素直じゃない彼女
夜空には月が昇り光に照らされた雲が美しい影を作り出す。
(月、か…)
青白い月を見上げて考えるのは傍で眠る少女のことだ。
まさか異世界で再会することになるとは思わなかった。
素直じゃなくて、捻くれていて、何を考えているかわからない。以前はそう思っていた。
けれど、共に過ごす時間が増えるごとに、それだけじゃない面も知っていく。
今日のこともそうだ。咄嗟に怒ってしまったが、コイツが魔法を使わなかったのは俺のせいだろう。
聞いたところで正直に答えるはずもないから聞かないが、魔法を使った戦闘ならヴォルフとさえいい勝負をするマリナが、いきなり襲われたからといって全く抵抗できないなどとは考えられない。十中八九抵抗しなかった、が正解だろう。
気づいてしまったらそれ以上怒ることもできない。次こそヴォルフを呼ぶように言ったがどこまで守ることか…。
元の姿であれば隣にいるだけで、あんな危険に晒さないのに。不甲斐ない自分に腹が立つ。
震える手でしがみついてきたマリナ。細くて頼りないその腕に、アイツがまだ子供だということを思い出す。
まだ、守られているだけでいい年のはずなのに、ヴォルフのような男でさえ守ろうとする。その精神が痛ましい。マリナのそんな面を今まで知らなかった。
自身を犠牲にしてまで相手を守ろうとするのが素晴らしいとは思わない。
助けを呼べと言ったとき、明らかにマリナは狼狽した。
まるで自分を助ける者がいないと思っているような顔で。
そこに至るまでの思考はヴォルフに推し量りようもないが、あまりに危うい。
放っておけないと思ったのは初めてだ。
「六年も一緒にいるのにな」
ヴォルフなどより余程多くを考えているマリナだが、あいつがいつも正しいわけじゃない。
改めて認識させられた。魔法に長けていて背中を預けられる相手だが、それと同時にただの少女でもあるということを。