子爵令嬢の謝罪 3
執務を終えて食堂に向かおうと廊下を歩く。
最近は食堂も近寄り難い場所になってしまった。
食堂のおばさんが好奇心も露わに色々聞いてくるので躱すのが面倒だ。
忙しい時間ならマリナに構っている暇もないのでいいけれど、時間のあるときならあれこれ聞いて来ようとして鬱陶しい。
その内マリナのテーブルにまで追いかけてきそうな程だ。
年長ぶって付け足してくる助言がまた厄介で…。
食材を仕入れて自室で調理しようかと思い始めるくらいだった。
溜息を吐きたい気持ちで廊下を進む。
窓から見える道は騎士団の訓練所に続いている。
ふと、昼間会ったシャルロッテ様のことが頭を過った。
マリナに敵愾心を持っている令嬢というのは大概がヴォルフとの関係に起因している。
ただの双翼だった頃から傍に居るマリナを快く思っていない令嬢は多かった。
シャルロッテ様もそういった令嬢の一員だと思ったのだけれど、今日の謝罪や態度からするとヴォルフに近づきたいという様子が見えない。
(心境の変化、新しい恋人が見つかった、あるいは親から別の相手との婚約を言い渡された)
流れた噂が影響したと考えたら最後の予想が近いのかもしれない。
ただの予想なので真実は全く違うかもしれないけれど。
(ヴォルフに憧れていたけれど噂を聞いて幻滅した、とか)
自分で考えてないな、と思う。
純粋にヴォルフに憧れてアプローチしていた令嬢がいたらマリナの目に入らないわけがない。
例え自分がそこに参戦できなくてもきっと気が付いて気にしていた。
これまでヴォルフの周りにいたのは次期侯爵という肩書や双翼という立場に魅了されていた人の方が多い。
ヴォルフは精悍で威圧感のある見た目をしている。
深窓の姫君が憧れる男性像とは少し違うと思う。時折目を向けられて青くなる令嬢がいたくらいだし。
こんなに気にかかるのはどうしてなのか、去り際に見せた瞳のせいだろうか。
我ながら珍しいと思う。
マリナは基本的に他人にあまり関心がない。
必要なことは必要な事として調べるし、記憶もするけれどそれだけで積極的に人と関わろうとしたことがない。
危険を避ける意味合いもあったけれど、それだけでなくあまり他人が好きではなかったからだ。
双翼の立場としても軽々しく人の事情に首を突っ込むことは出来ないのでずっとそうしてきた。
だからこんな、たった数回会っただけの人間を気に掛ける自分が意外で少し困る。
(異世界に行っておせっかいになったのかしらね)
向こうでマリナの周りにいた人たちはみな善良であれこれ世話を焼いてくれたりした。
そんな環境でマリナも少し変わったのかもしれない。
良いのか悪いのかわからないけれど、視野が広くなった気はしていた。
今度会ったらもう少し話をしてみようか…、そんなことを考えていたら視界の端で何かが引っかかる。
目の端に青色が見えた気がして窓から顔を出す。
階下に見えた光景に考えたのは一瞬で、次の瞬間には窓から飛び降りていた。




