帰還
何が起きたのか、全くわからなかった。
「ここは…」
見上げる空が場所を伝えている。視線を右にやると真っ白な宮殿が見えた。十年以上も住んだ王宮を見違える訳がない。ここはセレスタの王宮だ。
「どういうことだ、戻ってきたのか…? 俺は」
さっきまでマリナと一緒にあの六畳の部屋にいたのに…。
そこまで考えてはたと気づく。マリナはどこだ?
見回してもマリナの姿はない。
立ち上がろうとして気が付いた。人間の身体に戻っている。
どういうことかと直前までの記憶を浚う。
「…っ!」
くちびるの感触が真っ先に思い出されて、思わず口に手をやる。
本当に何のつもりだ、あいつは。額を押さえると今にも泣きそうな顔をしたマリナが浮かぶ。
「俺だけ戻って来たのか…?」
呆然と呟く。
状況と直前の様子からするとそうとしか思えない。
「何故だ…?」
マリナは確かにこっちの世界に戻りたがってはいなかったが、俺や王子とともにいるのが嫌だという素振りは見せたことがない。だから説得すれば一緒に戻ってくると思っていた。
「くそっ…!」
拳を芝生に叩きつける。苛立ちが胸を支配してどうしようもない。
昨日まで普通の態度だったのに、何故?
「何なんだ、あいつは…!」
やっぱりアイツの考えていることはわからない。
散々無関心や無神経だと言われて、ヴォルフなりにマリナのことを観察してみた。
こっちにいたときより多くの表情や内面を見せるマリナは口うるさい片翼ではなく、年相応の少女だった。
マリナの言ったとおり自分の無関心っぷりに我ながら唖然とした。
今までの非礼を取り戻すように彼女を知ろうとして、マリナはうっとうしそうにしながらも、今更、とは言わないで応えてくれた。
歩み寄れていたはずの相手は突然手の届かない場所に行ってしまった。
魔法の使えないヴォルフにはどうにもできない。
拳を握りしめていると足音が聞こえた。
「ヴォルフ!」
「王子!」
駆けつけた王子はヴォルフの姿を見とめてほっとした顔をした。
久々に見る主の無事な姿に安堵する。
「良かった! ヴォルフ、戻れたんだな!」
我が事のように喜んでくれる王子に胸が熱くなる。ヴォルフが一番この方に仕えていて良かったと思う瞬間だ。
「ご心配をおかけしました」
「マリナは?」
マリナの魔力の波動を感じて駆けつけて来たと言う。辺りを見回す王子に重い口を開く。
「マリナは…」
そこまで言って言葉が止まる。
もう戻りません。その一言の報告が出来ない。
マリナの選択を認めたくない自分がいる。
口を引き結んだヴォルフを見て、王子がまずは身体を休めろと勧めてくれた。