ショッピング 6
「ほんっと馬鹿じゃないの!」
「ごめん!」
美菜さんの怒りは中々収まらない。
「大体何でここにいるのよ…」
声に涙が混じった。
驚いて美菜さんを見ると目に涙をいっぱいに溜めて彼氏さんを睨んでいる。
「今日急に来れないっていったの、そっちじゃない」
震える声で美菜さんが言う。
通路の端とはいえチラチラと視線は感じる。
しかし痴話喧嘩なのが見て取れると通り過ぎていく。
野次馬するほど無粋な人間はいないらしい。
当事者だけでなくマリナたちが側にいるのもあって、深刻なことにはならないだろうと判断しているようだ。
とうとう美菜さんの瞳から涙が落ちた。
「私の誕生日なのに…」
彼氏さんがはっとしたように目を見張る。
マリナも顔には出さなかったけど驚いて、そして納得していた。
誕生日を一緒に過ごす約束をしていたのに、いきなり反故にされた上に浮気者扱いされたら怒るし傷つく。
これは彼氏さんが一方的に悪い。
美菜さんを慰めたいけれど、他人が入らないで彼氏さんがちゃんと謝って話した方がいいと思ったので黙って見守る。
「美菜…、ごめん。 本当に俺が悪い」
彼氏さんが伸ばした手は美菜さんに撥ね除けられた。
「どうせ私の誕生日なんて忘れてたんでしょ」
「…ごめん」
忘れてたのは事実らしい。
「忘れててごめん。 遅いかもしれないと思ったけど会いに行こうと思って」
まず連絡すればよかったのに、先に誕生日プレゼントを用意しようと思ってここに来たら指輪を選んでいた美菜さんと近くにいたヴォルフを見て誤解した、と。
聞けば聞くほどすれ違いは怖いものだと思う。
原因は誕生日を忘れていたことだけど、すぐに連絡して謝ればここまで拗れなかっただろうに。
「忘れてたのはホントな訳ね」
「ゴメン! ほんっと悪かった!!」
もう言い訳も出てこないらしい。
頭を下げて美菜さんの沙汰を待っている。
すると美菜さんが一歩足を進めて…。
「てい!」
脳天に美菜さんの手刀が振り下ろされた。
「痛!」
彼氏さんが頭に手を当てて視線を上げる。
腕組みをしたまま美菜さんが彼氏さんを見下ろす。
「今回だけよ」
許してあげる、そう言って美菜さんは涙を拭った。
美菜さんは優しいと思う。
一言も発しなかったヴォルフを見上げる。
「誕生日とはこうも大事なものなんだな」
個人差はあるけれど、多分そうだろう。
「お前も忘れたら怒るか?」
ヴォルフがマリナを見下ろして聞く。そもそも…。
「そもそも私の誕生日覚えてるの?」
これまでは特に意味のある日じゃなかった。ヴォルフが覚えているとは思えない。
「秋だった気はするな」
「そうね、あってるわ」
季節を覚えているだけでも驚きだ。本当に関心がなかったから。
「あまり気にしなくて良いんじゃない? 今まで特に気にしなかったんだから」
マリナもヴォルフの誕生日を祝えと言われても、何をしたらいいか考え付かない。
「そうか」
頷いたヴォルフは何処となく不満そうに見える。
首を捻っていると彼氏さんと仲直りした美菜さんがマリナたちに向く。
「ごめんね、変な所見せちゃって」
美菜さんがマリナたちの手を見る。
「二人とも良いの見つけられたのね、良かった!」
明るく笑った美菜さんが持っていた紙袋から箱を取り出す。
マリナたちがもらったケースとよく似ているけれど。
「これ、もらってくれる?」
箱を開けると美菜さんが絶賛していたお店の物と思われるリングが現れた。
マリナが勧められたものよりも幾分か落ち着いたデザインをしている。
「え?」
「こうして、重ね着けするのも可愛いの」
マリナが嵌めている指輪の側に近づけて見せてくれる。
言われた通り細い蔦が巻かれたような装飾は、ともすればシンプル過ぎるリングを愛らしく見せた。
美菜さんが選んでくれたことはうれしい、けれど…。
「どうして、ですか?」
わざわざお店に戻って買ってきてくれるなんて、どうしてそこまでしてくれるんだろう。
「だって、これからはあまり会えなくなっちゃうでしょう?」
バイトもやめちゃったし、と美菜さんが淋しそうな顔になる。
「…」
マリナは何も言えない。
言われたとおりだった。
今日ここで会えたのだって偶然だ。
マリナたちはすぐにセレスタに戻る。日本に来ることはそうないだろう。
「結婚するならこれから忙しくなるでしょう?」
結婚するからバイトを辞めたと思ったらしい。都合がいいので訂正はしない。
「すぐに結婚するわけじゃないですけどね」
まずヴォルフの弟さんの式の方が先だ。日取りが決まっているから。
「それでも何かお祝いしたかったの! マリナちゃんのこと妹みたいに思ってたから」
バイト先で美菜さんがしてくれてたようにぎゅっと抱きつく。
初めて自分からそんなことをする。
そんな風に思ってくれてうれしい。
短い時間しかいなかったけれど、大切な時間で大切な人たちと出会えた。
偶然に感謝する。
飛ばされたのがあの場所で良かった。
「私も美菜さんのこと大好きです。 お姉さんがいたらこんな感じかなって思いました」
「ホント!? うれしいっ!!」
マリナ以上の力で抱きしめ返してくれる。
「大事にしますね」
着けると、初めから一緒に着けるために作ったみたいに選んだリングと違和感なく似合っていた。
選んだところ見てないのに不思議だと思っていると、きっとシンプルな物を選ぶだろうからそれに似合いそうなものにしたとのこと。
美菜さん、センス良い。
装着した手をヴォルフに見せると表情を緩めて頷いてくれる。
「似合ってる」
「ありがとう」
口に出して褒められるのはまだ慣れない。
照れながら答えると見ていた美菜さんが目を煌めかせている。
「いいなー、マリナちゃん。 私たちも買い物行こっか」
誕生日プレゼント買ってくれるんでしょう?と彼氏さんに言う。
すっかり許されたことがわかって彼氏さんも笑顔になる。
「ああ! 何でも言ってくれ」
「ホントにー?」
いいの?と笑う美菜さんは完全に笑顔が戻っていた。
仲良くデートをして、今日を良い日で終えようと彼氏さんの手を引っ張っている。
「じゃあマリナちゃん、元気でね!」
「はい! 美菜さんもお元気で!」
店長たちにもよろしくお願いしますと言って別れた。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか?」
「そうだな。 良かったな、会えて」
「そうね、こんな素敵な贈り物までもらったし」
きっと、見る度に思い出す。
「まさか痴話喧嘩に巻き込まれるとは思わなかったが」
「ふふ、そうね」
予想外のことがいっぱい起きた。
早くセレスタに帰りたい。
帰って今日のことをいっぱい話したい。
楽しい思い出を抱えて、自分たちの国へ戻った。




