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巡れ星  作者: 紅月 実
第三話 寿ぎの灯火
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寿ぎの灯火(二)

「すみません。組を移る気はありませんし、収穫祭は同性の友人と行く約束をしたのでお受けできません。……でも、誘ってくれてありがとうございます」

 人気の無い場所に呼び出され、この言葉を口にするのは今月に入って何度目かと考えた。たぶん五度目、人伝てに打診されたのはその倍くらいだろうか。

 別の狩り組からの引き抜きも経験したが、そちらは皆あっさり引き下がってくれた。何しろ引き抜きは口実で本題はその後やってくる。案の定今回ももう誰かと付き合っているのか、それとも想う男でもいるのかと根掘り葉掘り聞いてきた。


「顔と名前が一致する程度の人にそんなこと教える必要はないわ!」

 金切り声で喚きたかったが、生憎そんな体力は残っていない。午前は草刈り、午後はティーアと訓練だったのだ。ミアイは疲労と空腹で目が回る寸前である。『顔見知りの男衆』はミアイを気遣う様子を見せたが、当日にまた誘うと熱のこもった言葉で締め括られて最後の気力も持っていかれた。

 今年の収穫祭は十の月に入ってすぐの五日。今月に入ってからダンスの申し込みに加速度がついた。ミアイが誘われた『ダンス』は、大勢で輪を作って相手を代えながら賑やかに踊る方ではなく、静かな曲に乗って夫婦や婚約者といった恒久的な伴侶パートナーと踊る方だ。そこに加われば交際宣言をしたも同然なので全てお断りしている。


 重い足取りで食堂へ向ったミアイは、やっと狩り組の仲間と合流を果たした。前の席はまたぽっかりと空いており、テンは料理を買う列の最後尾に並んでいる。腰を下ろしてすぐに運ばれた巫女手作りのヨーグルトと、親友特製の薬草スープの存在が気落ちしたミアイをほんの少しだけ慰めてくれた。

 今日のヨーグルトソースは漿果ベリーの砂糖煮だ。小粒のベリーは形を残したまま加熱してあり、鮮やかな赤い色が美しい。疲労困憊した胃の腑に甘味が染みた。温かいスープをすすっていると、皆にどの料理を取り分けるかと尋ねられた。

「ほんとは肉を食べたいんだけど……」


 蓄積する疲労で胃腸が弱って食事量が落ちている。狩りに出た日でさえ今までと同じように食べられなくなっていた。およそ二十歳を境に食欲は落ち着くものだが、ミアイの場合は純粋に疲弊しているだけだろう。食べたいのに食べられない。気分的に満たされないことも精神的な疲労の原因だった。食べ過ぎで苦しむのも馬鹿馬鹿しいので、無理な食べ方は避けていた。

「ハンバーグなら良いんじゃないかな」

「もう冷めてるだろうが。シチューならまだ十分温かいぞ」

 シムとカクの意見はどちらももっともだった。肉餅ハンバーグなら消化に良さそうだが、冷えているのでそのままでは少々辛い。とりあえずシチューをと言いかけて止まった。


 追加の料理を取りに行っていたテンがミアイの前に座る。新たな料理の中には丸めた挽き肉を焼いたものがあった。平たくして両面に焼き色がついたそれをミアイの前に置く。

「疲れると肉が欲しくなるのに、食べると腹が痛くなるとこの前言っていたろう。これならあまり腹にもたれない」

 破顔したミアイは、焼き立てだと全身で主張する一口大のハンバーグに手を伸ばした。皆の手から手へ新しい料理が順繰りに回り、冷めかけたものも皆で少しずつ処分する。ミアイは一番最初にハンバーグにかぶりついた。

 染み出る肉の旨味を味わっていると、後ろのテーブルの会話が耳に入った。明日馴染みの行商が村に着くらしい。定期的に訪れる移動商店は祭りの後まで滞在するとのこと。ミアイも首を長くして行商を待っていた。収穫祭に間に合うようにと頼んでいた物があるのだ。嬉しい知らせに自然と顔が綻ぶ。




 テン組は全員一致で、値崩れを防ぐため獣王は少量ずつ売りに出すという領主の意向を支持した。暑い夏の獲物なので、塩や酒で最低限の加工をした生に近い物は稀少品となった。信頼のおける一部商人にガリ=テスの手紙を添えて卸し、五氏族の有力者や近隣の貴族に大急ぎで贈り届けた。

 肉や内臓は自称美食家や食通が、骨や腱は調度品としてそのまま或いは何某かの細工を施され、それに好事家たちがこぞって高値をつけたらしい。天幕の覆いになりそうな毛皮と、残りは慎重に保存されて領主預かりとなっているが、ごく一部だけで数年分の稼ぎになった。


 これで慎ましく暮らすなら一生飢えることはなくなった。怪我や病で職を続けられなくなるのは誰にでもあるが、女性のミアイは特に将来の展望が厳しいのだ。治療師の技術を習得し、更に制約付きの特権を得ているとはいえ、稼ぎが多いに越したことはない。

 女衆が結婚後も狩り人の資格を保つには、夫も狩り人でなければならず、その上で身籠れば子を産んで身二つになるまでは能力は使えない。妊娠中に〈自然の恵み〉を使い過ぎると、母体と繋がっている胎児の生命まで吸い上げてしまうので、禁じるまでもなく皆自粛するようになる。そうでなくとも、妊娠中の女性が全力疾走するなどとんでもないことだが。


 しかし今のミアイはそんな先の未来より当座のことに夢中である。祭りが終わるまでは巫女のところへ行かずに済むし、待っていた物も届いた。スリニエックが扱う品は質の割りに値段が良心的だ。化粧品や髪に使う香油、新しい晴れ着に合わせる色とりどりのリボン。

 借金があった一昨年はともかく、去年は不運にもくじで治療所の当番が当たった。皆が呼ぶところの外れ番は、酒を飲み過ぎた患者を介抱するのが主な務めだが、怪我や急病となればもちろんそちらも対処する。着飾っても無駄なので、ミアイはいつものシャツとズボンにエプロン姿で酔い覚ましの薬湯を配って回った。

 今年こそは収穫祭を楽しみたい。ナナイにも声をかけて一緒に見に行くことにしよう。彼女にも準備が必要だし、二人で品を手に取って選ぶのだ。温かい食事と買い物の楽しみがミアイを一気に祭り気分にした。

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