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――a piece of pie……なんてね?

トラックに揺られるヒカリとサナの夢の中、前に進むための夢。





「はい、ヒカリちゃん。ご飯持ってきたよ」


「……あり……う」


 サナの部屋、日の光が入らない真っ暗な部屋の隅に、小さな私が体育座りをしてる。その脇に、トレーに乗せられた美味しそうなご飯が湯気を立てながら運ばれてきた。それを運んできたのは小さなサナで、私はすぐに、これが夢だってことを理解した。


「なんだ、また夢か。ってことは、寝ちゃったのか」


 夢は、見たくなかった。17年間生きてきた中で心地のいい夢を見たことは一度もなかったもん。悪夢の印象が強すぎて覚えてないってのもあるかもしれないけど。


「私がこうやって固まってるってことは、サナの家に匿ってもらってすぐの頃かな」


 7年前、私があの男を刺殺してすぐ、サナは私を自分の家に連れていった。そしてサナのお父さんを見て錯乱する私に、魔法を掛けてくれた。



 でもそれから私は、ずっとサナの部屋にこうして篭ってた。サナやお父さん、お母さんに申し訳なくて、とても顔を合わせることなんて出来なかった。


()()()()()()。たまには、さ、下でいっしょに食べようよ。あたしもお母さんもお父さんも、ヒカリちゃんといっしょに食べたいって」


 サナは私の傍に座るけど、当の小さな私は首を横に振るだけで、ちらりともサナを見ない。



「……だめ、なの」


 それだけ言うと、また自分の殻に篭っちゃった。サナは見るからにしゅんとして、目を拭ってから部屋を出ていく。その背中に聞こえないように、小さな私は「ごめんなさい」と呟いた。





 何時まで経っても、小さな私は食事に手を付けない。もうとっくに冷えてしまったご飯は湯気を無くし、味噌汁は上澄みと味噌に分離してる。それに手を伸ばして触れると、小さな私はその冷たさに手を引く。


「……っ、どうしてわたしは、いつもいつも、こうやっちゃうのかな。だからお母さんとお父さんにおいてかれたのに、どうして……」


 その声は酷く聞き取りにくいものだった。私は小さな私の前で座って聞いてたけど、それでも聞き取りづらい。涙声で、鼻は詰まってて。独り言だからしょうがないけど。


 でも私はこの時、とても後悔してたのを思い出した。「こんな自分を家に置いてくれてるんだ、ありがとうって言わなきゃいけないのに」って。それでも私は、同時に怖かった。確かにサナの両親はすごい優しい、それは昔も今もずっとそう思ってる。


 だけど、私の瞼の裏では、押し付けられた煙草の炎が未だに盛ってた。




「あの人、たちに、『ありがとうございます』って、言わなきゃなのに……」


 口を開いたらきっと殴られる。目を合わせたら突き飛ばされる。少しでも笑ったら腕を捻られて、少しでも泣いたら耳を引っ張られる。



 ……なんて失礼な奴なんだろう、助けてくれた人を怖いだなんて。怖いのは自分の中にいる両親で、それをサナの家族に勝手に置き換えてるだけ。小さな私はそれをわかってないから、だからこう言うんだ。


「「いつか、ありがとうって言えるくらい、強くなりたいよ。そしたら、いっしょにごはん食べようね」」

 って。





 段々瞼が重くなってく。もしかして、夢が覚める時が来たのかな。だったらいくつか、言いたいことがあるな。私の夢なんだしそれくらいいいよね。


「あなたはこれから、沢山の幼馴染に慰めてもらえる。憧れの人も出来るし、高校に入ったら友達もできる。男性恐怖症は、弱まりはするけど消えはしないし、友達は私の目の前で自殺しようとするけど……でも、あと数秒早く手を伸ばせば助けられる。そりゃ全員をとは言わないよ。でもあなたがその手を伸ばせば、友達を苦しめ続ける必要も、初恋を諦める必要もないの。

