別れの前に
その日一日は殆ど上の空だった。
決心が着いたというのに先延ばしするように外出したのは優柔不断なせいだろう。
これが最後だからと自分に言い訳して、ずるずると別れを引き延ばしている。
境内にある池の周囲には色取り取りの花が咲いている。前に来たときにつぼみだった花も、花びらの淵から枯れてきていて、時間の流れを感じさせた。
今の盛りは池の上に組まれた木から下がる藤の花だ。蔓も花も面白い形をしている。
手すりにもたれてぼんやりと紫の花弁を見ていると、すぐそばから声が掛けられた。
「今日は元気がありませんね」
「斎藤さん…」
傍から見てもそう見えてしまうのか。
「どうしました?」
斎藤さんは少し離れたところでマリナと同じように池に視線をやる。
視線を合わせないようにしたのは話しやすいようにとの配慮なのだろう。
マリナはヴォルフの方をちらりと見て事情を話す。
「実は、そろそろヴォルフを主の下に帰そうと思っているんです」
驚いたようにマリナの方を向く。斎藤さんはヴォルフのことを気に入っていたから残念なのかもしれない。
「最初から決まっていたんですけど、淋しくなってしまって…」
境内を歩くヴォルフはいつもと変わらない。何も知らないのだから変わりようもないけれど。
「そうですか、ヴォルフ君が…。 淋しくなりますねぇ」
本当に残念そうだ。考えてみればヴォルフが交流していたこっちの世界の人間は斎藤さんだけだ。ここに来たのは気まぐれだったけど良かったのかもしれない。
「マリナさんはヴォルフ君とは長い付き合いのようですから、特に淋しいでしょう?」
「そうですね…。 仕方ないですけど」
帰るのは決まっていることだから。
「マリナさん、ヴォルフ君が帰ってもまた来てくださいね」
「え?」
「淋しいからって閉じこもっているのはあまりよくないことですよ? 気が向いたときに顔を見せに来てください」
心配されてる、のかな?
取りあえず大丈夫だと答えておいた。そこまで落ち込んだりはしないと思う。きっと。
自分にも大丈夫だと言い聞かせる。
ヴォルフがいなくても、大丈夫。一人でも、大丈夫だから。




