波乱の行方 1
ヴォルフの部屋を訪ねた日。結局寝てしまってヴォルフとは話らしい話も出来なかった。
目が覚めたらヴォルフに凭れかかっていて、夢の中で暖かいと感じていたのはこれだったのかと納得した。
そのままもう少し暖かい身体にくっついていたかったけれど、ぱっちり開けた目と目が合ってしまったので諦めた。
寝たふりしとけばよかったと想っても後の祭りだ。
勝手に入って寝てたことを謝ったけれど、ヴォルフは歯切れ悪くああ、と言っただけで他に何も言わなかった。
黙ったまま頭を撫でられたのでされるがままにしていたけれど、どうにも様子がおかしかった気がする。
何か元気がなかったような…?
感じた違和感をそのままにしたことが悔やまれる。
あの時、何があったのかマリナにはわからなかった。
けれど何かがあったのはわかった。今この状況であの日起こったことを理解しそうな自分が嫌だ。
早朝と言っていい時間の食堂にはいつも人がまばらで、マリナに話しかけようとする人間なんていない。
それが今日に限って妙に視線を感じた。
人こそ少ないものの、そのほとんどがマリナの方をちらちらと見て何か言いたそうにしている。
理由がわからず当惑しているとすぐに答えが得られた。
「だから噂は本当なのかね?」
珍しく食堂のおばさんがマリナを引きとめて話しかけてくる。
交わしても挨拶一言くらいなのにおかしいと思っていると驚くことを言い出す。
「アンタがもう一人の双翼の侯爵様と付き合ってるってのは」
正確にはヴォルフはまだ侯爵様ではないけれど、それはいいとして。
おばさんの話を総合するとマリナとヴォルフがヴォルフの私室で抱き合っていたという噂が流れているということ。
身に覚えはないが、それに近い行為は記憶に会った。
つまり…。
あの日マリナが寝ている間に誰かに見られたということだ。
(何で相談しないのよ! あの馬鹿は…!)
平静な表情を保ちながら内側では感情が荒れ狂っていた。
「そんな噂があったのですね。 知りませんでした」
驚きと困惑の混ざった笑顔で答えると興奮していたおばさんが少しトーンダウンする。
「なんだ、違うのかい?」
好奇心を顔いっぱいにして聞いてくる彼女は悪い人ではないんだろうけれど、困ったものだ。
「彼の私室で任務について話していて少し疲れてしまったことはありますけれど、そんな行為をしたことはありませんよ」
それは嘘ではない。
がっかりした顔のおばさんにもう一つ釘を刺しておく。
「それに、その噂も少し変ですね。 話を聞いているとはっきり目撃したということですけれど、貴人の部屋に断りもなく入るなんておかしいですよね?」
首を傾げながら言うとおばさんも気が付いたように目を見開いた。
仮に逢引の最中なら入ってくるなと一言命じればいいだけなのに、そんなにはっきりと見たという噂が流れるなんておかしいのではないか、と。
最後まで口にしなくても伝わったようだ、これで噂そのものが怪しい話であると印象付けられただろう、彼女には。
ヴォルフの無頓着さを知っている女官たちには通用しない手だけど、今はこれでいい。
状況を把握しない内に発する言葉がどれだけ危ういかは良く知っている。
早急にヴォルフを捕まえて話を聞かないといけない。
他の誰かに話しかけられる前にさっさと食事を済ませて執務室に向かった。




