波乱の行方 2
落ち着こうとしているのにやはり冷静はなれていないらしい。
自分が開けた扉の音量に苛立っているのを感じる。
すでに執務室に来ていた王子が突然の音に驚き、入ってきたマリナを凝視した。
「な、何かあったのか?」
「ええ、多分」
多分ではない。確実に起こった何かに腹を立てている。
怒りの矛先がいないのも、ふつふつと湧き上がってくる怒りを押さえ難い理由だ。
王子は顔を心配に染め、何があったのかと問う。
しかしマリナは説明できるほど情報をもっていない。何より…。
「私からは説明したくありません」
マリナが直接聞いた噂があれであるなら、実際に流れている噂はもっと酷いに決まっている。
元凶を締め上げたい思いで一杯だった。
「ヴォルフは何をやったんだ…」
王子の呟きが聞こえる。
今回に限ってはあってるけど、ヴォルフが何かしたと決めつけるのは流石に失礼じゃないかと思ったら理由があるらしい。
「マリナがそんなに感情を露わにして怒るのはヴォルフが絡んだ時だけだろう。
私に関することならもっと静かに怒っているからね。 それも怖いけど…」
それも失礼だと思ったけど何も言わない。
今はただヴォルフを問い詰めることだけを考えている。
王子もマリナの気迫にそれ以上何も言わずに机に座った。
そうして待つというほどでもない時間が過ぎた頃、扉のノブが回る音が聞こえた。
扉を開けた瞬間にヴォルフは何か察したらしい。
素早く部屋の中に入って扉を閉めた。
王子に会釈だけするとマリナに向かう。
ばつが悪そうな表情で何か言おうとする前にマリナは口を開いた。
「私に言わなきゃいけないことがあるわよね?」
意識していたよりも低い声が出る。
「マリナ…」
「教えてちょうだい」
謝罪の言葉なんて今はいらない。
謝るよりも先に言ってほしいことがある。
「何を見られて…」
噂は女官の目撃した事実を元にしていた。
けれどマリナが目を覚ました時の状況だけなら言い繕う余地があったはず。
「何をしたの…?」
それでは済まさないためにもう一つ、与えた情報があっただろう。
嬉々として話を膨らませ、噂を流したくなるような何か。
碌でもないことに違いないと思っても確かめないわけにはいかなかった。
「ソファで寝ていたお前を抱き寄せて髪を撫でているところを見られた」
ヴォルフが事実をそのまま語る。
そこまではマリナも事前情報から想像出来ていた。
「それで?」
「その後水を取りに行かせて戻ってきたところで…」
更なる何かを目撃させたと。何を?
「お前の首筋に口付けようとしているところを目撃させた」
内容に頭が沸騰しそうだった。
思わずヴォルフの襟を掴んで揺さぶる。
「何てことしてくれんのよ、このバカ!!」
ふざけるなと喉まで出かかった。
もう赤くなっているのが怒りなのか羞恥なのかわからない。
力一杯襟を掴んで引っ張るけれどヴォルフは堪えた様子がない。
寧ろマリナが引っ張りやすいように少し身を屈めている。
その余裕な様子にこれ以上は上らないと思っていた頭に血が上る。
全部聞いていた王子が仲裁に入ろうと声を掛けるのも、マリナの頭を冷やす効果はなかった。
「ヴォルフ、流石にそれは…いけないと思うよ?」
「しかし見られた以上避けられないことです」
マリナだってそれはわかっている。
ただ、もう少し穏便な噂にする方法はあったはずだ。
戻って来てから双翼たちの関係は上手くいっているとか、マリナとヴォルフの関係を王子も認めているとか。
二人の関係が広まるのは同じでも与える衝撃と印象が全く違う。
ヴォルフが目撃させたことだと、まるで…。
そこまで気づいてしまう自分も嫌だ。
噂は広まっていくにしたがって直接的で悪意のあるように変化していく。
どんな噂も大抵は刺激的な方が広まりやすい。その方が楽しいからだ。
「ヴォルフがやった方法だと、婚前交渉を持っていたようにも取られるよ」
マリナが言わなかったことを王子が説明する。
主にそんな説明されていることが恥ずかしく情けない。
対して言われたヴォルフはそれが何か?という顔をしている。
「ふ…」
「ふ?」
本当にわかっていない顔でヴォルフが見下ろす。
今度こそ堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけんな! この馬鹿!!」
常なら口にしない乱暴な言葉でヴォルフを怒鳴りつけ、扉を叩き破る勢いで執務室を飛び出した。




