気づいたもの 気づかないもの
落ち着いたところで家に帰る。ヴォルフのおかげで顔の赤みは早々に引いた。
汚れた上着は脱いで手に持っていた。あんな格好で歩いていたら通報されてしまう。
「あらぁ? マリナちゃん?」
低めのハスキーボイスがマリナを呼び止めた。
振り向くと夜目にも明るい髪色をした男性が立っている。
紫に桃色を混ぜたような色彩の髪は染めているとは思えないような艶やかさで人目を惹きつけた。
白い肌が街灯の光に浮かび上がる。
身に着けているのが黒いドレスだけなのに暗く見えるどころか目を奪う艶やかさだ。
「大家さん」
隣のヴォルフが「こいつが?」というような顔をする。
元の姿のヴォルフほどではないけれど、彼もかなりの長身だ。
「どぉしたの? こんな時間に。 アルバイトはとっくに終わってる時間よね?」
化粧もしていないのに華やかな容姿といい、普通の服を着て黙っているだけで多くの女性が寄ってくるだろうに、残念な人だ。
個人の趣味に口出しする気はないが。外見は置いておいて彼はとても気配りの上手い良い人だった。
「女の子が遅い時間に一人で歩いちゃダメよ? マリナちゃん可愛いんだから、悪い男に狙われちゃうわよ?」
正に先程悪い男に襲われたところだ。ヴォルフがいなければこうして平気な顔で外を歩くことなんてできなかっただろう。
若干引きつったマリナの笑顔を見て何を思ったのか大家さんがヴォルフを見た。
「ナイトなら傍を離れちゃダメよ?」
当たり前のように声をかけられてぎくっとする。
「マリナちゃんを任せるには頼りないけど、仕方ないわね」
「大家さん? 彼は関係ないですよ?」
一応誤魔化そうと試みたけれど、彼にはお見通しだったようだ。
「隠さなくたっていいわよぉ。 知ってるもの」
「…そうですか」
「ウチは一応ペット禁止ってことになってるけど、周りに迷惑さえかけなければ別に大型犬と同居しようと大型な男と同居しようと自由よ」
愛嬌たっぷりにウィンクをする大家さんに薄らと冷や汗をかく。まるでマリナたちの事情を見透かしているような話し方をする。
事実、全て見透かされているのだろう、きっと。
ひらひらと手を振って去っていく大家さんを見送ったらどっと疲れが来た。
「アイツがお前の家の大家か、何かお前の師匠に似てるな」
「…気のせいでしょ」
マリナの師匠は焦げ茶の髪と黒い目をしたごく普通の男性だ。話し方は彼に良く似ていたが。
「師匠はいつも白衣だったし、そんなに似てないんじゃないかな…」
反論する声も力が入らない。色彩以外は中身も含めて良く似ていたから。