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双翼の魔女は異世界で…!?  作者: 桧山 紗綺
異世界<日本>編
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昔話

 作ったものをおいしそうに食べてくれるのはうれしい。

 けれど限度というものがある。

「ヴォルフは本当に肉が好きよね」

 野菜も食べれば、という皮肉を込めて指摘をする。

 そんな遠回しな非難が通じるはずもなくヴォルフは事実をただ答えた。

「騎士なんてやってたら肉なしでは動けないからな」

「リヒャルトさんはそんなこともなかったはずだけど」

 普段周りにいる近衛騎士を思い浮かべて言う。ヴォルフが極端なだけでバランスよく食べる人や野菜中心に摂っている人もいた。

「知り合いだったか?」

 具体的な名前を挙げたマリナにヴォルフが首を傾げる。

「…なぜ知らないと思うのか聞かせてもらいたいわ」

 王子のそば近くに仕える彼らは嫌でも目に入ってくる。知らないわけがないだろうに。

「食の好みまで知っているとは思わなかったからな」

「食堂で見かけることもあったし、王子の視察で野外で食事をすることもあったでしょうが」

 役割が違っても同じ主に仕える以上同じ空間にいることも多い。

 目に入れば特別興味がなくても記憶の片隅には宿るものだ。

 …ヴォルフの記憶には残らなそうだが。

「そうか。 それだけで相手の嗜好を覚えるなんてすごいな」

 全然すごくない。

 ヴォルフがおかしいだけで私は普通だ。

 食べ終わってデザートに手を伸ばすとヴォルフが今気が付いたみたいに言った。

「お前は甘い物をよく食べているな」

「そんなことはないと思うけど」

 この世界に来てからは金銭面の理由もあって、そう多くは食べない。

 別にちょっとの贅沢が出来ないほど困窮しているわけじゃないけど、将来のことを考えたら散財する気にはなれなかった。

「そういえば王子と茶を飲んでいるときは、皿に乗った菓子がいつの間にか無くなっていたな。 あれはお前が食べていたのか」

「他の誰が食べたと思ってたのよ」

 3人しかいないのに。

 ヴォルフはあまり甘い物を好まない。王子はどちらでもなく出された物は一つ二つ手を付けるくらいだったから必然的に私が一番多く食べていた。

「残ってたんだから別に問題ないでしょ」

 小さい頃、村にいたことには甘いものなんて食べたことはなかった。師匠に連れられて村を出てから初めてお菓子を口にしたときの衝撃と感動が忘れられないからか、マリナは菓子全般が好きだ。

「太るぞ」

 失礼な一言に思わず手が出る。

「…王子に出すための物なんだからちゃんと計算されてるに決まってるでしょう。 多少食べ過ぎたところで問題にはならないわ」

 まだ成長期だし、と付け加えるとヴォルフが更に余計な一言を発した。

「成長しているようには見えないがな」

「あんたがデカイのよ! 私は普通よりちょっと小さいだけ!」

 確かに背はあんまり伸びなかった。これからもそれほど伸びないと思うけど、背も高い上にしっかり筋肉の付いたヴォルフと比べるのがおかしい。

 出会った頃よりずいぶんと成長したと思うのに、ヴォルフとの差は縮まった気がしない。

 でかい。

 頭2つちょっとは違う。

 これだけ違えば見える景色も違うんだろうな。

「ヴォルフはあんまり変わらないわね」

 最初からでかかったし、身体もがっしりしてた。

「ちょっと老けたくらい?」

 顔とか顎のラインが大人の男になった。もう少しだけ少年らしかった気がする。

「その言い方は止めてくれ…」

 肩を落とす様子がおかしくて笑いを零すと睨まれた。全然怖くない。

「そんなに気にすることないのに」

 二十代でもそんなに嫌なものかな。

「お前もこの歳になればわかる」

「そう言われても大人になった、って言い方もなんか違うしね」

 出会ったときからヴォルフは大人だった。見た目も、立場も。

「お前は子供のままだな」

「出会った時がまだ小さかったからね」

 ヴォルフと会ったのは十歳の頃だ。まだ十年も経たない。

「今も小さい」

 一瞬むっとしたけど揶揄する口調でなかったのと懐かしむような表情に戸惑う。

「何?」

「こんなに小さいのに異世界へ飛ばされて、一人で生活して。 すごいな、お前は」

 珍しい称賛に動揺する。

「俺は動揺してばかりだった」

「それは…、私が」

 犬に変えられて異世界に迷い込んで魔術の知識もなく。

いつ、どうやって、元の姿に元の世界に戻れるのか。何もわからなくて動揺しない人間なんてそういない。

「責めてるんじゃない。 子供が一人で生きていくのは大変だろう。 この世界でも」

 胸がわずかにさざめいた。ヴォルフが私の過去を知らないのはわかっているのに。

 微かな動揺を表に出さないように言葉を探す。

「私一人じゃここまで出来ないわ」

 ここに置いてくれる大家さんや雇ってくれたマスターたちのおかげだ。

 子供が一人で生きるのは向こうとは少し違った意味で難しかった。

「向こうならどうとでも生きていけると思うけど、やっぱり勝手が違うもの」

「そうだな。 俺も向こうで野営の訓練などはしたがここにはそもそも山も森もないからな」

 ヴォルフの言う通りここは都会で緑があるのは公園や神社くらいだ。

 あるところにはあるらしいけれどこの辺りで見たことはない。

 野宿なんてしたら不審者として見られることは間違いないだろう。

「そういえば向こうにはどこにでもあったリナスの実がないわね」

 似たような物も見たことがない。非常食目的で庭木にしたり、旅人のために街道に植えてあったりしたものだけど。

 そういえば畑も見ない。スーパーに野菜が並んでいるからにはどこかにあるのだろうとは思うが。

「リナスの実か、懐かしいな。叙任したての頃は訓練でよく口にした」

 ヴォルフの小さい頃…。想像もつかない。

「ヴォルフの小さい頃なんて想像もつかないわ」

 会ったときにはもう双翼だった。

 貴族の子弟というよりは騎士のイメージが強い。

 大人しく教育を受けているヴォルフなんて想像もつかない。

「その辺の子供とそう変わらない」

 つまりその辺の街の子供と変わらない行動を取っていたということだろうか。そうだとしたら親はさぞ頭を痛めていただろう。

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