失せ物探し 3
ガラガラと音を立てる馬車の中でクッションを掴む。
まだ憤りが消えなくて掴む手に力が篭り、クッションが歪んでいる。
その有様に少しだけ溜飲を下げながら向かいに座った友人に愚痴を言う。
「全く、嫌な事ばっかりだったわ」
招かれた結婚式の披露宴はとても素敵なものだった。
やっぱり侯爵ともなると格が違うものだと楽しんでいた。
婿入りする次男の披露宴でも規模が違う。
招かれる人の多さにも、会場の華やかさにも目を奪われた。
弟さんの方が先に結婚するのは少しだけ珍しい。
侯爵家を継ぐはずの長男は騎士として王宮に勤めていて、乙女なら憧れを持つのが当然だった。
まだ婚約者がいないと聞いていたから少しだけ期待していたのだけれど、まあ無理だったわ。
流石に双翼の騎士様と釣り合うと考える程身の程知らずじゃないもの。
それをあんな子が…!
式の始まる前の庭園で侯爵子息様と親しげに話していた少女。
少し強面な彼にも気後れせずに話しているから近しい親戚の子かと思ったら、婚約を交わした相手だという。
聞こえてくる話に驚きながら耳を澄ませていたら、なんと彼女が双翼の魔術師らしい。
平民の成り上がりが王宮にいるというのは聞いていたけれど、まさか侯爵家のご子息を誑かすとは思わなかったわ。
無害そうな子供の顔をして双翼の騎士様と婚約なんて、どんな手を使ったのかしら。
我が物顔で侯爵家での披露宴にまで参加していると思ったら、他の侯爵家のご令嬢とも仲が良さそうに話をしていた。
本来ならあんな子が出れる場所じゃないのに!
まるで元からその場所に立っていたかのように自然に楽しんでいる様子だった。
もっと慣れない様子でおどおどしていれば可愛げがあるものを。
あのドレスだってどうやって手に入れたのか知らないけれど、とても良い物だった。
それこそ私が着ていた物よりも。
そう思ったら不快感が増した。
勘違いして分不相応な格好をした子供にちょっと世間を教えてあげる、そのくらいの気持ちで手にしたグラス。
赤い果実酒の入ったグラスを手にし、彼女に近づいた。
狼狽えて涙でも見せればそれで充分だと思っていた。予備に持って来たドレスを貸して、もう少し大人しくしていた方がいいと教えてあげるつもりだったのに。
もし怒り出したのなら殊更に謝って許しを乞う真似をして見せ、癇癪を起すところを見ようと思った。
けれど彼女の反応は予想していたどちらでもなかった。
楽しそうに笑ったのだ。
突然の水音と衝撃に、何が起こったのか理解できなかった。
口ぶりから魔法を使ってやり返されたことがわかった。
彼女の髪から滴る水に、水を掛けられたのだと理解する。
ちょっとした悪戯をしただけなのに魔法で水をかけてくるなんて、ありえないわ。
自分まで水を被って、私を攻撃する意図があったんじゃないと示した。
汚れが付いたから洗い流しただけなんて誰が信じるのよ。
大体私には汚れなんて付いてなかった。
ちゃんと自分には掛からないように気をつけたんだから。
髪が跳ねているから直してあげると言われた時は本当に震えが走った。
まるで呼吸をするように魔法を使った彼女が恐ろしくて。
呆然としていたけれど彼女が詠唱も魔法陣も使わなかったのはわかる。
あんな、予備動作もなく魔法を行使するなんて普通じゃない。
追い出されるように庭園を出されたときに聞こえた笑い声。
まるで私の方が見世物だったみたいに、囁き、嘲笑する声に怒りと屈辱で震えた。
お父様やお母様にも怒られたし、本当最低。
おかげで披露宴にも出られなかった。髪はすぐに直せたけれど、会場には顔を出すなとお父様に命じられた。
せっかくの晴れ舞台なのに信じられない。
花嫁や花婿に失礼なことをするわけがないのに、そう言っても許してくれなかった。
他の家の方とお話をする貴重な機会だったのに、全部あの子のせい。
「やっぱり嫌な事があったら黙って我慢しちゃダメよね?」
向かいの席に笑いかけると友人からも笑い声が上がった。
「あなたのイタズラって最高! きっと今頃慌ててるんじゃないかしら」
「そうよね、見られないのは残念だけれど、想像するだけでも可笑しいわ」
帰る前にちょっとした悪戯を仕掛けてきた。成功したら…、そう思うだけで笑いが込み上げてくる。
上手くいけばあの子の評判は地に落ちるし、もしかしたら婚約の話もなくなるかもしれない。
家族になる方の宝物を盗むなんて手癖の悪い人を侯爵家に置けるわけがないもの。
「でもそんなの持って来て良かったの? 証拠にならない?」
布に隠すように包まれたネックレスを指して友人が心配そうな顔を見せる。
「大丈夫よ、これはそんなに変わったデザインじゃないもの。
それに…、持っていると幸せを呼んでくれそうじゃない?」
花嫁の持ち物だもの。幸せが宿っていそうで、幸せな気分で身に着けられる。
「それもそうね、ふふっ…」
くすくすと笑みを零す。
馬車が大きく揺れたのはその時だった。




