決意
マリナの魔力は順調に回復している。
まだ総量の半分どころか4分の1にも満たないけれどヴォルフを送り返すだけなら今のペースで行けば十分間に合う。
「魔力の回復は順調だけど、姿を元に戻すだけでも一か月は掛かると思う」
期間ははっきりさせておいた方がいいだろう。元の世界に帰すには更に数か月は掛かるはずだ。
「そうか。 …間に合わないな」
「何に?」
弟さんの結婚式には十分な期間がある。王子関連の式典などを頭の中で浚う。双翼が参加しなくてはならない大きな式は年明けまでないはずだけど。
他に何があったか思い出そうとしているとヴォルフの口から答えが飛び出す。
それはマリナの予想とは全く違うものだった。
「誕生日が過ぎてしまうなと思っただけだ。大した話じゃない」
「誰の?」
王子の誕生日は春先だ。他にヴォルフが気にするような人って?
「幼馴染、というのか。 毎年贈り物だけはしていたが、今年は無理だな」
「女の人なら気にするんじゃない?」
なんとなく、相手は女性だと思った。男同士で毎年贈り物なんてしないだろうし。
毎年贈っていたものが今年だけ届かなかったら気分は良くないだろう。ヴォルフのせいではなくても。
「どうせ山のように貰うんだ。 俺からの物がないくらいで怒りはしない」
関係性を知らないのでヴォルフの言うことが本当かどうかもわからない。
「ふーん。 …よっぽど親しい相手みたいだね」
知らない方が良いと思ったのに口が勝手に言葉を発した。
どういう関係か聞いてしまいそうだ。葛藤している間にヴォルフが勝手に答える。
「親しくはないが…」
「うん?」
「お互いに何もなければ結婚すると約束している」
「…聞いたことないけど」
そんな会話をするほど仲良くしてなかったけど。そういう問題じゃなく、噂にすら聞いたことがなかった。あり得ない。
何処の誰が誰と婚約してるとか付き合っているとか言った話題は王宮で働く女性の一番の関心事だ。全く伝わってこないなんてあり得ない。
顔と性格は置いといてヴォルフは身分も王子からの信頼も申し分ない出世頭だ。相手がいるなら話題に上らないはずがなかった。
「婚約者というほどのものではないな。 彼女に結婚したい相手が出来なかったときはそうなるだけの間柄だ」
「親が反対してなくてお互いに認め合ってるなら、それは婚約しているというんじゃない?」
少なくとも世間的な基準からすれば内々に婚約を交わした間柄と見られるだろう。
「彼女が認める男がいれば成り立たない話だ。 俺とは家柄が釣り合っているというだけに過ぎない」
貴族の世界ではそれが全てだ。ヴォルフの弟のような関係が珍しいのだ。
「バカなこと言ってないで頭下げて結婚してもらえばいいのに」
心とは裏腹なことを言う。
「あいつは自分がしたいこと以外はしない。 俺との結婚は嫌じゃない事柄であってしたいことではないんだ。
好きな男でもできれば多少困難でも叶えるだろう。 その時は俺と婚約を交わす必要はないからな」
「ヴォルフはそれじゃ困るでしょう」
ヴォルフに領主としての知識がないのはわかりきっている。双翼の役目から離れることがない以上、彼の伴侶はひとりで領地を切り盛りできるような女性でなければならない。
「彼女でなくても領地を治める教育を受けている人間くらい、探せばいるだろ」
事も無げに言う。
その言葉に今まで一度も感じたことのない溝を感じた。
今まで感じなかったのがおかしかったのかもしれない。
初めから何もかもが違っていたのに。
守りたいものも、守る理由も違う。
(突きつけられないとわからないなんて、本当に、バカみたいだよね)
糸のように細い望みが絶たれたのを認めて息を吐く。
マリナはようやく決心を決めた。




