父親来襲 1
異世界に行っていた間に溜まった仕事はほぼ全て片付いた。
ひと月やふた月仕事を離れていたくらいではやり方を忘れることなないんだな、と改めて思う。
時間ができた分はヴォルフの勉強に充てている。
今は基礎の基礎から教えている段階だ。
そして思うのは本当に全部奥さんに任せるつもりだったんだな、ということ。
興味がないからと全部覚えずにきたというのはすごい。
そんなヴォルフに呆れながらも口にしたとおりに努力する姿を見ていると、自分も一層頑張らなきゃという気持ちになる。
休憩の合間に執務室で本を開いているヴォルフを横目に見ながらお茶を飲む。
同じようにお茶を飲んでいた王子がマリナに視線を向けた。
「マリナ、近々視察に行きたいから調整をしてくれ」
突然の言葉に目を瞬いて茶器をテーブルに置く。
「視察、ですか?」
時々王子自ら各地を視察に行くことはあったけれど、近々なんて言うのはあまり無い。
「どちらか行かれたい場所がお在りなんですね」
王子が視察に行くとなれば綿密な調整が必要になる。
この前マリナが出かけたときみたいに今日の今日行くなんてことは出来ないのだ。
「最近、新たな魔石加工技術を生み出したという工房の話を聞いてな。
是非、間近でその技を見てみたいのだ」
王宮に呼べと言わないところが王子らしい。
そういうことなら早いほうがいいだろう。
あまり時間を置くと他の人間が目を付けて接触する可能性がある。
貴重な技術や製法なら手の内に入れていたいと思うのは当然だった。
「早急に整えます」
王子がわざわざ視察に行くというのにも意味がある。
呼び出されて従えと言われるのと、訪ねて来た王族に是非近くで能力を活かしてほしいと言われるのでは印象が全く違う。
狙ってやってるのではないのに、人の心を掴むのが上手い。
内容が内容だけに大げさにならない規模の視察団になる。
頭の中で選出をしていると慌てているような足音が聞こえてきた。
「ヴォルフ! 婚約したというのは本当か!?」
そう言いながら壮年の男性が王子の執務室に飛び込んできた。
突然開いた扉に呆然としているのはこの部屋の主である王子だけで、ヴォルフも平然としている。
緊張させていた身体から力を抜く。刺客にしては堂々としすぎているとは思ったけれど、予想外の人物が入ってきた。
なんというかヴォルフを少し小さくして歳を取らせた感じの人だ。間違いなく親子だろうと思わせるような容姿をしている。
「似てるね」
「そう…だな」
マリナの呟きに少し不本意そうにヴォルフが答える。
「親父、控えてくれないか。 何処だと思ってるんだ」
ヴォルフが真っ当な注意をする。本当にこの人は侯爵家の当主なんだろうか。
王子の執務室に訪いも無しに入ってくるなんて。
普通なら入ってきた瞬間に攻撃されてもおかしくないのに。
「む、失礼なのは承知だがお前が家に帰って来ないのが悪い」
「どういう理屈だ…」
「ああ、殿下。 失礼をして申し訳ない」
「い、いや…構わない。 久しぶりだな侯爵」
悪びれない謝罪を聞いた王子は若干顔を引きつらせながらも笑顔で許した。
甘いというか優しいというか、大らかな主だ。
「それでヴォルフ、婚約なんて私は聞いていないぞ!」
「言ってないからな」
平然と答えてるけどそれはマズイんじゃないかな。
「何を言うんだ! 当主として、お前の父親として、息子の婚約を知らないなんておかしいだろう!」
全くその通りだ。マリナもまさか話していないなんて思わなかった。
「大体どこの誰なんだ! 婚約はお互いのことだけじゃないんだぞ!!」
「こ、侯爵、少し静かに…」
空気と化していた王子が注意を入れる。
この人声がでかいから外まで聞こえてるかもしれない。
近衛は何をしてるんだろう。
「婚約の話は聞いているのに相手が誰かは聞いてないのか?」
それはまた中途半端な噂だ。
ヴォルフも不思議そうな顔をしている。
そんなヴォルフに侯爵がまた怒鳴った。
「お前が話に来るものだろうが!」
この二人に話させておくと話が進まなそうなので言葉を挟む。
「侯爵、まずはお座りになってお茶でもいかがですか?」
「む、しかしまずこいつの話を…」
「すぐご用意いたしますのでそちらのテーブルへお座りください」
有無を言わさない言葉と笑顔で侯爵を黙らせる。
侯爵も小娘に怒鳴り散らすほど狭量ではないようでそれ以上何も言わず席に着いた。
王子が何か言いたげだったのでそれも笑顔で黙らせた。
話が終わるまで出て行きそうにないのだから仕方ないでしょう。