 だから、頑張って。サナやお父さんお母さんに『ありがとう』って言えるようになったら、次は『ありがとう』って言われるくらい強くなって。私なんかよりずっとずっと強くなって、沢山の人を助けてあげて。私は私で、これから強くなって見せるから。

 ……願わくは、あなたが私じゃないことを」




 私は壁に寄りかかって、小さな私と同じようにしゃがみ込む。目の前の女の子は顔をあげて、私と目が合った。……そんなわけないけど。


「いつか、絶対、サナちゃんみたいに。あんなにわらってる、サナちゃんくらいに、強くなりたいな」


 以前遊んでたときの、サナの心強い笑顔を思いだす。あの笑顔は太陽みたいに暖かくて、それは17年経った今でも胸の中にいる。


 ……言いたいことは言った、後は目覚めを待つだけだ。きっと今日の目覚めは、今まで感じた事の無いくらいの安心感に包まれてると思う。周りには幼馴染がいて、幸せな夢を見て。


 私にとってこの夢は、絶対に幸せな夢だって言いきれるものだった。だって、顔をあげた小さな女の子は、私の声が聞こえてたんじゃないかってくらいに決意した瞳をしているし、それにもう少しだけ待てば……



「やっぱりダメ、()()()!! 一緒に食べよ!!」


 突然、ドアを壊しそうな勢いで、私の()()()()()()が、ただ手を差し伸べるんじゃない、力強く私の手を掴んでくれるって知ってるから。
































「サナ。あの子は……ヒカリちゃんはどうだ?」


 髭の生えたお父さんが、リビングで私に……じゃないな、昔の私に声をかける。昔の私はすぐにでも泣きそうな顔をして、その言葉に首を振った。


「そうか……ありがとう、ご飯を運んでくれて」


 お父さんは頭を撫でて、私に分からないようにちいさく溜息をついた。今の私にはすぐにわかったけど。


「これ、なに……?なんで昔が……」



 昔の小さい私とは別に、今の自分の体もちゃんとある。だけど誰もこっちを見てくれないから、きっと今は昔の事を思い出してるんだろうなって思った。


「このまま現代に戻れなかったり……なんてことはないか、テレビじゃないんだし」


「テレビじゃないんだし、そんなすぐに元気にはなれないわよ」


 私がその声にびっくりしてると、キッチンから大きなアップルパイをお母さんが運んできた。昔の私はそれに目を輝かせるけど、今の私にはその匂いは届かない。それがどこか寂しく感じた。



「それに、ヒカリちゃんばかり気にしちゃうけど、サナだって怖い思いしたのよ? あの子を気にしてあげてって言ったのは私達だけど……」


 お父さんに、自分の娘を忘れるなって釘を刺す。その間に小さい私が割り込んで、その小さい胸を張って見せるのが、自分の目で見て恥ずかしかった。


「あたしはへーきだよっ、お母さん! だってあたしは、ミスティック・ティアーなんだからっ! 

 ヒカリちゃんを守るのがあたしのうんめーなの!」


 馬鹿の一つ覚えみたいに、テレビのヒロインの口上を真似る。まるで黒歴史を掘り返されてるようで、私はいてもたっても居られなかった。




 お母さんは小さい私を撫でて、アップルパイを切り分ける。それから二つを私に持たせると「ヒカリちゃんに、これも持っていってあげて。それから、無理矢理にでも隣で食べてあげなさい」ってアドバイスをくれた。


 小さい私は当然、敬礼をして「おちゃのこさいさいだよっ!」って駆けていく。それを見て上手いこと言えそうだななんて思った。


「ピースオブ……やっぱやめとこ」






 ヒカリの……そもそもは私の部屋の扉に、小さい私が緊張して、俯きがちに手を掛ける。それから手を離してノックをしようとし、また手を離す。


 お母さんにはああやって強がってたけど、私だって本当は怖かった。あのナイフの冷たさも、手を伝う血の感触も、首を絞められて助けを求める時に見たあの子の目も、私は覚えてる。


