海って遠い?
「マリナ、あそこに行ってみたい」
テレビを見ていたヴォルフが唐突に言う。
「何、どこ?」
ニュースはすでに天気予報に移っている。
朝食を作っていたマリナは見逃してしまった。
「海だ。 映っていた場所の名前は忘れたが」
海。マリナたちの国は内陸だったので湖はあっても海は無い。
ヴォルフが興味を持つのは少し意外だけれど気持ちはわかる。
「いいね、私も興味あったし今度行こうか」
マリナも見てみたいと思っていた。
バイトの休みはまだ先なので今日すぐにというわけにはいかないけれど、時間のある時に行ってみたい。
「どこの海がいいかなー」
とりあえず砂浜があって、人のあまりいないところがいいな。近いとなお良し。
散歩気分で行くには遠いはずだからバイトが休みの日に時間を取っていったほうがいいだろう。
どのくらい時間がかかるのかを調べないと。
楽しみに浮き立つ心を隠しながら考える。
どうやって調べよう、本屋か図書館で調べられるかな。
わからなかったら美菜さんに聞いてみよう。
遊ぶところには詳しいと自分で言っていたからきっと知っているはずだ。
そう算段をつけながら調理を終える。
「はい、出来たよ」
出来た料理をお皿に盛る。マリナが作るのは基本的に大皿料理ばかりだ。
楽だからでもあるしヴォルフが食べやすいようにというのもある。そもそもそんなにお皿持ってないし。
大きな皿に盛った料理がヴォルフによって瞬く間に減っていく。
気持ち良くなるほど良い食べっぷりだ。
空になる前にフライパンから追加をよそう。
きらきらした瞳でご飯を見つめる姿は以前とはギャップがあり過ぎる。
(やっぱり私のせいかなー)
マリナが犬にしてから再会までの数週間がヴォルフの食に対する欲求を変えた気がしてならない。
自分も食事を口に運びながらヴォルフを観察する。
今日のは少し味が濃くなったけれどヴォルフは平気みたいだ。
マリナも気にするほどではないので何も言わず食べ続ける。
「うまかった」
マリナが半分食べる間にヴォルフは自分の皿を空にした。
「それならよかった」
すっかり空になったお皿を見て笑顔が浮かぶ。
食べ終わって食器を洗い終わるとヴォルフは腹ばいになってテレビに見入っていた。
テレビでは街の名店特集と言ってその店自慢の料理を食べる企画をやっている。
気になってそっと横からヴォルフの顔を見ると目が料理に釘づけで爛々と輝いていた。
(本当にごめん。 絶対変化のせいだ)
心の中で力一杯謝っておいた。