視察 1
視察は思いのほか早く実現した。
内務卿からも急いだ方が良いと意見があったのが大きい。
マリナたちは今、王都から離れた地方都市レグルスに来ていた。
王都とは比べるべくもないがレグルスも王国内ではかなり栄えた都市だ。
活気があり、街を歩く人々も明るい顔をしている。
「いい街だな」
馬車の窓から街を見て、王子がうれしそうに言う。
マリナにも第一印象ではかなり良い街だと思えた。
ヴォルフは何も言わずに隣を走る馬車の方を見ている。
「まだ怒ってるの? 侯爵様が付いてきたこと」
そう、何故かヴォルフの父親である侯爵が視察に同道していた。
本人曰く帰り道であるし、その街ならよく行くので案内ができるとのこと。
正直こじつけにも程がある理由だと思う。
確かに侯爵の領地に帰るのに使う道ではある。ただ少し遠回りだ。
それを言ってもついでの用事があるとか理由を付けられるのは目に見えていたので、誰もなんにも言わなかった。
身元はこれ以上ないくらいはっきりしているわけだし。
「怒っているわけではないが…。 邪魔だろう」
父親とはいえ侯爵相手にその言葉はどうだろう。王子も苦笑している。
「それに親父が付いてきたせいで目立たない規模とは言えなくなった」
領地に帰る侯爵は、行きにも当然使っていた家紋入りの馬車に乗っている。
マリナたちは高級ではあるが銘の入っていない馬車をわざわざ用意していたので、無駄になったと言えなくもない。
どうせ王子は庶民には見えないのでお忍び中の貴族として扱うつもりだった。
侯爵が近くに居たら王子もそれに準ずる高い身分の方だと思われてしまうだろう。
事実だし、準ずるどころかそれ以上の身分だけどね。
先行している人間を含めたら十数人、それに侯爵の一行を含めたら二十人を超える大所帯になる。
「街に行くときには配慮してくれるのだからそれでいいだろう」
「そうよ、実際に視察に行くときは侯爵様と護衛一名のみと言ってあるんだから」
王子が滞在するのはレグルスに別邸を構える伯爵家の屋敷なので、気を遣わなくて済む。
屋敷の中に多く人が滞在していることなんて街の人は気にも留めないだろう。
「だが…」
ヴォルフがちらりとマリナを見る。
言いたいことはわかるけれど、心配はいらない。
「親父はマリナを探るのが目的だろう? それが気に食わない」
珍しく不機嫌さを表に出したヴォルフに王子も困ったように笑う。
「それは仕方がないわよ。 侯爵様の立場なら当たり前」
マリナも宥めるけれどヴォルフは納得しない顔をしている。
「なぁに? それとも私が認めてもらえないような人間だと思ってるの?」
「違う! そうではないが…、なんかこうもやっとする」
らしくなく曖昧な感情を吐露するヴォルフにマリナと王子も目を見合わせた。




