甘い時間の作り方 初級編 5
手に持ったペンを降ろして呟く。
「…邪魔なんだけど」
後ろから抱きかかえられ、時折頬や肩に触れられるこの状態。
考え事をするには不向きすぎる体勢で、集中するどころじゃない。
「気にするな」
到底無理なことを言う。
ヴォルフがマリナの部屋に来ているときは大抵こうしてベッドの上に座って抱きかかえられている。
マリナも顔が見えないので緊張しすぎることはないけれど、やっぱり落ち着かない。
普段マリナが使っている一人掛けのソファはヴォルフには狭かったみたいだし、新しい家具を買った方がいいかな。
急すぎる触れ方で時々犬にされながらもヴォルフは止めようとしない。
今は頭を撫でながら肩口までしかないマリナの髪を弄んでいる。
「くすぐったい」
文句を言いながらマリナも身を離さない。
「お前の髪は滑らかで心地良いな」
何が楽しいのか、声が浮かれている。
書き物をするのは諦めて道具をテーブルに置く。
ヴォルフと一緒にいるのが落ち着かなくて手を伸ばしただけで、今やる必要はない。
マリナが諦めたのを見てヴォルフが嬉しそうに笑う。
顔が見えなくてもどんな顔をしているかわかった。
「マリナ」
肩を引かれてヴォルフの胸に体重を預けさせられる。
広い胸が自分を包んでいることを意識すると、どうしても鼓動が激しくなってしまう。
「そういえばさっきから変化するたびに指輪が落ちているんだが何故だ?」
「ああ、多分だけどこの世界の物じゃないから異物として弾かれてるんじゃないかな」
普通に身に着けている服や装飾品ならその人の一部として一緒に姿を変える。
ヴォルフも変化したときはただの犬の姿だけど、元の姿に戻した時にはちゃんと服や剣も身に着けている。
向こうの世界の物は魔力が馴染みづらい性質でもあるのかもしれない。
そしてさっきから変化するたびに指輪を落っことしている。
「いっそ鎖に通して持つ? それなら変化したときにも首に下がったままになるでしょうし」
「お前が慣れればいいだけだ」
そう言われるとその通りだけど、いつになるかわからないのでマリナが言った案の方が現実的だと思う。
「すぐにはムリよ」
顔を見ない状態でこんなに動悸が激しいのに、顔を合わせて動揺しない状態になれるのは何時になるのか、想像もつかない。
マリナの否定に気分を害したようにヴォルフが黙り込む。
沈黙が気になりヴォルフを振り返ろうとした時。
「…っ!」
こめかみに口付けられて否応なしに魔力が反応する。
《…ふん》
拗ねたようにも得意気なようにも見える黒犬に、もう元の姿に戻さないでいようかな、とちょっとだけ思った。




