視察 2
屋敷に着くと持ち主である伯爵が挨拶に出てきた。
「お待ち申し上げておりました」
内務卿の親戚筋だという彼は余計なことを言わず、にこやかに全員に挨拶している。
侯爵の顔を見た時には驚いた顔をしていたけれど、普通に挨拶を交わしていた。
彼はこの屋敷に住んでいるわけではなく、王子に挨拶をするためだけに来たという。
ご機嫌伺いをしたらすぐ自邸に戻るらしい。
使用人は貸してくれるというので不自由はしないだろう。
騎士たちはみな自分の事は自分で出来るものだし、王子も細かいことは気にしない人だ。
割り当てられた部屋を確認したら会議室にもなっている居間に向かう。
伯爵邸は趣味が良く、飾られた調度品や絵画も雰囲気が明るくて、居心地の良い空間になっている。
廊下を歩いていると侯爵が丁度部屋から出てきた。
「おや、マリナさん。 居間に向かうところですかな」
「ええ、荷物の確認も済んだのでお茶でも入れようかと思いまして」
「それはそれは、是非私の分もお願いしてかまいませんか?」
「もちろんです。 どうせ全員分入れることになるでしょうし」
屋敷に着いたら先行隊も含めて会議をすることになっている。
聞かせたくない話もあるので屋敷の使用人ではなく、マリナが用意するつもりだった。
居間に着くと王子と近衛のリヒャルトさんがソファで寛いでいた。先行隊の人はまだ誰も来ていない。
「ああ。 侯爵、マリナ、こちらへ」
王子が手招きする。テーブルには畳まれた地図が置いてある。
先にお茶の用意をすると言ってお茶を入れる。すぐにヴォルフも来るだろうと思って5人分のお茶を入れていると居間の扉が開いた。
予想通りに姿を見せたヴォルフは侯爵様の顔を見るなり顔を顰める。
黙って居間に入ってくるとマリナが入れたお茶をテーブルまで運んでくれる。
「ありがとう」
侯爵様がわずかに驚いた顔でヴォルフを見た。
いつかのように王子が座った場所から見て右のソファにマリナとヴォルフが、左のソファに侯爵が座る。リヒャルトさんは王子の横だ。
それぞれが茶器を持ちお茶に口を付ける。
何故か普段とは違い、緊張感がある部屋で無言でお茶を飲む。
「まだ誰も戻ってきてないんですね」
黙ってお茶を飲んでいるという異様な状況を打破するために見ればわかることを言う。
「ああ、一人戻っていたんだけど、もう一度街に出たんだ」
何の為にかと思ったら買い忘れがあったらしい。
そういえば出発前に王子に是非食べてもらいたい名産品があるとレグルス出身の近衛騎士が言っていた。
ついでに買ってきてくれたらいいのに。
黙っていても仕方ないので地図を広げて目的地の確認をすることにした。
「結構入り組んだ路地の先にあるのね」
事前に確認していたよりも奥まったところに工房がある。
仮に襲撃があった場合に逃げづらい所に見えた。
「後で確認して来るわ」
ヴォルフに視線を向けると黙って頷く。
自分の目で街を見るのは大切なことだけれど、揃って王子の側を離れるわけにはいかない。
今回はマリナが直接街の様子を見に行って後でヴォルフに伝えることにする。
地図を頭に入れながらお茶を飲んでいると侯爵が口を挿んだ。
「マリナさんだけで行くなら私が案内しよう」
その台詞にヴォルフの機嫌が悪化した。
ヴォルフから漂う冷たい空気に王子とリヒャルトさんが顔を引きつらせている。
ヴォルフが何をそんなに気にしているのかわからない。
「では、よろしくお願いいたします」
侯爵が何を考えているのかはわからないけれど、断るという選択肢はマリナにはなかった。




