表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巡れ星  作者: 紅月 実
第二話 遥かな里
7/20

遥かな里(四)

 今まで口にできなかったことを打ち明けて気が楽になったのだろう。求められればテンも記憶を辿って話の輪に加わった。

 テンは母親に連れられてカクとタカのいたサフィンのレイファン、ティーアの生地アルドのトルース、そしてゼノンのスジルユーリーとドルディア地方の各所へ赴いた。シムは純粋な好奇心の持ち主で聞き上手でもあり、テン自身にもあやふやな部分を無理なく引き出した。

 ミアイは大きな街なら下町に紛れもしたが、人目を避けていたので話せることはあまり無い。一つところに留まった時間の長いテンの方がシムの需要に合っていた。カクとタカもレイファン周辺についてはそれなりの知識がある。


「こいつは凄え生意気でな。オレが何か言ってもぶすっとして答えないから、一度痛い目に合わせてやろうと思って……」

「あれじゃ隠れてるうちに入らない。しかも物陰から喚きながら出てきたろう。俺はタカがいつ加勢するかずっとひやひやしてたぞ」

「あれは気合い……、ときの声だ! お前をびびらせてやるためにわざとやったんだって!」

 カクと取っ組み合いの喧嘩をしたと笑いながら話すと、ヤスも妙な同意の仕方をした。そして今ひとつの縁についても口は軽くなっていた。


「落石に巻き込まれて岩に挟まれた部分が潰れて駄目になった。しばらくはひどく痛んで、歩く練習もできなかった」

 まだとおにもなっていない童子に痛みを我慢しろというのは無理である。しかも憧れていた将来が潰えたのは分かる年だ。自分の全てが変わってしまい、ティーアの悲しみは如何ばかりか。目の当たりにした周囲もさぞ辛かっただろう。

 どこへ行ってもテンは歓迎されず白い目を向けられた。大人たちの態度は童子こどもたちにも如実に伝わる。テンのほうも誰にも心を開かずすぐに孤立した。

 そんな中でティーア――――ティアナはテンに一方的に懐いた。親の後をついて回る水鳥の雛のようにテンに付きまとった。仮にも兄妹なのだから同じ家で寝起きしている。どんなに突き放しても大人が叱っても、ティアナは逃げるテンを追いかけた。そうしてテンが山の中を逃げ回っているうちに、ティアナが不安定な斜面で滑落したのだ。

 大した高さではなかったが、痛みと衝撃で意識が朦朧としているところへ岩が落ちた。足の先は重なった岩の間に挟まれ、被害を免れたテンはすぐに助けを呼びに行った。


 掟にはそれなりに理由がある。この場合は危険な地域があるので、童子こどもは入るべからずという理由だ。決まりを破ったとはいえ、テンは故意に怪我をさせてはいない。

 しかし義理の父や周囲の者は、平素は兄妹と思うな近付くなときつく言い含めていたにも関わらず、テンに兄としての自覚が無いと責めた。罰として義理の父から折檻を受けるテンを庇ったのは、母テアナと当のティアナだけだった。

 事故から三ヵ月後、ティアナに続いてその父親も不幸に見舞われた。用事があって町に出かけた際に、横転した荷馬車の下敷きになって助からなかったのだ。テンたちは東ガラットに返され、その後サフィンのレイファンへ赴いた。




「どこへ行っても喧嘩してんな」

「好きでする訳じゃない。相手が俺を嫌うんだ」

「お前も奴らを嫌ってんだろうよ」

「? 誰のことだ」

 ヤスが己の目元を指差した。左目の上を示したのを見てテンは眉根を寄せた。嫌悪感を隠そうともしない。テンの左眉は傷跡で一部が途切れている。その傷を付けたのはラニを中心にした男児の一団グループだ。

「ラニが村に来てすぐの頃は二人で遊んだこともある。段々と態度が変わっていったから、色々と聞いたんだろう」

「……で、ああ・・なったのか」


 ラニがテンに怪我をさせたとき、ヤスはそれを見ていたのだ。少し前に西の集落に住み始めたヤスは母親と一緒に村に来ていた。役所での用事が済むまで待つよう母に言われ、大人しく広場をぶらぶらしていると、数人の男児が一人を森のほうへ引っ立てて行くのを発見した。

 ヤスとて子供同士で喧嘩をしたことくらいあるが、大人数で一人をいじめたことは無い。暫く迷って後を追った先では、引きずられていた子が罪人のように押さえ付けられていた。

「ハジサラシのくせに、むらにくるなよ」

 前に立つ首謀者リーダー格の男児がその子に言っていた。ヤスはその言葉を「ひどい」と思った。

 そしてやはり言われた子は怒って暴れた。気圧されて尻餅をついた男児が石を拾って立ち上がる。握り拳より大きな石でその子の顔を殴り、流れ出した血ですぐに顔の半分が赤く染まった。驚いた童子こどもたちはクモの仔を散らすように逃げ出した。


