焼き鳥
「マリナちゃん、これ持って行きな」
まかないを食べなくなったマリナにマスターが渡してくれたのはパックに入った焼き鳥だった。
「ありがとうございます! どうしたんですか、これ?」
この店は喫茶店なので焼き鳥はメニューにない。
「いやぁ、奥さんが買いすぎちゃってね」
話をよく聞くと久しぶりに実家に帰ると言っていた息子さんたちの為にいっぱい買ってきたのに急に予定が変わって帰れなくなったのだという。
「それは残念ですね」
渡されたパックは優に3パックはある。マリナに渡した分だけでこれほどあるのだから、余程奥さんは楽しみにして準備していたんだなというのが伝わる。
美菜さんも同じだけ貰ってたから相当な量だったはずだ。
(しかしこれそのままヴォルフに出したら喉につっかえないかな)
結構器用だから自分で串を抑えて食べるかもしれない。
ちょっと見てみたい気がしたけれど、食べづらそうなので串を外して皿で出そう。
もう一度お礼を言って店を出る。
歩いているとヴォルフが顔を見せた。近くで待っていたらしい。
マリナの下げた袋が気になるらしく鼻を寄せてにおいを確かめる。
「何だこれは?」
「焼き鳥もらった」
そう言って袋の中身を見せる。さらに強くなった香りに尻尾が激しく動く。
「うまそうだな」
焼き鳥は食べたことないらしいけれど名前だけで想像がつくのでヴォルフはとてもうれしそうだった。
「楽しみね」
お腹が空いたところにたれの匂いがしてお腹が鳴りそう。
焼き鳥だけってわけにもいかないのでスーパーで何か買っていかないと足りない。
サラダと、何にしようかな。悩む。
食材も惣菜も種類が多すぎるのだ。
小さな頃のマリナがここを見たら、まず間違いなく平民は入れない特別高級な店だと思うだろう。
「ヴォルフは何食べたい?」
焼き鳥のおかげで作る品数が少ないので珍しく希望を聞く。
「おにぎりというやつが食べたいな、中にから揚げが入ってるやつ」
それ、このスーパーじゃ売ってないな。コンビニに行くか。
ヴォルフの意見で行先を変更してコンビニへ向かう。
せっかくなのでサラダもコンビニで買うかな。
こうしているのが信じられないくらい平穏な日。
小さなことが幸せに感じられて胸が締め付けられる。
ちくりと胸を刺すのは隠した恋心か、それとも浅ましい願いか。
揺れそうになる心を秘め、目を閉じる。
(ごめん…)
一緒にいたいなんて願うのは間違っている。わかっているのに。
前を行くヴォルフを追いながらそっと息を吐いた。




