災い転じて 1
シャルロッテが通されたのは王宮の医務室だった。
「あの、マリナ様」
「はい」
送ると言われたのでてっきり馬車が止まっている所まで行くと思っていたのに、これはどういうことなのでしょう。
「まず先に手当てをしましょう。 跡になったら大変ですから」
言われて腕を見ると掴まれていたところが赤くなっている。
後で青くなってしまいそうな傷に顔を顰める。これを両親に見られたら心配させてしまう。
マリナ様の言葉にありがたく従うことにした。
手をどうぞと言われて手を差し出す。
小さな手が掴まれた場所を何度か撫でる。今はもう痛くない。
一つしか離れていないのに、マリナ様の手はシャルロッテよりも小さく、貴族令嬢のように手入れされたものではないのにきれいだった。
じっと見ているとマリナ様の手から光が溢れる。
シャルロッテは魔法を習ったことはない。
あくまで一般的な知識しかないシャルロッテにも彼女が変わった存在なのはわかった。
「魔法は詠唱も魔法陣も無しに使えるものですの?」
集中を乱してはいけないと思いながらも疑問が口から零れる。
「一部の魔術師には可能です」
初めて知った。それでもあまり一般的な話ではないのでしょう。
「マリナ様は治癒の魔法も使えますのね」
「私に使えない魔法はほとんどありません」
ただの事実だというように言うけれどそれはとてつもないことだと思う。
光が止み、マリナ様が私の手を離す。
腕を見ると赤くなっていた部分はきれいに元の色を取り戻していた。
改めて魔法という力に感嘆する。強く触ってももう全然痛くない。
不思議さに自分の腕をつつく私にマリナ様が苦笑する。
「そんなに突くとまた赤くなってしまいますよ」
「申し訳ありません! ありがとうございました」
魔術師直々に治療してもらうなんて貴重なことだった。
通常は魔道具を使い治療をすると聞いていたのだけれど。
そこまで考えてはたと気づく。
「マリナ様、どうして私をここまで連れて来たのです?」
「それは治療をするためですが…?」
どうしてそんなことを聞かれるのかわからないといった顔でマリナ様が答える。
「治療するならここまで来なくても出来たのではないですか」
今のように魔法で治療するならここでなくても良いはずだ。
そう言うとマリナ様は困ったように笑った。
「外で魔法を使って治療をするところを見られると少し差し障りがあるので…」
理解出来なくて首を傾げる私にマリナ様が詳しく説明してくれる。
曰く、双翼の力は主のために使われるものである。みだりに他者に使うわけにはいかない、と。
「そこまで大層な制限があるわけではないのですが、私の場合むやみに使うと色々な人から自分たちのためにも力を使えと言われるので…」
確かに。マリナ様は双翼とはいえ、後ろ盾があるわけではないので貴族たちが私欲の為に力を欲するのはありそうなことです。
「私でなければ対応できないような事であれば王子の許可をいただいて力を振るうこともありますが、些細なことまで求められても困りますからね」
「そうですか、大きな力を持つというのも大変なのですね」
それでも力を持った人に対する羨望がちらりと出てしまう。
「立場に付随する責任ですから。 多かれ少なかれ誰もが持つものです」
マリナ様は私の感情を知ってか知らずか、皆同じようなものだと言う。
「それにここに来たのは詳しい話を聞くためでもありますし。 ここが一番邪魔が入りませんからね」
そう言われて事情説明をしなければ、と気を引き締めた。




