料理
戻るとヴォルフが目を覚ますところだった。
「おはよう。 ご飯は今作るから」
冷蔵庫を開けて食材を取り出す。
「どこかに行ってたのか?」
「うん。 ちょっと散歩にね。 外で大家さんと会ったよ」
外に出ていたと言うとヴォルフがため息を吐いた。
「お前な…。 昨日の今日だぞ! ふらふら出歩くな!」
「何かあったら呼ぶって」
「…。 お前のそれが本当かどうかも俺にはわからない」
そう言われてしまうと耳が痛い。今度は呼べると思う、けど。
「呼ぼうとは思ってる」
実際に口にするかは状況次第だと思うけれど、呼べと言われたことは頭に入っている。
「思ってる。 じゃなくて、何も考えずに呼べ」
努力する、と浮かんだ言葉を打ち消してわかった、とだけ答えた。
出来た料理を皿に盛る。さっきまで説教モードだったのに食べ物を前にすると表情が変わった。前からこんな感じだったかな?違う気がするんだけど。
「ヴォルフってそんなに食べるのが好きだっけ?」
前から良く食べる人間ではあったけど、食事が好きだったという記憶はない。食事をしているときでも無愛想な顔で、おいしいと思っているのかどうかもわからないくらいだった気がする。
「食事が特別楽しみだったことはないが、お前の作る飯は美味いからな」
「そう…」
それでも違和感があった。もしかして犬になってからの粗食のせいで食べ物への執着が出てきたのかな。
「しかしお前が料理上手だとは思わなかった。 王宮では料理なんてしないだろう」
王宮で働いていれば食堂で食事が出される。わざわざ自分で作る必要はないのだ。
「王宮に入る前は誰かが食事を用意してくれることなんてなかったからね」
食べたければ自分で用意するほかない。
「そうか、家族にも作っていたのか?」
「…ううん。 自分のためだけ」
母は亡くなっているし、父はマリナを働かせるようなことはしなかった。
…ただ無視しただけで。
「なら、お前の料理を食べたのは俺が初めてか?」
「そうだね。 師匠にも作ったことはないから」
師匠は自分で何でもやる人だったし、他に手料理を振る舞うような相手もいない。
「それは得をした気分だな。 こんなことにならなければお前の手料理が美味いことも知らずにいたわけだからな」
「ヴォルフにそう言われると逆に申し訳なくなってくるね…」
そう言われると却って胸が痛む。苦笑いするとヴォルフがおかしそうに笑った。
「気にしてないような顔をしていたくせにな」
「全く気にしてないわけではないよ。 悪いとは思ってる」
マリナの未熟さが原因の一端だし。
何を言われても動揺しないくらい強ければこんなことにならなかったのかな。