甘い時間の作り方 初級編 2
ヴォルフが出て行った執務室でマリナは自己嫌悪に陥っていた。
「やっちゃった…」
拒否してしまったことのショックを残しながらもヴォルフが残していった書類の片づけをする。
内容をチェックすると急ぎのものはもう終わらせているみたいだ。残りは明日片すだろう。
椅子に座って書類を揃える。
さっきのことを思い出すと思考が沈んでいく。
聞いたことのない傷ついた声。
あんな声、初めて聞いた。
触れたいと思うのは近しい人間なら当たり前のことだろう。
まして恋人なら。
あんな真っ直ぐに触れたいと言われたのは初めてだ。
ヴォルフの言うとおり、二人で過ごす…、恋人として過ごす時間が無かったのは事実。
セレスタに戻って来てからそれらしい時間を過ごしたのは、数える…ほどもない回数だった。
いくら忙しくしていたといっても不自然なことだったろう。
毎日顔を合わせ、会話しているから気づかなかった。
「嫌な訳じゃないんだけどな…」
部屋には誰もいないので正直な心を口にする。
ヴォルフに触れられるのは嬉しい。
大きな手で撫でられたり、抱きしめられたりするのはとても幸せな気持ちになる。
でも…。
慣れない。好きなのにキスの度に身構えるのはおかしいと自分でも思う。
この2か月意識しないでいられたのはよっぽどヴォルフが気を使ってくれたんだな、と今さら気づく。
仕事をしていて手が触れたりするのは大丈夫なのに。
特別な触れ方だと意識するともうダメだった。
突然でなければまだ大丈夫なんだけど。
さっきみたいにいきなり迫られると、どうしても平静でいられない。
情けないけれど。
またやっちゃったし。ヴォルフの黒犬姿をまた見ることになるなんて…。
「はぁ…」
暴走だというのに同じ姿に変化させたというのはマリナが意識せずに魔力の動きを指向している可能性がある。
無意識にあの姿のヴォルフなら安全だと思っているのだろうか。
確かにあの姿のヴォルフにそういった危機感を覚えることはないけれど。
何にせよ酷いことをしてしまった。
自分たちの関係が変わったのだとわかっていなかったのはマリナの方だったみたいだ。
ヴォルフは理解し、寄り添ってくれたのに。
マリナはどうだったのか、冷静に考えてみる。
ヴォルフのことを鈍感なんて言えない。
あんな直接的な言葉で迫ってくる前にもサインは出していたんじゃないかと思う。
マリナが気が付かなかっただけで…。
「夕食後か」
ちゃんと謝れるよう心を落ち着けておこうと考えながら片づけを終えた。