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巡れ星  作者: 紅月 実
第三話 寿ぎの灯火
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寿ぎの灯火(一)*解体描写有り

 熱冷ましに咳止め、あかぎれや冷えによる節々の痛みを和らげるための軟膏。冬の備えとして薬の出荷量も増える時期だ。ミアイを通じた治療所からの依頼も増えた。

 今日の依頼品はダムガンという雑草・・だ。どこにでも生える嫌われ放題のこの草には、肝臓の働きを助ける解毒の効能があった。要は二日酔いの薬である。

「お酒と一緒に用意するお茶があるでしょ。これもガリ=テスの好意だから、高価な物は使わないのよ」

 民家の近くや村共同の縄張りでも集めているが、それでも足りなさそうだと聞いて男たちは辟易した。今年は特に沢山必要だと口籠もったのは、彼らテン組の祝いにガリが奮発したからとすぐに察しがついた。

 明後日の収穫祭に備えて準備も大詰めだ。しかし、出発前に村の広場で全員分の背負子を見た途端、シムは回れ右をして寮に帰ろうとするがこれも仕事。ヤスがやれやれと天を仰いだ。


 ダムガンは少しでも根が残っていれば新しい芽を出す。根絶やしにする心配は無いし、萎れても折れても構わないというので、四十センチ丈の草を容赦無く引き抜いた。放り出した草がある程度貯まると決められた場所に置きに行き、分担の場所に戻って同じことを繰り返す。

 シムは単調な作業にすぐに飽きた。近い場所にいるテンに昨日の話の続きを強請ったが、草を求めて移動しているうちに離れてしまい、仕方なく黙って作業を続けた。

 午前のうちにかなりの量が集まったので整理がてら休憩する。縄で括った草束を背負子に乗せた。ミアイは午後から村に戻る予定なので、ついでにウサギ罠も見て回った。秋はアナウサギの夏仔が親離れする時期である。少しでも稼ぎを確保しようと、朝一番で確認済みの巣穴近くにロープと網を使った即席の罠を仕掛けておいた。


 若いウサギが二羽掛かっていたと聞くと、シムが率先して解体に名乗り出た。おずおずとタカもそちらが良いと手を挙げる。獲物は既に湖畔で血抜き中だとカクが知らせにきた。ミアイはダムガンの土を払い、髭根に潜り込んでいた地虫をその辺に捨てた。

「終わったころにそっちに行くね」

 作業のために移動した二人は、解体は苦手と言いつつも実際の技量に問題はない。しかし同じ狩り組にはカクがいる。神業の解体技術所持者が意地悪く苦手意識を刺激するので、どうしても劣等感を抱くことになるのだ。

 カクの見ていないところでならそつなくこなせることが分かって以来、シムは離れて捌くようになった。タカは誰が見ていても緊張して失敗したが。


 ムトリニ湖の一角、テン組の縄張り範囲に大岩がある。一部が水際にせり出したこの岩が湖からの風を遮ってくれるので、陰に煮炊き用の簡単な炉も作ってあった。

 大岩に掛けたロープの両端にはウサギがぶら下がっていた。後ろ脚を縛られて逆さ吊りなのは、もちろん血抜きのためだ。

「脚は? 全部捌くの?」

 アナウサギなら大した重さではないので、部位ごとに分けるかどうか迷う。腹に詰め物にするならそのままのほうが都合が良いだろう。若いので小さく肉付きも薄いが、熟成させれば極上肉になる。祭りまでの二日は寝かせるのにちょうどいい頃合いだ。

 タカの意識が束の間宙を彷徨った。ぼんやりしていた目に焦点が戻ると、やはりそのままでとの返答だった。〈絆〉のある兄と『話す』ときはいつもこうだ。樹上の枝や地上を高速移動しているときにならないのは集中力の問題だろう。


 シムが獲物の前に立つとちょうど後ろ脚が目の高さだった。岩向こうにタカが回りこむ。

「先にやってくれ」

「了解、いっくよー」

 シムは腰から短刀を抜いて指先でくるくる回していたが、ふっと真顔になると耳ごと頭を握って頚部を押し切った。ナイフと頭部を足元に置くとロープをしっかり握ってタカに合図した。

 ほんの一瞬ロープが強く引かれ、終わったと告げられてから手を放す。勢いをつけて叩き切るのが一番楽だが、岩に刃を打ち付けるのは願い下げだ。枝に吊るしてあるのならともかく、ロープの先はもう一羽の獲物である。交代でやるのが最善だった。


 次にウサギの前足を掴む。毛で覆われた足裏を握りこんでその上の関節を折った。逆方向に数回曲げてから脚先を切り落とす。出血は殆どないので血抜きは大体できているようだ。

 細身のナイフに持ち替えて、後ろ脚のロープの下の部分にぐるりと切れ目を入れた。ウサギはシカに似て皮と肉の間に皮下脂肪が無い。皮の下に切っ先を滑り込ませ、内側から皮を持ち上げるようにして切る。内腿の切れ目を股で繋げると素手でぐいと剥がす。両脚から臀部を露出させ、突出した尾は根元から断って引っかかりのある股間も切り飛ばす。服を引っくり返すようにつるりと胴体の皮を剥いた。


 今度は逆手で握ったナイフで腹を割く。肉というより膜のような薄い腹部を、下腹から胸へと切り下げた。内臓を掻き分けて膀胱を探り出し、慎重に処理して湖に放り込む。内容物が付着すると肉の味が落ちるので内蔵を傷付けないように進めた。

 肛門付近も注意しなければならないので必要なだけ手間を掛ける。小さな心臓と意外に大きな肝臓。そして体内の大半を占める胃腸を分けて終いにした。ここまでで十分はまあまあの腕前である。

 後始末が済んだぴったりの時宜タイミングでミアイが現れた。一足先に帰る彼女の背負子には、刈った草がたんまり詰まれている。袋詰めした肉と臓腑、端材の脚先などを背負子の横に留める。ミアイを見送った二人は同時に溜め息をついて草刈りに戻った。

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