 だけどそれ以上に、私はヒカリちゃんを助けることができたんだって嬉しく思ったことも覚えてる。だから伯父を私に刺させたことを気にするなって言ってるのに、あの子は優しくてバカだから、いつまでも気にしてる。そもそもこの頃の私は、アニメのヒーローに憧れてたんだから、誰かを助けることは私の夢の為でもあった。友達と遊ぶ時も、ヒーローみたいに皆の先頭に立って。



 だけど私だってただの子供だから、皆に嫌われるのは怖かった。……こう言ったらあれだけど……周りの子供に疎まれるヒカリちゃんみたいにはなりたくない、でもああいう子を助けてあげたい。そんな底意地の悪い考えが、私の無意識の中にあったような気もする。




 未だに小さい私は扉の前で右往左往している。普段ご飯を届ける時だって緊張してるんだ、間髪入れずに二度も入ったらどう思われるだろう。ヒーロー気取りでヒカリちゃんに構って、嫌われたりしないかな。そんなちっちゃい事を考えて、私の手は中々扉に掛からなかった。


 でも、そろそろこの扉が開かれることを私は知ってる。だって中からヒカリの声が、今までの私を認めて、これからの私の生き方を決定づけてくれるから。


「……いつか、絶対、サナちゃんみたいに。あんなにわらってる、サナちゃんくらいに、強くなりたいな」



 それが聞こえた小さい私は、扉の前で縮こまってる自分が馬鹿みたいに見えた。私は今まで通り、ヒーローみたいに強くなろうとしてて良いんだ。嫌われるのを怖がらなくて良いんだ。


 だってヒカリちゃんは、強い私に憧れてくれてるんだから。私の事を、認めてくれてるんだから。




 部屋に飛び込んだ私達は、部屋の隅で膝を抱えながら、だけど顔をあげた小さいヒカリを見つけた。その目は驚きで見開かれてるけど、そんなのお構いなしに、小さい私は手を伸ばす。


 それと同じように私も、手を伸ばしてた。私の目には確かに、壁に寄りかかって目を閉じるヒカリが――私の知ってる、とても強いけど脆くて、とっても優しいけどバカなヒカリが見えたから。


「やっぱりダメ、ヒカリ!! 一緒に食べよ!!」


 小さい私は隣で、勇気を振り絞ってヒカリを呼び捨てにしてる。人を呼び捨てるのが強い人だなんて、馬鹿っぽい考え方だよ、ほんと。


 でもその手は、ヒカリに差し伸べるだけじゃなくて、しっかりとその手を掴んだ。それだけは、今考えても頑張ったと思う。



 だから私も、目の前のヒカリに手を伸ばしてから……思いっきり抱きしめた。アップルパイも、父さんも母さんも触れなかったけど、目の前のヒカリにだけは確かな感触があった。それが私をとっても安心させて、無意識に口角が上がる。


「ヒカリ! 私、昔よりすっごく強くなったよ! ヒカリも、全然まだまだ私ほどじゃないけど、でもすごい強いよ! あの頃の泣き虫じゃ想像できないくらい、あんたは強くなった! 

 でもね、私はまだまだ強くなる! テレビのヒーローなんかにはなれないけど、でもあんたのヒーローだかヒロインにはなってみせた!

 だからあんたも、私みたいに強くなって見せなさい! ……願わくば、あなたが私であらんことを!!」


 最後の最後に私の好きなミス・ミスティック・ティアーの台詞を持ってくる私も、まだまだ子供で、ヒーローに憧れてるんだなって思った。


 でも、ヒカリさえ守れれば子供でもいっかとも思えた。そんな私も、正真正銘ちっちゃな子供だった。































「……あれ? おーい、サナ?」


「無駄だ無駄、ありえねえくらい幸せそうに寝てるよ」


 穏やかな車の振動を受けて、2人は手を繋いだまま眠る。7年間繋がれ続けたその手は、2人の間で永遠に結びつづける。



 パシャリと、サクラのカメラが光を焚く。仲良く頭をくっつけ、互いに互いを支えにして心地よい眠りについている2人を見て、写真を取らずにはいられなかった。








これにて第四章『発露』終幕です。良ければ評価やブックマークを、よろしくお願いいたします。

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