「ラニが人を呼ぶ訳は無いと思ったが、あれはお前か」

「加勢する前にああなっちまったら、他に何もできねえよ」

「まあな。でも、出血したおかげで今もちゃんと見えるぞ。頭の中に血が溜まって神経を圧迫し続けたら危なかったらしい。母が能力でひびの入った骨を治しながら、血を外に出すのに何度もナイフで切ったから痕が残った。後で傷痕も治すと言ってくれたが、それ以上力を使って欲しくなくて、止めてくれと頼んだ」

 数日後に熱が下がったテンは床を抜け出した。もちろんラニに仕返しをするためだ。後見をするラニの祖母は思い付く限りの言葉でテアナとテンを責めた。


「足の骨を折られて困ると言うのなら、盲にされて困るのも同じでしょう。それとも私の子なら不具にしても構わないと言うの……?」

 テアナは、テンなどどうなってもいいと罵られるまではじっと耐えていた。沸々と怒りを滾らせるテアナの言い分はもっともだ。一応のテンの身分は罪を犯した自由民の子である。しかし例え罪人の子であっても、私的制裁を加えて不具にする権利はラニには無いのだ。

 しかも知らせに来たのは村に移住したばかりで何も知らぬ男児。ラニが怪我をさせたと嘘をつく理由が見当たらない。テアナはラニの暴力性を危険視し、誇り高い戦士――――狩り人には相応しくないとやり返した。ラニの祖母イライアはいきり立ち二人の間に見えない火花が激しく散った。


「俺は一人だったし素手だった。……とりあえず、今回だけはどちらもお咎め無しとガラ伯父が決めた・・・。ラニは相変わらずだったが、さすがにそれからはやり方を変えたな」

「西の集落でもお前には関わらないよう言われたが、、そこまでひでえ言い方はしてなかったぞ」

「確か西の集落は俺が生まれた何年か後に規模を大きくしたはずだ。母の件を間近で見ていない新しい住人が多いんだな。厄介者に近付きたくないのは同じでも、あそこの連中の態度はましな方だ」

 こういう時の自嘲はテンも相変わらずだ。そしてもう一人の口の冴えも相変わらずで、してやられた三人が頭を抱えた。

「……村の事情に詳しいね。さすが捨てられた王子サマ」




 シムはガリとのことももっと聞きたがった。誕生時にも近いところにいたのだから、テンがガリを幼馴染みだと言ったのは真実だ。

 巫女が本来許されないはずの忌み子を産むと、普通ならすぐに引き離されて里子に出される。もちろん里親の名も住まいも秘匿され、忌み子本人にも親は死んだと教えられるのだ。

「そうは言っても巫女の子は祝福持ちが多いんだ。だから一定の年齢になると、ある場所に自然と集まってくる」

「ある場所?」

 シムが話に乗ってくるとテンがしてやったりと笑った。

「巫女の隠れ里だ。女なら巫女、男なら衛士の見習いとして結局は『山』に帰ってくる」

 巫女も衛士も世俗の繋がりを絶って民に尽くす。しかも個人の資質と性情が優先されるので、罪人の子であっても不問である。テンもすぐに母親と引き離される予定だったが。

「母は俺を離さなかった。無理に取り上げようとしたら能力を使って抵抗したそうだ」


 赤児を抱いて乳をやれば情が湧くので、本来は顔を見ることさえ許されない。それ故テアナは強引に我を通した。産み落としたばかりの我が子を抱きかかえ、誰も寄せ付けなかった。

 仕方なくその場は収めて食事に眠り薬を混ぜることにしたが、薬学に精通しているテアナはそれを看破した。水も食事も拒み、眠っている間も意識の一部を覚醒させて隙を見せずに過ごした。そして、三日目に赤児の〈月〉を皆に示したテアナは息子にテンと名付けた。

「結局ガラ伯父が根負けした。祖父母も伯父たちも昔から母には甘かったらしい」

 唯一人、赤児の誕生を心から喜んでいたガリは、断食中のテアナにこっそりと水と菓子を届けていた。齢三つの幼児に邪心は無く、〈心話〉でそれを悟ったテアナはガリにだけ息子を抱かせた。そして『弟』として可愛がってあげてと慈愛の笑顔を向けた。


 数年後、蟄居ちっきょの境遇でも健全な成長のためには必要だと、テアナはテンの遊び相手として同じ年頃の童子との接触を要求した。指定こそしなかったが、誰と遊ばせたいのかは明白だった。

 ガリは勘の強いテンが母親の他に懐いた数少ない存在だ。そしてガリのほうも普段は聞き分けの良い子供だったのに、どんなに言い聞かせても従弟と叔母の住む離れに遊びに行った。ガラ=テスはこの点でも妹に譲った。


 親を知らず孤児として育つのと、親元で忌み子として疎まれるのとどちらが良かったのか。それはテンにしか判断ができないが、未だに答えは出せていない。ただ分かっているのは、生前の母がずっと一緒にいてくれたことだけだった。彼とて二十歳を越えたばかりである。全ての結論を出すにはまだ早すぎるのだろう。

「波乱万丈の人生だね」

 既に完結したらしい己の人生にテンが苦笑した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