新たな誓い
ノックの前から誰が来ているのかわかった。
慌てたような乱暴な足取り。
開け放たれた扉からは予想通りマリナとヴォルフの主である王子が姿を現した。後ろには内務卿もくっついている。
「ヴォルフ! マリナ!」
報せを聞いてすぐに駆けつけてきたのだろう。走った勢いで髪が乱れていた。
「王子、ただいま戻りました」
王子は礼をするヴォルフに労いの言葉をかける。
倣って軽く頭だけ下げた。
「マリナ…」
王子は少し緊張した面持ちでマリナを見つめた。何を言っていいか迷うみたいに。
「まずは謝罪をしてください」
挨拶もしないで放った言葉に内務卿が目を吊り上げるが、その程度怖くない。
マリナに引く気はなかった。
マリナの第一声に傷ついた顔をしていた王子が口を開く。
「そうだな…。 マリナの言う通りだ」
「王子!?」
内務卿が非難の声を上げる。一臣下、それも一度は罪人として追放した人間に謝るなど王子の威厳に関わると思っているのだろう。
「内務卿。 この件に関しては私が悪かったのだ。 謝罪するのは当然だろう」
王子の言葉にも納得はしていないようだが、内務卿は口を噤んだ。
「マリナ…。 私の不徳で申し訳ないことをした。
その場の感情で臣下に乱暴を働くなど何があってもしてはならないことだった…。 すまない」
まっすぐマリナの目を見て王子は謝罪した。驚くことに頭を下げて。
「王子!」
この行動に内務卿が悲鳴を上げる。マリナも少なからず驚いていた。
頭を下げたまま王子が言葉を継ぐ。
「今更と思うかもしれないが戻ってきてほしい。
私を許し、私に改めて仕えてほしいのだ。 …厚かましい願いだとは思うが。
私を、支えてほしい。 ヴォルフと一緒に」
「……顔を上げてください」
王子の瞳を見つめる。その瞳は異世界に行く前と違い、はっきりマリナを捉えている。
嘘偽りの無い瞳。その瞳に、以前よりしっかりした光を宿していた。
王子の瞳を見つめた後、マリナが動く。
ゆっくりと絨毯に膝を付き、手を揃える。
揃えた手に従って頭を下げるとぎょっとした空気が伝わってきた。
「私の方こそ王子に謝らなければなりません」
頭を下げたままの礼で述べる。
「この度の事件により、王子には双翼不在の不名誉を被せてしまいました」
「それは私が…!」
「いいえ、私はもっと言葉を尽くすべきでした。 今回も、今までも」
もちろん王子は悪いが、マリナは言葉を尽くして説明すべきだった。王子の信頼を得られなかったのも一因だろう。
顔を上げて王子を見る。酷く驚いた顔で、真剣にマリナを見ている。煩型の内務卿まで大きく見開いた目でマリナを注視していた。
「この礼は私の飛ばされた国での最敬礼であるそうです」
マリナの言葉に王子が表情を改める。
「無礼をいたしました。 寛大な殿下に感謝いたします」
正直、頭まで下げるとは思わなかった…。が、臣下相手にそれが出来てしまう王子だからこそ支えたいと思う。
「改めてお誓い申し上げます。 持てる限りの知と力をもってあなたをお支えすることを」
「それは、双翼として…か?」
「ええ、双翼として。 あなたの剣にも盾にもなってお守りいたします」
最後に付けた双翼の儀式に使われる決まり文句に王子がようやく表情を緩めた。
「ありがとう…!」
破顔した王子自ら手を貸して立ち上がらせてくれる。その後ろで内務卿が眉間に皺を作っている。
「王子に頭を下げさせたばかりか、女人を跪かせたという汚名まで着せるとは…!」
不満そうな内務卿に王子が困ったように笑う。
「ここは密室です。 内務卿が話さなければこのことは流れようがない」
黙っていたヴォルフが口を挿む。
当たり前だ。マリナはともかく王子に不名誉な噂を流すわけにはいかない。だから今ここで謝罪をしたというのに。鈍い。
部屋にいるのは王子、マリナ、ヴォルフ、そして内務卿。
誰もが王子の名を汚すことを望んでいない。
指摘されて内務卿は不承不承口を閉ざす。
「双翼が揃ったことは喜ばしいことです…」
双翼が戻ったのなら式典などを執り行う必要があると言って内務卿は部屋を辞していった。
本意ではないだろうけれど、一応認めてくれたらしい。




