後悔
王子の居室の一室でヴォルフはお茶を頂きながらこれまでの経緯を話していた。
「そうか、マリナと向こうであったのか…」
「はい。 俺の姿を戻し、この世界まで送ってくれました」
「マリナは…、戻る気がないのだろうか」
「…恐らく」
戻る理由はないと言っていた。
「私のせいだろうな」
珍しく沈んだ声で王子が語る。
「一時の感情で乱暴を働き、追放したのだ。 軽蔑されて当然だ」
「そんな!」
確かにマリナは王子の行為を怒ってはいたが、軽蔑や嫌悪はしていなかった。寧ろ…。
「マリナは心配していましたよ、王子のことを」
最後まで王子を案じていた。
ヴォルフがそう言うと、王子から小さな呟きが零れる。
「…マリナの声が聞こえるんだ」
「え?」
「お前たちが居なくなって、様々な人間が私のところに来た。
色々な嘆願や相談、中には次の双翼を選べと言う者もいたな」
「…」
勝手なことを、と怒りが湧いてくる。
憤りを抑えて王子の話を聞く。
「安易に頷こうとするたびに、マリナの声がそれを止めるんだ」
語る王子の顔には深い苦悩と後悔が見えた。
「嘆願にいつも反対意見を言うから、即答を求める人間たちはマリナを邪魔そうにしていたな。
私もいつも反対ばかりしていると、鬱陶しく思うこともあった…」
ヴォルフもそうだ。王子の決定を妨げる気かと思っていた。
「でもマリナは、反対はしても私の決定に意見をしたことはなかった」
そうだ。そういえばマリナは王子の言う通り、どんなに反対しても王子が下した決定に文句を言ったことはない。
「今になってわかるんだ。 物事の一面しか見えない私に、別の視点を見せてくれたのだと。
マリナは立派に双翼の役目を果たしてくれていたのに、その想いを私は無碍にしてしまった…!」
「王子…」
「お前にも悪いことをしたな。 私が短絡的な行動を取らなければ不自由をかけることもなかったのに」
マリナの魔力を奪ったりしなければヴォルフの変化はすぐに解けたのだと言う。それは知らなかった。だからマリナはあんなに怒っていたのだろうか。
「いえ…、私はこれでよかったのだと思います。 マリナとも色々話ができましたし…」
あの世界に飛ばされなければ、マリナのことを知ろうと思うこともなかっただろう。
だからこそ後悔も大きい。何故自分だけが戻ってきたのかと。
「私は、マリナに戻ってきてほしい」
王子の言葉に驚いて顔を上げる。王子は真剣な瞳でヴォルフを見ていた。
ヴォルフも同じ想いではある。
「私も同じ気持ちではいます。 しかし、マリナの気持ちがどうか…」
向こうの世界でも、何度も頑なに戻らないと言っていた。
「彼女にとって居心地が良くないことはわかっているつもりだ。
それでも戻ってほしい。
私の双翼の魔術師はマリナ以外にいない」
その言葉をマリナにも聞かせたいと思った。表面に出そうとしなかったが王子を大事に思っていた彼女ならきっと喜んだだろう。素直には表さないだろうが。
「いずれにせよ、あれは大きな魔法だ。 すぐには使えない」
準備が整うにも時間がかかると言う。王子自ら説得に行くつもりすらあるようだ。
「それまでゆっくり休めと言いたいが…、マリナがいない分、お前に助けてもらうことになるだろう。 迷惑をかけるな」
マリナがいない分…。その言葉が胸にのしかかる。
双翼になって以来、こんな日が来るとは思わなかった。
絆を失うことなんてないと思っていた。何も考えていなかった自分に、ただ愕然とした。