹴られるより、よっぽど辛いよ」
アズマの目には、ヒカリがいつの間にか、9歳ほどの少女のように見えていた。小さく震えながら必死にアズマの手を掴む、か細い少女。
「……安心しろ。俺はお前を、置いては行かない」
アズマも強く握り返す。初めて見たアズマの柔らかな笑顔が、閉じた瞼の裏側にいつまでもこびり付いていた。