始まりは
初めて会ったときの夢を繰り返し見るのは、衝撃が大きかったからかもしれない。
マリナはまだ10歳で今よりも多くを知らず、けれども世間を知っていた。
『名前は?』
(マリナ)
『俺はヴォルフだ。 これからよろしく頼む』
(子供が、とか思わないの?)
『―――…いくつであろうが問題じゃない…能力があるのなら』
(本気で言ってるの…?)
『当然だ。 俺は魔法に関してはからっきしだから、頼りにしている』
(よくそんなことが言えるね)
本当にそう思った。若い、と言える年齢ですらない子供相手に頼ると言える人なんて、それまで見たことがなかった。
『俺に出来ないことがお前には出来る。 だから必要なときは助けてもらうさ』
(助ける、って…。 信じることができるの? 私を)
ヴォルフは考えた間が感じられないほど早く答えを返した。
『ああ』
呆れてものが言えないというのは、このとき初めて経験した。
自分が疎まれる存在であることはすでに理解していた。
生まれると同時に母を亡くし、父はマリナの存在を無視した。
周囲は、同情はしてくれたが他に何ができるわけでもなく、初等科にも行けなかった。
師匠に拾ってもらうまでに、自分がどういう存在として見られるのか、嫌というほど思い知らされた。
慎重になるのも仕方がないだろう。ヴォルフみたいな人間が王宮に、まして上流階級にいるとは思わなかったのだから。
『さっきから何を心配しているんだ?』
(…自分に並び立つには不足だとか思わないの)
『俺たちは対等だ』
(―――…!)
『王子を守り、支える。 その役目の前に、どちらが上だの下だのは無意味だ。
力を尽くしていこう。 ―――共に』
うれしいとか悲しいとかいった感情の前に、ただ衝撃だった。
理屈じゃなく、惹かれた。
今なら自分の想いを説明しようと思えばできる。けれどマリナの気持ちの根底にあるのはこのとき受けた衝撃だった。
説明なんて必要としない単純な感情。
時間が経つとともに変化した好意はどうにもできないくらい大きくなっていた。