シャルロッテの災難 1
マリナ様に謝罪した後、その足で訓練所に来たシャルロッテは会いに行った恋人がいなかったため早々に辞去しようとしたのに、この従兄弟に掴まってしまった。
表向きは従兄弟に差し入れをするために通っていたので邪険にも出来ず、しかたなくお茶に付き合っていたのに、従兄弟は面白くない愚痴を聞かせるばかり。
これが恋人のものなら優しく話を聞いて慰めたり励ましたりするところだけれど、この従兄弟にそうしてあげる義理はなかった。
子供の頃からそうだったけれど、成人しても相変わらず女性を楽しませるということを知らない人だ。
シャルロッテがつまらなそうにしているのにようやく気付いたのか従兄弟が口を止める。
「なんだよ、つまらなそうだな」
「いいえ、騎士団のお仕事は大変なのだと思っていただけですわ」
大変だと思ったのは事実だ。それと同時にその程度で、とも思ったが。
比べても仕方がないがマリナ様の顔が浮かんでくる。
後ろ盾もなく、少女の頃から王宮を渡ってきたマリナ様。
シャルロッテもその一人だったが平民が王宮で働くことを快く思わない人間は多い。
ただ選ばれただけでも肩身が狭いのに、ましてマリナ様は子供だった。
どうやって双翼の地位を守り続けヴォルフ様の側に在ったのか。
きっとシャルロッテには想像もつかない苦労があったのだろうと今なら思う。
(私も変わったのだわ、前ならマリナ様の苦労なんて考えもしなかった)
自分から見た相手、だけでなく相手から見たその他まで考えるようになった。
もちろんそれは想像にしかないとわかっているけれど、相手から見て自分がどう見えるか気にするようになったことは良いことだと思う。
思い通りにならない現状を憂えるだけでなくどうしたらいいのか、考えられるようになった。
考えても良い方法は見つからないけれど、何もしないで泣いているだけよりは随分ましなはず。
『正しく在りなさい』
お婆様の言葉が頭に蘇る。
マリナ様に見逃された日、悔しさを抱えて屋敷で眠れずにいた。
どうすればよかったのか、何をしたらこの苦しさから解放されるのか。
ずっと考えていたシャルロッテの脳裏にお婆様のあの言葉が聞こえてきたのだった。
正しくある、そう呟いたとき、自分の行動が蘇ってきた。
一方的に非難して暴力を振るおうとした行動、その源にあるのが何か。
それはただの羨望と八つ当たりだった。
気が付いたときは相当落ち込んだ。
羨ましいなら何故自分もそうあろうとしなかったのかと。
八つ当たりに巻き込んだフローラとアリッサにも申し訳なくてあれから会っていない。
今日の謝罪を踏ん切りに二人にもちゃんと謝ろうと思っていた。
「そうだな、お前みたいな女にはわからないだろうな」
確かにそうだろうけれど、言い方にかちんときた。
「俺の話なんて興味なんてないってか」
「さっきから何なのです? やけに突っかかりますわね」
口元を歪める従兄弟を前にシャルロッテは不快さを抑えて聞く。
「一人娘のお前には次男三男の苦労はわからねえよ」
「どうしましたの? そんな…」
騎士になるのは彼の夢だったはずだ。見習いになったときようやく夢の第一歩に立てたと喜んでいたのを覚えている。
少しだけ年上の彼はシャルロッテにとって頼りないけれど兄のような存在だった。
シャルロッテに向かってこんな乱暴な言葉使いをするような人じゃなかった。シャルロッテの困惑を余所に従兄弟は言葉を続けていく。
「どうせお前も男に会うために俺を利用してるだけだろうが、偉そうな口を利くんじゃねえよ」
従兄弟が口にした台詞に心臓を掴まれたような恐怖を感じた。
「な…」
辛うじて何故それを、と言うのは堪えた。しかし従兄弟にはしっかり驚愕が伝わってしまっている。
「俺が知らないとでも思っているのか?
アルフとお前が訓練所の片隅で逢引してんのも見てんだよ」
落とされた言葉に今度こそ顔色を失くした。




