波乱の行方 3
マリナが飛び出して行った後の部屋で王子が長い溜息を吐いた。
「ヴォルフ、とりあえず座ろうか」
ソファを示されたがヴォルフは断ろうとする。
「いえ、俺はマリナを追いかけようと…」
「今行っても冷静に話など出来ないだろう。 少し頭を冷やす時間をあげなさい」
王子の言うとおり、今は話なんてしてくれないだろう。
涙の滲んだ瞳が頭を過る。
今すぐ追いかけて釈明したい気持ちはあるが、時間を置くべきだという王子の言葉に従った。
「ヴォルフ、何が悪かったかわかっているかい?」
「黙っていたことでしょうか」
王子が手ずから淹れてくれたお茶に口を付ける。
同じ茶葉を使っていても味が違うのは不思議だった。
「それもそうだけどね、君が真実とは違う噂を流したからだよ」
釈然としなくて首を傾げる。
「ヴォルフ…、今更だけどね。
マリナはまだ子供なんだよ?」
もしかして君はわかってないんじゃないかと思って、と王子が言葉を続ける。
「確かに君がした行動は間違ってはいない。
二人の関係を印象付けるには十分な衝撃があっただろう。
君から口付けようとしていたなら、マリナが誘ったと悪意ある噂は流しづらい。
ただね…?」
王子が言葉を切った。
「君たちは他人から見たら恋人でも婚約者でもないからね。
私は内々に聞いているけれど、知らない人間からしたら特別な関係でもない二人が夜に私室で会っていたという中々衝撃の事件だよ。
ましてこれまでの君たちにお互いの部屋に遊びに行くなんて親密さは無かったのだし」
恋人、婚約者なら特別に親密な関係を持ったところでそれほど咎められはしない。
国によっては結婚前のそれを禁忌としているところもあるが、セレスタでは問題にならない。
これはセレスタが特別に魔術に秀でていることが理由の一つだろう。
家の血脈を正確に繋ぐということからすると褒められたことではなさそうに思えるが、そうではない。
真実二人の子供かどうかは調べればわかるからだ。
そういった魔術があるからこそ、婚前交渉もタブーとはされないのだ。もちろん結婚する予定の無い相手との行為は批難されるが。
「私が二人の関係を認めていると言っても、それまでに好き勝手な噂が流れるだろうね。 もちろんそれもマリナはわかっているだろうけれど。
まだ関係の定まっていない相手との噂が流れる、すでに深い仲だとされるような内容で。
それをマリナが恥じないと思うのかい?」
「…」
「本当に関係があったのなら案外平気な顔をしてそうだけどね、あの子は」
王子の言葉が耳に痛い。
「君たちはまだそんな関係ではないでしょう。
それを事実のように噂にされたら恥ずかしいに決まってるじゃないか」
説明されると自分の短慮が身に染みる。
効率の良い方法が正しい方法でないことは知っていたはずなのに。
「じゃあ、マリナは…」
「全部わかっていて怒ってるんだよ」
無神経な君に、と言われてぐうの音も出ない。
「君はもう少しマリナと歳が開いてるんだということを意識したほうがいいよ」
王城の雑多な噂に慣れてるとはいえ、まだ少女の域を出ない子供なんだと強く念押しされる。
「子供だと意識させないように振る舞っているし、実際仕事では子供なんて言えない働きだけどね?」
マリナが何でも出来るから勘違いしてると王子は言う。
「対等に扱うのは仕事の時だけで十分なんじゃないかな?」
諭すような王子の声にうなだれる。
ヴォルフを一通り叱った後、王子は一人で執務を始める。
自分も手伝わなければと思うものの、まだしばらく立ち上がれそうになかった。




